来世に行きそびれている。
「俺、昨日、魔王見ましたよ」
「・・・どこで?」
「たまたま入ったスーパーで、偽物の方ですけどね」
「あの子供か・・・」
「それより一緒にいたの誰だと思います?」
「大佐か?」
「何だよ、つまんねぇですねぇ」
「他にいないだろう?」
「まあそうなんですけど、大佐どうしてたと思います?」
「さあ」
「これはびっくりするんじゃねぇですかねぇ、当ててみてくださいよ、少佐殿」
「彼女の父親になっていた」
「近いです」
「母親になっていた」
「女になってたら俺にわかるわけないでしょう。あの頃と全く同じ姿だったんですよ」
「同じ姿、軍服だったのか?」
「はい」
「スーパーであの格好は目立って仕方なかっただろう。何考えているんだ」
「いんですよ。見えてないんだから」
「・・・幽霊ってわけか」
「正解です。少佐殿」
「もう私は少佐ではない。いい加減その呼び方辞めにせんか?」
「すみませんねぇ。だって今の名前に違和感しかないんで。だってあんたが山田とか恵とかすっげー普通の名前で生きてんの、何か笑える。ははっ」
「そうか。私はこの名前で十八年間生きていたからな。特に違和感はない」
「あんな覚えられないような長げぇ名前だったのにえらく短縮されちまいましたねぇ。背も俺よりずっと小さくなっちまいましたし。俺に思い切り見下ろされるなんて屈辱でしょう、少佐殿?」
「別に。私は成長期だからな。まだ伸びるはずだ」
「あのクソ強かったあんたが何の取り柄もない女子高生やってるなんてあの頃の俺に言っても信じないだろうなぁ。変われば変わるもんですねぇ」
「それより、大佐が幽霊だったという話の続きは?」
「ああ、まあつまんない話ですよ。俺は魔王と彼女の背後にうやうやしく仕える幽霊大佐の後をつけたんですよ。そしたら別に面白くもなんともない。しみったれたアパートに二人で入っていきましたよ。大佐は壁をすり抜けてね」
「魔王には見えていたのか?」
「多分見えてないです。何の会話もなかったですし」
「誰かに聞かれたら拙いからでは。家では普通に話しているかも」
「そうは見えなかったですよ。でも滑稽なのはね、あの大佐が保護者みたいな顔をしていたことですよ」
「前からそうだっただろう。何を驚くことがある」
「だって可笑しいじゃありませんか。自分が騙して連れて来て死なせた子供に、来世にも行かずに執着して、憑りついているだなんて、滑稽通り越して哀れですよ。まあでも、罰が当たったんでしょうね」
「罰?」
「そうですよ。何の落ち度もない子供を残酷に死なせた罪は重いんじゃないですか。まあそれなら俺らも同罪ですかね、少佐殿?俺達沢山人を殺しましたもんね?」
「そうだな。だが今の私が殺したわけじゃない」
「一度死んだら罪は消えると?」
「それはそうだろう。私はもう大佐ではないし、お前も中尉ではない。誰が私達を罰することができるんだ」
「でも確かに記憶がある」
「あるな。鮮明にある」
「時々思いませんか。くだらない連中を見ると、ああ、こいつらなんか一瞬でこの世から跡形もなく消滅させることができるのにって」
「思わんな。そもそもそういう連中には関わりたくない」
「前世の記憶を持って生まれてこれたら強くてニューゲームなわけじゃないですか。でも俺らは弱くなってニューゲームなんですよ。やってられませんよね」
「別に。あの頃に戻りたいとは思わん。ここは平和で食い物も美味い」
「でも時々人を殺したくなりませんか?」
「ない」
「嘘でしょう?あんなに苛烈だった貴方が」
「もう殺しつくしたからじゃないか。私は枯れたのだ。お前と違って長生きしたしな」
「そうですか。でも今あの能力があったら無敵ですよね。世界の王になれる」
「なってどうする」
「さあ」
「何だ、王になった後の展望はなかったのか」
「ないです。ただくだらない人間にわからせてやりたいだけです」
「つまらんことを考えずこの世界を楽しんだらどうだ?食べ物は美味いし、娯楽はいくらでもある。暇つぶしには事欠かないだろう」
「大佐は何で魔王についてると思いますか?」
「さあ、幽霊なら他に行くところがないからじゃないか」
「何かまだ期待してるんじゃないかと思うんですよねぇ。あの子供に」
「魔王の能力を?」
「あの計画の続きをしたいんじゃないかと」
「もう勇者もいないしな、こちらの世界の方が容易く征服できそうだもんな」
「それとも本当に罪滅ぼしで傍にいるのか」
「さあな」
「魔王に接触してみようかと思ったんですが、ちょっと俺が声かけたら職質案件なので、少佐殿やってもらえませんか?」
「嫌だ。私は興味はない。お前が勝手にせい」
「多分今魔王は中学生くらいだと思います」
「やらんぞ。大体私達のように前世の記憶があるとは限らんではないか。何て言うんだ。貴方は前世で魔王で私達はその下に仕える魔王軍の兵士でした。そしてあなたの後ろにいる陰険な男は貴方を騙して魔王の座に据え死なせた極悪人ですよとでも言えってか」
「通報されそうですね」
「私が彼女の親ならそうする」
「つまらないですねぇ」
「そろそろ帰るぞ。私は門限がある」
「何てお可愛らしい。好きになってしまいそうですよ」
「なればいいんじゃないか」
「いいんですか?中尉が少佐に懸想するなんて重罪ですよ。昔なら俺がこんな軽口叩いたら、あんた俺のこと消し飛ばしてたでしょう?」
「今はそんなことはできん。せいぜい全力疾走して逃げるだけだ。捕まえられたらお前の腕を振り払うことすらできないだろうな、私はすっかり非力になった」
「変わっちまいましたねぇ。あんなに強くてかっこよかったのに」
「もういいだろ、帰るぞ」
「あの頃に戻りたくないですか?」
「ないな。今の方がずっといい」
「どこがだよ」
「そこだ」
「はぁ?」
「あの頃の私達ならこんな風に休みの日にファミレスで向かい合ったりしなかった」
「俺に興味があったんですか?」
「あるわけないだろ。だが今のお前なら興味が持てるかもしれない」
「今の俺、何にもないですよ。ただのクソつまんないサラリーマンです」
「それでいいじゃないか」
「よくないですよ。しみったれた、つっまんねぇ人生」
「過去はどうしたって忘れられないし、記憶に引っ張られ苦しいだろう。でもそれは私達ではない。私達の今のこの身体で行ったことではない。だからもうこだわるのはやめにしろ。私達はもう魔法など使えない。使う必要もない」
「どうしてそんな達観しちゃってるんですかねぇ。あんたそんなに諦め良かったですかぁ」
「お前が今の私をちゃんと見れるようになったら・・・」
「なったら?」
「さあな、取りあえず今日は帰るぞ、またな」
少佐は前に進んでいる。
俺だけが過去に取り残され、来世に行きそびれている。
恐らくあの、幽霊になってしまった上官も。
次に会った時は少佐ではなく、山田さんと呼べばいいのか、それとも恵さんか。
俺は走り、かつてより小さくなった背を追いかけた。
彼女の手は容易くとることができ、記憶にはない初めて見る笑顔はこの世のどんなものより柔らかく美しかった。