第71話:約束
目覚めた先に居たのは、小さい神綺。
どことも知らぬその場所で、繋がっている故か彼女が相棒であることを気がつけた……だけど、これはどういう状況なんだろうか?
直前の記憶は炎雷にやられた所まで……それ以降のことは靄がかかってしまい分からないが、異常なことが起こっているのだけは分かった。
「大丈夫? 喋らないのかしら?」
「あ、ごめん。えっと、俺は……刃。十六夜刃だ――君は?」
本来なら呪い寄りの彼女に名前を答えるのは不味いのだが、不安そうに俺の顔色を窺う見慣れない彼女が凄く嫌で――気づけば俺は名前を答えていた。
「そう、刃っていうのね。私は神綺、神在月神綺よ――それで、貴方はどうしてここにいるのかしら?」
「気づいたら……ここにいたんだけどさ、ここってどこなんだ?」
情報があって超したことないし、神綺に何かを隠す必要もない。
だから素直にそう聞けば、彼女は少し悩んだ素振りを見せながらもゆっくりと口を開いてこう続けた。
「……その様子だと本当に知らないのね。答えるのならここは出雲の分社よ。それで急に現れた貴方はどこから来たの?」
「えっと、淡路島だな。それで後はさっき言った通りだ」
「災難ね、転移にでも巻き込まれたのかしら?」
「……多分?」
その答えで彼女が持っていた緊張感のような、張り詰めていた空気が消えた。
毒気が完全に抜けたわけじゃないだろうが、彼女は俺の話を聞いてくれるようだ。
「はぁ、ほんと警戒したのが馬鹿みたいね。それで、貴方はこの後どうするの? 淡路島に帰るのかしら?」
「まぁ、帰りたいけど……いいのか?」
「別にいいわよ? まぁ、でもその前に一つだけお願いがあるのだけど、いいかしら?」
「別に良いぞ」
何を頼まれるかは分からないけど、いつもの神綺の性格を考えるに無茶振りされる可能性がある……が、なんというかあまり怖くなかった。
彼女と接する前で転生直後の俺だったら絶対になかった考えだけど、これは自信持って言うことが出来る。
「へぇ、受けるのね」
目の前の幼い神綺は、俺が受けると思ってなかったのか驚いたような顔をする。
そんな彼女の驚いた顔なんて見たことなかった俺はそれが何故かおかしくて、少し笑ってしまった。
「……ねぇ、なんで笑うのかしら?」
「いや悪い、それで何を頼むんだ?」
「……変な人。まぁいいけど、話し相手になってくれないかしら? ケモノを狩った後で暇なの」
そして頼まれたはそんな事。
最初から身構えてなかったこともあるが、なんかその頼みが可愛くてまた笑ってしまいそうになったけど、なんとか堪えて俺はその頼みを受けることにした。
「いいぞ、それで何話すんだ?」
「……貴方から振ってくれないかしら、私は殆ど誰かと喋ったことないの」
「まじか……俺もあんまり話題ないんだが」
それで二人して困ってしまったのだが、歪な初対面状態では会話が難しく……一緒に黙ってしまった。そして立ってるのもなんだしで、近くに腰掛けて二人して静かにしていると、神綺が会話を振ってくる。
「ねぇ貴方、淡路島って綺麗なの?」
「自然が綺麗だったな……あとは、料理とか美味しかったし」
「そうなのね……ねぇ貴方、どうして淡路島にいたのかしら?」
「友達の皆と行ったんだよ、修行だーって感じで――相棒も一緒だったし」
そういえば今頃淡路島はどうなってるのだろうか?
相棒の事だし、なんとか皆を守ってくれるだろうが……どうなってるか分からないし、あの火雷の事だから何をするかも分からない。
「大丈夫? 暗い顔したわよ?」
「いや、皆が心配でさ……」
「心配って、そういえば転移させられたのね――いいの? 私と時間を潰してて」
「……心配だけど、あんたの事も放っておけないし」
幼い神綺の表情は普段の相棒を知っている俺からすると慣れないものだ。
違和感あるとまでは言わないが……少し怯えていている感じがするし、何より普段の飄々とした浮き世離れした雰囲気がない。纏う気配は彼女のもの、だけど完成されたあの気配はなく、何というかちぐはぐで……とても寂しそう。
「本当に変な人ね、こんな不気味な私に構うなんて」
「だってあんた寂しそうだろ? そんな奴を放っておけるかよ」
「……私が寂しそう?」
「そうだろ。お前と似てる奴が相棒なんだけどさ、そいつも似たような顔するし」
俺が知ってる相棒は拗ねたりあんまり構わないと似たような顔をする。
流石に少しは違うけど、やはり同じ彼女だからかその表情はそっくりだ。
「私に似てるなんて変な知り合いがいるのね貴方」
「変って俺の相棒なんだけどな……」
「ふふ、変な人同士お似合いなのかしら?」
「酷いな、確かにあいつは……色々やばいけど、良い奴? なんだぞ」
「そこは断言してあげなさいよ、なんかその相棒が不憫よ」
「……悪い」
「ねぇなんで私に謝るの?」
だって相棒はお前だし……とそんな言葉を飲み込んで、笑ってごまかせばまた同じように変なのとだけ言って彼女は笑った。
「ねぇ、貴方の友達はどんな人達なのかしら?」
「あー気になるのか?」
「えぇ、さっき淡路島のことを話してる貴方が凄く嬉しそうだったもの……私はそういうの知らないから気になったの」
それを聞かれて俺は、隠す意味もないし皆のことを答え始めた。
亥の神を祀る優しくもてに並ぶと言ってくれた極月亮の事、怖いし病んでるけど繊細で純粋で俺の事を想ってくれる卯月龍華の事、めっちゃ自信家でナルシストだけどいつも周りを見て引っ張ってくれる皐月澄玲の事。そして雫や巴のこと――それを話していると、神綺の表情がどんどん柔らかくなっていく。
「貴方の周りには沢山の人が居るのね、羨ましいわ」
だけど、話が終えると彼女の表情がまた暗くなった。
理由を聞くも答えてくれる感じではなくて……気になるけど、深掘りは出来なさそうだった。答えてくれなくてもいいけど俺は……俺なりの言葉を彼女に伝えることにする。
「なぁ神綺、これは相棒の話なんだけどさ……俺の相棒ってめっちゃ怖いんだよ」
「……急に何かしら?」
「いいから聞いてくれ。初めて会った時なんてさ怖すぎて普通に逃げたかったし、何考えてるか分からないし、いつもからかってくるし、他にも色々あってさ……」
「悪いことしかないのだけど、その子本当に相棒なの?」
「あぁ、それだけは胸を張って言えるんだよ。あいつは怖い、すっげぇ怖い――だけどそれでも優しくて、いつも俺の事を助けてくれてさ一緒に未来を歩んでくれるって言ってくれた……すっげぇ大事な奴なんだ」
いつもだったら小っ恥ずかしくて伝えられない俺の本心。
だけどこの彼女になら伝えて良いと思ったから。
「…………それで?」
「神綺がどうしてそんな顔をしてるか知らない。今までどんな経験をしたか分からないけど……これだけは伝えさせてくれこれから先で出会う俺だから、お前と未来を歩むって言ったのだから――ここで約束するよ」
……そこで一度俺は言葉を切った。
ちゃんとこれだけは伝えないと思ったからだ。
「神綺、俺はずっとお前の相棒でいる。俺はお前を一人にはさせないからこれからも未来を一緒に歩ませてくれ」
「私達は初めて会うのよ?」
「そうだな」
「なんでそこまで真っ直ぐ言えるの?」
「……えっと、俺だから?」
「なんで私が欲しかった言葉をくれるの?」
「それは相棒故の勘って奴だな!」
「本当に、本当に変な人……私はずっと一人だった。いつも一人でケモノを狩って、誰も褒めてくれなくて……これからもずっと一人だと思ってた。でも、未来の私は違うのね」
彼女は笑っていた。
……泣きながらも笑って、それを拭った後で俺の手を取って――真っ直ぐと目を合わせてこう続けた。
「――ねぇ、貴方。いいえ刃、どうか私を迎えに来て? 夏の私を救ってくれないかしら?」
その言葉を最後に目の前の彼女の姿が消える。
そしてそこには一本の刀が残されて――そのまま俺は迷いなく、その刀を握った。




