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第70話:神在月の死の姫君

氷の壁が溶けた時、そこでは全てが終わっていた。

 刃が刺さり倒れる刃君に、それを見下ろす見知らぬ男。

 たった数秒、彼に守られ爆音だけを聞き続け――その果てがこれ。

 動かないといけない……何かしないと、大切な友達が殺されるかもしれないのに……あの男から発される何かが強大すぎて動けない。

 うり坊を呼べ、一瞬でもいいから気を引いて――何かしないと彼が死ぬ。


「止めとけそこ餓鬼,二人。気配から封豨(ほうき)とアマルの使い手だろうが、今のお前らじゃ届かねぇよ……最低でもこいつの半分には達さないと死ぬだけだぞ?」


 見透かすようなその言葉、封豨とアマルというのが何を指しているかは分からないけれど、今言われたとおり実力差は圧倒的なのを嫌でも理解してしまう。

 今まで壁に守られて何も分からなかったけれど、それでも外で減っていく異常な霊力だけは感じてたから。

 そんな中、視界の端に見知らぬ女性がいた。

 絶句し信じたくないような表情を浮かべるその女性は……すぐに表情を切り替え相手の男に言葉を投げる。


「なんで貴方が四季を持ってるの? あれは封印されてたはずなのに……」

「封印されてるとは言え元は母の力だろ? 存在を誤魔化して無理矢理解除した。これ餌にお前等を呼ぶつもりだったから、自分から来るのは驚いたぞ」

「……さっきの言葉、刃を今殺すつもりは無いのよね?」

「あぁ、こいつは強ぇ……それも餓鬼とは思えないほどにな。だからこれで死ぬのはつまらねぇだろ? ――どうせなら味わい尽くしてから持って行く。だから四季を返したんだよ」


 四季……とは刃君の持つ、あの刀ことだろう。

 でもそれを返す? ……確かに刃君に刺さっているあの刀は、瓜二つだし少し色が違うけど、一度見た時の存在感そのままだ。


「なぁ神綺、猶予をやるよ。与えるのは五日、その間にこの餓鬼が目覚めなかったらこの島を襲う。百獣夜行を起こすつもりだ――で、起きた場合は一騎打ち、負けたら持ってかせろ」


 選択を与えられているようで、どっちにしてもこの島に起こる被害は計り知れない。選べる訳のないそれに神綺と呼ばれた女性は言った。


「……断れる訳、ないわよね。分かったわ、だけど私からの条件、この人達を逃がすこと、じゃなきゃ差し違えても貴方を殺すわ」

「……お前がそれを言うのか。変わったな……こいつの影響か?」

「さぁ、どうかしら。それより飲むの飲まないの?」


 進んで行く話。

 介入しようにも二人が発する圧は次第に強くなっていき、呼吸が苦しくなる。

 今の話は許して良いはずがないのに……百獣夜行を意図的に起こすなんて発言だけは狩り人の子供として見逃して良いはずが無くて。

 

「――いいぞ、それぐらいは許してやる。でだそこの怯える雑魚女、こいつら全員連れて淡路島へ帰れ、そして今いるだろう狩り人達に伝えろ、炎雷が来たぞってな」


 それだけを言って、彼は消えた。

 訪れた静寂の中、誰も言葉を発さない。

 ただ神綺と呼ばれた黒い女性だけが動き、刃君に近付いてその刺さる刀に触れる。


「――ごめんなさい刃、どうか私をよろしくね」


――――――

――――

――


 夢……いや、何かの記憶を見ている。

 黒い少女の夢だ。俺をいつも助けてくれる死を宿してしまった少女の夢だ。終わらない微睡みの中で、その夢を記録を――俺はただ眺め続ける。

 これはきっといつかに在った誰かの記録の断片だろう。


 少女は孤独だった。

 暦の一族を束ねる神在月の家の次女として生まれ、その身に大地と死の神である伊弉冉(いざなみ)の力を宿してしまったのが始まりだ。


 彼女が宿した権能は四季……つまりは季節を操るもので、春には雷、夏は焔、秋に豊穣そして冬は氷と。四つの起源を操る異常な才を持ってしまった。


 故に彼女……神綺と名付けられた少女は期待され、その宿した才で日本で最もケモノを狩った少女となった。それだけではなく、人の身で神威を――つまりは生まれながらにして神に成る資格を持っており、その功績と送られる信仰からか現人神へと次第に彼女は変質し、成長までもが止まってしまう。


 視点さえも変わり、見方も違う――誰も彼女の隣には立てなくて、常に孤独に戦い続ける。人の理からすらも外れ、自身の姉と同じくヒトデナシとなった彼女は、何百年も生きて、裏の一族である神在月を束ね続けた。


 一人は嫌だと……ずっと泣きながら。奪うのも殺すのも……誰かが先に死んでいくのも嫌で――ずっと一人で獣を狩った。関わらなければ、寂しい思いをしなくて済むからと。


 そんな記録を見て、俺は見知らぬ場所で目を覚ます。

 いつもの黒い社では無く、とても小さい社の前……何処とも分からぬその場所で、俺に声がかけられる。


「ねぇ……貴方はだれ?」


 そこに居たのは小さい神綺。

 古めかしい着物を着た――同い年ぐらいの俺の相棒であろう少女だった。

 紅い着物の彼女は、今の彼女とは似つかないほどに無邪気そうで――。


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