好きな癖 発表ドラゴン-4 褐色肌の元気少女、男言葉、実は恋に憧れる乙女。
望んでいたのは何だろう。アタシが望んでいたもの、アタシに望んでいたもの。アタシの願いは何だったのだろう。
可愛い女の子は愛おしい。綺麗な女の子も愛おしい。見守り、育み、その成長を見ていたい。だってそれは尊く貴重な存在。稀有な時間。アタシの望みはただそれだけ。それだけで良かったの。
でもそれすら出来なかった。何故ならアタシは嘘つきだったから。
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アタシはある日唐突に異世界に引っ張られた。アタシだけじゃなくクラス皆も一緒に。あれ?っと思った直後、アタシの目の前には今まで見たこともないような超絶美少女が立っていた。綺麗な髪、うるんだ瞳、細い首に小さな頭、薄い肩と腰、丸みを帯びたシルエット、すべすべの肌に繊細な指。その外観に見合った澄んだ声で「貴方たちの魂に相応しいギフトを授けます、どうかその力でこの世界をお救いくださいますよう」とアタシに告げた。
なんだろうこれ。新しい映画のプロモーション映像かな。最近のVR技術ってすっげーな、とか思ったけれど、アタシは別にゴーグルを付けてはいなかったし、プロモーション映像に接続もしてなかった。気がついたら、なんとも豊かな自然の森にいた。周囲にはいつもの面々。アタシのお気に入りの女友達「藤崎香織」と「木梨美羽」そしてクラスメイト達。
いやー最初はどうなることかと思ったね。あの美少女が女神さまってのはまあ分かる、ここが異世界だというものまあ分かる、だけどそれから「で、アタシ達にどうしろっちゅーの!」って感じだったね。突然の事態と、突然の大自然キャンプで美羽は泣き出してばっかりだし、香織も困惑しているし、しょうがない、ここは茜さんが一肌脱ぐしかあるめーなってもんだよね。だってかわいい女の子が困っているのって可哀そうじゃん? そう、アタシは「かわいい女の子」が大好きなのさ。美羽はちんまくて目をウルウルさせて小動物的な可愛らしさを持つ女の子だし、香織は不思議ちゃん的な空気感を持つ素直で可愛らしい女の子、どっちもアタシには縁のない「可愛いオンナノコ」なのだから、茜さんは頑張らないといけないのだ。
アタシこと「桜庭 茜」が得たギフト、特別な力は『軽やかなる俊足』目に留まらないほどに素早く走り、高い壁も樹木にも飛び移り、物音ひとつ立てずに移動や跳躍だ出来る、まあ「忍者」みたいな感じかな。アタシの自慢の脚が爆誕しました。まあ幼少期から「かけっこ」は得意だったからね。気分的には「鬼に金棒」ってとこかな。香織も美羽も「女の子に鬼はないよ」って言ったけれど、もうアタシの気分はそっちだった。矢でも鉄砲でも持ってこいってんだべらぼうめぇ。二人とも「しょうがないなー」って笑ってた。
そして「香織」が得たのは、遠くまで移動ができる『転送術』で、「美羽」が得たのは、爆炎の焔が立ち上る『破壊魔法』だった。いやはや、すっげーの。なんだろうね敵わないね。でも彼女たちの心は可愛らしい女の子だからね、きちんと守ってあげないとね。
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綺麗な女神さまのお願いを叶えよう! 世界を脅かす暴虐竜「セマルグル」を倒すのだ! なんだろうね、オトコノコ向けのゲームかな? でもアタシにとっては「貴族学園の中でイケメンたちとラブゲーム」とかいうジャンルよりは相性が良かった。相性は良かったはずなんですけど女神さま? いきなり森の中でサバイバルスタートって結構サドですよね?
地図もなければ、動植物の知識もない、お金もなければ武器もない、ついでに言うと道具もない。テントは! 寝袋は! 飯盒やお米は! あと醤油とお味噌が欲しいです!
早々に、香織も美羽もグロッキーだよ、クラスメイトの半数以上が倒れていたよ。頑張っていたのは一部のメンバー。こういう時ってなんというか「人間力」ってのが試されるよね。
もともとクラスで目立っていた「東山 進」と「西舘 樹」そして「南野夏美」さんが中心になって皆を率いていた感じかな。
東山のギフトは『剛力』と『斬刃の剣』、西舘のギフトは『聖光』と『貫く槍』、南野さんのギフトは『癒し』と『浄化』彼らは皆と違ってギフトを2つ持っていたというのも「リーダー的素養」を後押しした。他にも2つ貰ったひともいたけれど、この3人のギフトは飛びぬけて役にっ立ったんだ。サバイバルでもその後の展開でも。
もちろんアタシだって貢献しましたとも。アタシの移動力と忍び足は別格だからね。森で動物を捉えるのには最適だったよ。野鼠に野兎に栗鼠に狐(ぜんぶそんな感じの生き物ってだけ、中には鋭い牙で攻撃してきたり、鎌のような爪を持っていたりもしたよ)枝に止まっているのなら野鳥だって捕まえられる。まあなんだね、アタシはちょびっと攻撃力に難があるので、大きな獣はノーサンキューだったけどね。そっちは東山と西舘に任せたさ。怪我の後始末で南さんの手も随分と借りたなぁ「怪我に気を付けて」「跡が残っちゃうよ」仕方がないよね、だってアタシだもん。傷跡のひとつやふたつ今さらだよ。
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日々の生活環境改善に食料調達。毎日が忙しかったね。埃まみれの泥まみれ、樹々や草の葉で擦り傷だってししょっちゅうで、着の身着のままのアタシの服は、まああっさりボロボロになったよね。気に入ってたんだけどな制服。だってそうだろ? アタシみたいな女子が「女子!」って感じの服を着たら変だからね、制服だと唯一スカートを履いていても変じゃないからね。ひらひらーってするスカート、結構気に入ってたんだ。まあ制服以外スカートなんて持ってなかったけどね。でもこんな生活になるんだったら、スポーツバックに入れていたジャージ、持ってこれたらよかったのになぁ。女神さま、次回があったら、どうかそこんとこ、よろしゅーお願いします。
そんなアタシのスカートが、ついにお釈迦様に召される頃に、アタシ達は「第一村人発見!」的にこの世界の住人と出会うことが出来たんだ。森の狩人さん。その人からお話を聞いて村に行って、町に行って、街に出て、都会に出たよ。そこの「大神殿の大司教さま!」って感じのお爺ちゃんにお墨付きをもらったことで、アタシたちはこの世界を旅することが出来たのさ。
いやまあしかしなんだろーね。この世界は危険に満ちているね。自然や獣の脅威は当然として、魔物がいて、魔族がいて、そして山賊に夜盗に追いはぎに人買いに、ありとあらゆる暴力が蔓延しているじゃん! ダメだよこんなんじゃ、女の子が女の子でいられなくなるよ。そして案の定、クラスメイト達もあっちでこっちでドッキング。いや良いですけどね? 双方合意の下でなら良いのですけどね? クラスのみんながどんどん女の子から「女!」って感じになっていくのは、なんつーかちょっと微妙な気分になり申した……。しかもまだ、正しくご交際をしているのなら良いのですが、こういうのってほら「強いオスに強いメス」がくっつく構図じゃん? 自然の摂理じゃん? そしてお年頃じゃん? 東山なんて3人に手を出してハーレム通り越して修羅場だったよね、アレはクラス崩壊の危機だったよね。やっぱダメだなオスってヤツは。
でもねー、命短し恋せよ乙女っていうじゃん? アタシの大事な大事なお友だち、香織さんにも春が来ちゃってねー。こう「頑張って皆を率いてます!」的なリーダその2君である西舘のやつを、こう「恋する乙女!」って感じで見つめっちゃったりするのさー、あーアタシのかわいい女の子が、またオスの毒牙に! って普通なら「止めとけ!」って止めるとこだけど、状況が状況じゃん? 正直なとこ、アタシ達、明日に死んでもおかしくないわけでさ、そんな時に、未練というか「あれやっておけば良かった」的な気持ちを持たせたくないじゃん。それに西舘は、まあイイ奴っぽいし? 少なくとも手当たり次第に女の子に手を出してないし? これは一肌脱ぐしかないじゃんね。さあ、ここは女の友情の見せどころですよ美羽さん?
買い出し当番にちょこっと細工して、貸しを作ってある男子に「おら、アタシのいうことが聞けないってか」と因果を含ませて、セッティングした「お買い物デート」は大成功だった。恥ずかしがる乙女たち! いいねいいね、こでなくちゃね。爽やかで凛々しい素行良好の男の子に、胸をときめかす少女たち、世の中はこうでなくちゃいかんのですよ。香織は目をキラキラさせて喜んでいるし、小さな体をもっと小さくしている美羽にとっても。これは恋を意識するリハビリテーション。大丈夫だって、世の中の男どもの半数はクズだけど、半数はそうでもないって。ほら、男女一緒だよ。美羽に意地悪するやつなんて男女問わずいたじゃん。そして男女問わず美羽を気にかけているやつだっているはずなんだ。アタシと香織がそうなようにね。いつか美羽も恋をするんだろうなー。そうなるとアタシは用済みかなー、それはちょっと寂しいかなー。でもそれが乙女の宿命なのだ。アタシは笑って見送る準備と覚悟がある!
抱きしめた香織と美羽の体は、いつもどおり暖かく柔らかくいい匂いがした。アタシの大事な友だち。絶対に守りたい笑顔だち。
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アタシは彼女たちを守れなかった。最終決戦。見つけた敵の親玉。暴虐竜「セマルグル」この世界の魔族を統べる王にして、七つの首と人への擬態を取る災厄の核。それを前にしてアタシは早々にリタイアした。見た瞬間これはヤバイヤツだと本能が告げた。こいつにはちょっと敵いそうにない、そう思ったけれどもう仲間たちは動き出していた。最近めっきり独善的になった東山、最近めっきり口数の減った西舘、もうアタシに彼らを上手く誘導することは出来ない。
アタシは美羽の肩を軽くたたくと、いつもどおりに敵の右手、私たちから見て左トップを張る西舘の背後から大きく迂回するコースを取った。『俊足』のアタシは敵の意識を引き付けて、正面から攻撃する2人をサポートする配役だ。あえて初加速は落として――セマルグルの右腕がしなった。俊足を持つアタシの眼は素晴らしく強化されている。その眼をもってしても「腕の動き」はぜんぜん見えなかった。ミスった! そう感じた瞬間、アタシの足元は崩壊した。予感でコースを変更すべく跳躍した瞬間、アタシの足元の岩は「粉砕」されていた。いや「切り刻まれた」と言ってよい。飛び跳ねたアタシの右脚も足場の岩と共に切り刻まれ、アタシは痛みも感じないまま次の足場を探す。だが切り刻まれた範囲は恐ろしく広範囲で。何十メートルと飛び跳ねた先の岩場まで粉砕されていた。その先は崖。アタシは落ちる。自慢の脚の片方を残して、憎き敵を残して、守らないといけない友達を残して落ちてゆく。セマルグルの哄笑が響き渡る。
耳を抜けてゆく風の音。誰よりも早く移動する時の音、かけっこで1番を取っていた幼少期を思い出す。アタシは誰よりも早く走ることが出来て男の子と張り合った。肩をこづきあいながら一緒に走っていた多くの男の子たちが、やがてアタシを追い越してゆく。あの感覚を思い出していた。そして右脚からの激しい痛み。痛い、痛い、痛いよ。アタシは追い抜かれる。いつも、いつでも、いつか必ず追い抜かれ、置いて行かれる。
ゴメンね、アタシの脚、アタシの友達。できることならいつまでも引っ張って走り続けたかった。友達と一緒に、友達を率いて、そして――アタシも恋をしてみたかったよ。
暗転する世界に閃光と衝撃が走った。
【終わり】
敵に敗れるオープニング&ラストシーン(第一部ラストシーン?)主人公の覚醒を促す敗北エピソード。そんな「物語の冒頭部に3行程度で記されいる」ような「仲間たちの敗北と死」を記してみました。主人公の友人役、彼を取り巻くサブヒロインたち。それらを深掘りして描いてみました。私はこういった「痛みを伴う敗北」を描くのが結構好きなようです。マゾくてサドい。
※注:構想に1晩。執筆時間約4時間、訂正時間20分程度。