第77話:横槍
天才二人に迫る凶雷、それは確実に彼女らの命を奪うはずだった。
――しかし、それは第三者によって覆される。落ちてきた雷が二つに切り裂かれたのだ。
「間に――あったぞ!」
やってきたのは脇に亮を抱えた昴だった。
彼は少し息を切らしながらも、はっきりと意思の持った瞳で伏雷を睨み付け、言葉を投げかける。
「――嫌な予感がして戻ってみれば、やばい奴のお出ましか」
「……私の雷を斬るだと? 貴様が見鬼か!」
「ただの父親だ。そっちこそ、何しに来たんだよ」
「素直に言うわけなかろう――それよりだ。貴様の元には上位のケモノが送られたはずだ――どう切り抜けた?」
「倒したに決まってるだろ、主力を息子に任せてるんだ親が負けるわけがねぇ」
「大雷姉様の言った通りか……やはり貴様が一番の脅威だな」
「それはどうも――それと、そんな悠長に話してていいのか?」
「……何?」
昴が言った瞬間、伏雷の下に法陣が現れてそこから火柱が立った。
完全な不意打ちとなったそれは、伏雷を焼き――多大なるダメージを与える。しかし、末の雷神とはいえ神は神だ。それは致命傷にはならず体を治しながらも炎から彼女は出てきた。
「……今ので死なないですね」
「ガッ――貴様等、絶対に殺す」
「子供達は殺させねぇよ!」
そしてここでも実現するのは神対人の対決だ。
実力的には昴が上だが、出力が違う相手との戦闘。その上、暦の子供達を守りながらのその戦いはとても辛いものになるだろう。
――――――
――――
――
あぁ、愉しい。
とてつもなくたまらなく、愉しくて楽しくて――この戦いが終わってほしくないと思える。
迫り来るのは無尽の氷刀、全方位から迫るそれらの技が俺の体を削り続ける。
横薙ぎ、振り下ろし――そして刀を手放した際の一瞬の殴打。無尽蔵とも言えるレベルの霊力が俺に牙を突き立て、何度も何度も俺の命を脅かす。
本当に、これは何の冗談だ? 迅さも技も俺が上なのに――パワーだけが段違い、桁はずれた出力が数千年の研鑽の差を埋めてくる。
技を放つ、その全てが凍るか灼き尽くされる。
神を灼く焔があいつの霊力によってその性能を引き出され、魂までその熱が届く。
「――灼尽神去!」
あいつが目の前の人間が構えた一振りの刀が焔を纏って迫ってくる。
避けようとした――だけど、その瞬間に足が凍っていることに気がついた。
あぁこれは避けられない、絶対に当たる。そしてその一撃はかの祖なる神にすら匹敵する一振りで――。
『伊弉冉を頼んだぞ――火雷』
その瞬間に、かつて相対した一人の神の姿を思い出した。
この俺に槍を託した馬鹿みたいな、原初の神のことを。
「言われ――なくてもな!」
相手は、目の前の人間は俺が与えた試練を超えて限界を超えた。
――何千年も待ちわびた、俺すら殺す可能性を持った英雄だ。
この程度の力で、満足させる訳にはないかない――何よりこれで終わりなんてつまらない、やっと満ちることが出来るのだ。
ならば、全部を使え――ガス欠だって気にするな。それでは待った甲斐が一切なくなるだろう――母を救う可能性を持ったこの英雄を輝かせろ!
「――来いよ、人間!」
だが、その瞬間の事だった。
今までのこいつのキレがなくなり、急に動きが鈍り始めたのだ。
こっちの技を食らったわけでもなく、限界だってまだの筈なのに口から血を吐き目を充血させている。よろめき、ふらつき……考えられない仕草で地面に倒れた。
中の気配を見ると、それは神綺までも蝕んでいて――彼女はでようにもでれないようだ。
そして、本来なら感じるはずのない。
家族の気配を二つ感じてしまったのだ。
「おい――いるのか若雷?」
「せいっかーい! 伏しちゃんの力で隠れてたけど、ここまで来たらえんにーなら気づいちゃうかー!」
緑色の髪をした雷神の少女、俺等八雷神の五女である彼女はとても愉快そうに笑いながら、倒れる人間をつっついている。
「そいつに何をした?」
「あー依木君のことー? 毒盛っただけだよ?」
「――なんでだ?」
「兄様結構限界でしょ? 私が用意した体だって、活動限界が来てるし――それじゃあこれが手に入らないじゃん! とにかくねぇねぇ褒めてよえんにー、この子毒耐性が高過ぎるからコレクションしてた五百年来の蠱毒の毒をずっと流してたんだよ?」
……怒りが湧いた。
確かに大雷の目的を考えれば妹の手が最善だ。
だけど、それは俺の目的から反してる――そもそもこいつらがいることがおかしい、大雷の奴が助言したのだろうが……出れないように細工したはずだ。
「そだこの子の持ってくついでにもう一人常世に持ってきたいんだけど駄目かな? 伏ちゃんに回収しに行って貰ってるけど、凄い子見つけたんだー。その子の術を見るとね、常世に直通で私達瘴気を持った者を送る術でね! あれ、えんにー?」
「先帰ってろ、若雷」
「――ぇ?」
俺の槍が彼女を貫く、言葉を発させないように槍でそのまま首を刎ね治癒も許さないように完全に仮の体を破壊した。
「――末っ子はあっちか」
そして俺はガキを抱えて、伏雷の気配がする伊弉諾神宮の方へと一気に飛んだ。
「……よぉ末っ子ボロボロだがどうした?」
「炎雷兄様? ……依木は手に入れたようだな、私も今終わらせよう」
「そうか――お前は眠れ、伏」
「――は?」
俺はそのまま妹の首を叩いて意識を奪い、目の前に相対する九人の人間へを睨み付けた。俺の神威を受けるだけで殆どの者が動けなくなったが……辰と亥、白髪の龍の気配を持った少女と十六夜の血を感じ二人だけが俺に変わらず敵意を向けている。
「仲間割れか?」
「あぁそうだな、こいつらは手出しをしないという契約を破った――だからだ」
「……それで仲間を攻撃した雷神様はどうするつもりだ? 抱えてる息子を返してくれはしないだろ」
「そうだな、こいつには用があるからな。でだ丑神のガキもいるんだろ、今すぐこいつ治せ、そんぐらい待ってやる」
「お前に何のメリットがあるんだ?」
「全力のこいつを倒したい、それだけだ」
「――嘘はないと思う」
「そういうことだ早く治せ」
緊張が場を支配し、襲われるとも思ったが……亥の神を宿してるガキの言葉のおかげか、俺の言葉は信じられたらしい。
「早くしろ――伏雷が起きる」
その言葉に急かされるように、丑神を呼んだ少女はガキの治療を始め――俺はそれを見守ることにした。




