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その頃…2

少々時間のロスはあったが、とにかく家出したエレオノーラを探さなければと私達は動き出した。

心配ながら、あの子なら、何が有ろうが切り抜けるだろうと確信している私たちより、王室のほうが慌てふためいているようだ。

自暴自棄になり、早まったことをしないか。

一人で移動している際、事故や盗賊に襲われないか。

とにかくありとあらゆる悪い方向へと考えている。

警察、兵隊、騎士、あげく探偵まで雇い、交通機関やホテル、レストランなど思いつく限りの所に手を回し、調べている。

だが、エレオノーラならあまり金の掛かる事はしないから、そんな所を調べても無駄なのに。

そう思っても、私はアレクシス様に対するお仕置きのつもりで、それを彼らに伝える事はしなかった。

そして我が家は独自に、いろいろな伝手を使い情報収集をし、息子達にも便りを出し、手の空いた時でいいからとエレオノーラの捜索を頼んだ。

もちろんそれはエレオノーラの性格を把握し、信頼しているからこその行動のつもりだった。


それがいけなかったのかもしれない…………。



ある日の午後、突然呼び鈴が鳴った。

エレオノーラの事で何か分かったのかもしれない、そう思い急いで扉を開ける。


「失礼します。こちらはガルティア男爵様のお屋敷で間違いはありませんでしょうか」


とても屋敷とは見えないだろうが、取り敢えずうちがガルティアです。


「エレオノーラの事でいらっしゃったのですか?」

「………はい、あの…エレオノーラ様はご在宅ではない…?」


制服を見る限りでは、この男は警官なのだろう。

警官が訪ねて来るとは……一体何があったの?


「これに見覚えは有りますか?」


そう言い差し出されたのは、あの子が小さい頃に使っていたハンカチ。

だがそれは所々黒く焦げていて、残った部分に我が家の家紋の刺繍が有った。


「こ、これは…どうしてこんな……あ、あの子に何かあったんですか!!」

「実は…大変残念な事をお伝えしなければなりません」


私が聞きたいのは残念な話などではない。

聞いてはダメだ。


「5日前、東の町サバストの劇場で火災がありました。その際エレオノーラ様は、その火災に……」

「ありがとうございます、エレオノーラはサバトスにいるのですね」

「いえ奥様、エレオノ……」

「聞きたくないわ!!」


そこまで聞けば、なぜ警官がここに来たのか予想は出来る。

でも悪い知らせなど聞きたくない、エレオノーラは生きている、生きて私たちを待っている。

早くあの子の下に行ってあげなくては。


「どうかしたのかい?ジャクリーン」


騒ぎを聞きつけたのか、エルが奥から顔を出す。


「エレオノーラがサバストにいるんですって、早く迎えに行ってあげましょう?」


だがエルは、私の隣に立つ警官を見て、何かを悟ったようだ。


「分かった。それならすぐ立てるように支度をしておいで」


エルはいつものように優し気に私を見つめ、そう言う。

それがエルの配慮だと分かっていても、それに縋り、私は奥に行き支度を始めた。

突然現れた警官が、あの子の焦げたハンカチを持って、エレオノーラの在宅を確認した。

警官の言葉は予想できる。

でも私はそれを認めない、認めたくない。


急ぎ支度を整え戻ると、既にそこには警官の姿は無く、エルも着替えを終えて私を待っていた。


警官は何と言っていたの?もう帰ったの?

そう聞きたいが、言葉が出ない。


「馬車を使っても、ここからサバストまで約4日はかかる。大変だがなるべく早く行きたいから頑張ろうね」


エルは力強く私を抱きしめてくれた。


「ええ、早くあの子の所に行ってあげましょう…」


エレオノーラは知らない地で、たった一人で寂しがっているはずだ。




私たちは急ぎ停車場に向かったが、あいにくサバスト方面に向かう次の馬車まで、かなりの間があった。


「仕方がない、一度家に戻り出直してこよう」


頷きはするも家に戻る気がしない。

無駄だと分かっていても、少しでも早くエレオノーラの下に行ってあげたいという気持ちで一杯になる。


「焦るだけでは何事もうまくいかないよ。落ち着こう」


「そう…ね……」


いつもの穏やかなエルらしさに救われる。

すると遠くから、大きな馬車がすごいスピードで、こちらに向かい走って来るのが見えた。

いったい何事なのだろうと思っていると、その馬車は私たちの前でいきなりスピードを落とし止まる。


「良かった間に合った!ガルディア殿、どうかお乗り下さい!」


中から飛び降りてきたのは、アレクシス様だった。

なぜ彼がここに?


「勝手をしてごめん、私があの警官に、アレクシス様にも伝えるように言ったんだ」


そうだったの……。

でもこの人がエレオノーラにした仕打ちを考えると、私はその指示に戸惑い立ち尽くした。


「ジャクリーン、今は意地を張っている場合ではないよ。一刻も早くサバストに行きたいのであれば、彼の厚意に甘えさせてもらおう」


エルは私の腰に回した腕をそっと押し、馬車に乗るように促した。




馬車の中は静まり返っていた。

いや、勢いよく走る馬車の中は、うるさいほどの音が響いている。

だが中の人間は、誰も口を開こうとはしなかった。

たまにアレクシス様やエルが、気を遣うように話掛けてくれるが、それも間が持たず、すぐに途切れてしまう。

言ってやりたい言葉も、聞いてみたい疑問もたくさんある。

だがそれを口にする事は、エレオノーラの死を認める事であり、発する事は出来なかった。

最低限の休憩と、眠るためだけに宿を取り、途中何度か馬を変えながら馬車は走り続けた。


「大丈夫かいジャクリーン?」


エルは私を気遣ってくれる。

自分だって疲弊していると言うのに。

私は大丈夫と言うつもりで、そっと微笑むが、それもあまり上手くいかなかったのだろう。




「殿下、じきにサバストの街に入ります」


御者が馬車の小窓を開け、そう伝える。

やっとエレオノーラに会える。

多分、既にあの子はこの世にいないのだろう、分かってはいるが、やはり人違いであってほしいと言う気持ちが逸る。


臨時の詰め所となっている場所は、同時に安置所も兼ねていた。


「エレオノーラの母です!娘は、娘はどこにおりますか!?」


「あ………はい、お待ちしておりました」


多分、既に連絡は入っていたのだろう。

対応した警官は一瞬言い淀むが、やがて意を決したように私達の先に立ち、奥へと歩き出した。

通された部屋は、小さいながらも綺麗に整えられた個室だった。

真ん中に置かれたベッドはこんもりと盛り上がり、その上に真っ白な綺麗な布が掛けられていた。


「この度は大変お気の毒でございます。エレオノーラ様はこちらに…」


微動だにしないそれが、本当にエレオノーラなのだろうか。


「「エレオノーラ!」」


思わず娘のもとに駆け寄る。



体を覆うその布には、やはり理由が有るのだろう。

そっと布をまくり、エレオノーラを目にした瞬間、悲鳴を上げそうになる。

ただそれがエレオノーラに対して可哀そうだと思い、思わず自分の口を押えた。

エルと同じ色で、あんなに長かった髪はもうどこにもない。

それどころか、あまりにも悲惨な状態だった。

エレオノーラの面影はなく、ただ人であった事が、かろうじて分かるだけ。


「そんな…………」


私と同じ色だった瞳も、もう二度と開く事も無いのか…。


「……エレオノーラ、お迎えに来ましたよ…。父様も一緒よ。もう大丈夫、何の心配もないわ。さあ三人で一緒にお家に帰りましょうね………」


返ってくる返事はない。

涙はとめどもなく流れ、押し留める事は出来ない。


「お家に帰ったら……、あなたが好きだった…パンケーキを焼きましょう。特別にクリームもいっぱいつけて。きっと…イカルス達も帰って来てくるから、たくさん…たくさん作りましょうね………あぁ、エルネスティ!」


耐え切れず、エルネスティの胸に顔をうずめ、泣き崩れる。


「エルッ、エレオノーラが、私たちの可愛いエレオノーラが………なぜ、なぜこんな事に………。私はあの子には苦労を掛け通しで、あの子のために何もしてあげられなかった。楽しい事なんてこれっぽっちも………」

「それは違うよ。あの子はいつも笑っていた。私たちの事を気にかけてくれた。あの子は頭のいい子だ。もし今までの生活が苦だったとしても、それなりに乗り越え、それを喜びと感じていたはずだ。とにかく今は私たちがしっかりしなくては。弱音を吐くのは、この子を送り出してからにしよう」

「そ、そうね…ごめんなさい」




「違う……これは夢だ…」


後から呟く声が聞こえた。

だけど、そんなものに気をやることなど、今の私達にはできない。


「説明させていただいてもよろしいでしょうか」


案内してくれた人が、ファイルを開き、言葉を掛けてきた。

辛いけれど、それを確認しなくてはいけない。


「エレオノーラ様は、この先にある劇場の西側の通路で発見されました。その場にはエレオノーラ様のほかに3人の方の遺骸が発見されており、焼死された方は、エレオノーラ様を含め、全員で18名、負傷者は…………」


気を引き締め何とかそれを理解しようと努めるも、私の頭の中はエレオノーラの事でいっぱいだった。

だって今は、エレオノーラにを抱きしめてあげるので精いっぱいなの。

早く家に連れて帰って、この子を安心させてあげなければ。

きっと”あー、やっぱり家が一番だわ”って言うわ。

ねえエル、早くエレオノーラを連れて帰りましょう?

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― 新着の感想 ―
[一言]  やっぱりミシェルさんはここで‥‥‥。  男爵家の家族の心中を考えると居た堪れない。  だけど読者的にはハンカチを交換してることを知っているから何とも言えない‥‥‥。           …
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