企業努力の味がするね
「おかあさん、このケーキ、『きぎょうどりょく』のあじがするね。」
ナオくんがそう言ったので、「そうね、おいしいってことよね。企業努力はすごいわね。」と、相槌を打つ。
刺激してはいけない。
ゆっくりと、ゆっくりと。
まだ、後遺症が残っているの。
深呼吸をして、自分に言い聞かす。
「がんばってるきぎょうってことだね! どこのケーキやさん?」
「……うっ。」
「お母さん、どうしたの?」
「っううん、なんでもっ、ないのよ、ちょっと咽せちゃって。おいしいわね、ケーキ。」
いけない、いけない。しっかりしなきゃ。
「このケーキは、駅前でね、新しくできたお店でーー。」
ナオくんは、目を大きくさせて、にっこりと。
「ぜんこくちぇーんのおみせだね! こんどはこのまちに、しゅってんしたんだね!」
───フォークの先からケーキがこぼれるのを見つめ、意識がふっと遠のいた。
ナオくんは、二年前──。
『企業努力』に誘拐された。
営利目的の、未就学児集団誘拐事件。
犯人は──いや、犯人グループは、いえ、犯人企業と言うべきだろうか。
子育て応援企業として、誰もが知ってるメーカー。
製品ロゴはある種のブランドとして、子供を育てる親達のSNSには、いつも製品ロゴが映り込むようにしてあるような。
かつてのあこがれの、ステータスの、キラキラママのアイコン。
ナオくんの他にも何人か拐われた子がいて、みな一様に、特殊な教育という名の、洗脳を───。
「──ままっ! ママ!!」
目を覚ますと、ソファの上。覗き込むナオくんの姿に、あ、ケーキの事で倒れたんだ、とぼんやり思う。
「ごめんなさいっ! ぼく、またきぎょうどりょくのこと、はなしてたの?」
「ナオくん、ナオくんは、悪くないの。」
顔には涙の痕があった。そっと頬に手を当てて、それから抱きしめる。
「悪いのは、みーんな、企業努力なの。全ては競争が、良くなかったのよ。資本主義経済が、企業努力を追い詰めたの。ナオくんは、ちっとも悪くないのよ。」
「ままっ! まま!」
ぎゅっとしがみつく、温かい、丸い体。
そう、ナオくんも、拐かされた子供たちも、誰も悪くない。
利益を追求し過ぎた結果、子供のための企業は、子供を洗脳することに決めたのだ。
将来的に、長く長く、営利活動を行えるように。
「もうないの、大丈夫、企業努力はもうないのよ。利益なんて、出てないの。だって、子供は、ナオくんたちはもう──。」
安心させるはずのことばが、出てこない。
だって、ナオくんたちの世代は、もう──。
少なくなった世代は、他の上の世代から、全て、管理されている。
だからこそ、懐古主義の、企業努力推進派が出てきたのだろう。
ナオくんたちは、どこに行っても良いし、何の仕事をしてもよいのだ。
ずっと衣食住の心配なく、競争原理に頼らずに、大事に大事に育てられる。
それは、私の知ってる時代と、あまりにも違い過ぎて。
「だいじょうぶ、ずっとずっと、一緒にいるのよ。」
──もう、努力の必要がないのだから。