懺悔
私は、自身の我儘で最愛の女性を殺した。
彼女の気持ちを考えもせず、自分の感情を押し付け、結果、彼女を永遠に失った。
「彼女が死んだのはアレクシス様のせいではありません」
誰もがそう言う。
彼女の家族すらがそう言い、いかにも私には罪がないと慰める。
だがその目は、私があんなことを言い出さなければ、エレオノーラはこの世から消えずに済んだのだと責め続けている。
そう、私がいなければ彼女は死なずに済んだのだ。
「エレオノーラ……」
青く澄んだ空に、輝く星に、茂る緑の中に彼女を見い出そうとする。
君はそこにいるのかい?
何も手につかない私に、まるで腫れ物に触るよう、父上たちは遠巻きに見ているだけだった。
きっとそれが優しさだと思っているのだろう。
だがそれは私に取っては残酷な仕打ちだ。
誰でもいい、私を責めてくれ。
私に石を投げてくれ。
私を殺してくれ。
だが私がエレオノーラと同じ地に立つことは、彼女にとっては迷惑な話だろうな…。
いや、未来永劫、もう二度と彼女とは会うこと出来ないだろう。
私の行き先は地獄なのだから。
「アレクシス様、お食事をお持ちしました」
見ればメアリがカートを押し、部屋の入口に立っていた。
もうそんな時刻か、先ほどもその言葉を聞いた気がする。
「いらぬ、下げてくれ」
「しかし、もう丸一日以上、何も口にしておりません。このままではお体に触ります」
願ってもない話ではないではないか。
「下げてくれ」
見れば、カートは贅沢な食事で埋め尽くされていた。
使用人が、何とか私を延命させようとしているのだろう。
エレオノーラはもう食べる事すら出来ないというのに。
「でもアレクシス様…」
「下げてくれ…」
「では、せめて水だけでもお取りください」
許可もしないのに、メアリはテーブルの上に水差しとコップを置いて下がる。
無駄だというのに。
熱かっただろう。
苦しかっただろう。
そう思うも私は今こうして、のうのうと生きている。
苦しみも無く、痛くも無いこの体。
そんな私でも、心だけは痛みを訴える。
彼女のものとは比べようもない微かな痛み。
そう思う事すら烏滸がましいのに。
あれからどれほど経ったのだろう。
一月ほども経ったのだろうか?それとも昨日の出来事だったのだろうか。
一体私はどうすれば彼女に許してもらえる?
この身を神にささげ、一生彼女に謝罪しながら過ごす?
それともこの胸にナイフを突き立て、体中の血を彼女に捧げれば許してもらえるのだろうか。
いや、優しいエレオノーラならば、そのどちらも望まない。
ならば私は一体どうすればいいのだろう。
遠くに見える山の稜線が、赤みを帯びた金色に縁どられていく。
「朝か…」
私は窓辺に佇んだまま、一晩過ごしたのだろうか。
金色は徐々に面積を増やし、周囲が薄っすらと明るくなってくる。
「美しいなエレオノーラ」
彼女が消え、色あせていた世界で、初めてその美しさに気が付く。
こうして私は、次第に彼女の事を忘れていくのだろうか。
怖い……。
すでに失ってしまった彼女が、記憶の中からも薄れていくのが怖い。
彼女が私の中で、微々たる思い出になってしまうのが怖い。
彼女への思い、それ以外のものが、自分の中に生まれる事が許せない。
ならばいっそ、その引き金となるだろうこの目を、抉り取ってしまおうか。
文机の引き出しを開け、中に有ったペーパーナイフを取り出し、その先端をじっと見つめた。
「眼だけでは足りないな…」
美しいと感動するもの。
良い香り、美しい音色、美味と感じる味覚。
全ていらない。
私にはエレオノーラだけが必要だったのだ。
改めて思い知ったところで、時間を巻き戻す事は出来ない。
彼女が生きていてくれるだけで満足すべきだったのだ。
ボタンを外し、胸元を開ける。
それから心臓の鼓動を確認する。
「温かいな…」
自分の胸に手を置き、そんな事を感じた。
ああ、私は一体何を考えているのだ。
エレオノーラの冷たい躯は、既に土の下だというのに、そんな事を感じるなど…。
ナイフをここに突き立てれば、この苦しみから解放されるのだ。
だがそれでいいのだろうか?
自害すれば、私は許されるのだろうか?
いや、魂になろうとも、この罪から逃れられるはずもない。
何より私自身が、その事実から逃げる事を許さないのだから。
不意に扉を叩く控えめな音がした。
「失礼します。お目覚め………なっ、何をなさっているのですか!!」
メアリか、うるさいな。
駆け寄った彼にナイフを叩き落される。
「そんな事をなさって、エレオノーラ様がお喜びになるとお思いですか!」
ああ、優しい彼女なら喜びはしないだろうな、これは私の身勝手な自己満足なのだ。
「お願いでございます。どうか以前の殿下にお戻り下さい」
メアリが涙を溜めた目でそう訴える。
だがその姿も、私にとって何の意味も持たないのだ。
「メアリ、私は以前と何も変わっていない。人を思いやる事も出来ない、しょうもない男だ。ただ一つ変わったと言うならば、この世にエレオノーラがいないと言う事だけだ」