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覚えていません

『先日のサバストの劇場の火災現場から発見された身元不明の遺体のうち一人の身元がまた判明しました。その被害者の氏名はエレオノーラ・ガルティア嬢(15)です。彼女は………』


突然、宿のティブ(広報用魔道具)から聞こえたその名には覚えがあった。

へえ、同姓同名っているんだな、そう思い私はティブに目を向けた。

そしてそこに映し出された顔を見て、衝撃を受けた。





事の始まりは貧乏男爵ガルティア家に、突然降ってわいたのは縁談話からであった。

相手はなんと、この国のグランタール王家の次男アレクシス様だと言う。

最初は誰かが企んだ冗談だと思ったが、それでも正式なご使者様が現れ、これが冗談では済まされない現実だと思い知らされた。

パニック状態に陥りつつも、我が家も貴族の端くれ、何とか平静を装いその場をやり過ごす。

何でもアレクシス様は、幼少の頃から隣国エルランジェに留学しており、つい最近帰国したばかりという。

しかし留学と言っても、体のいい人身御供のようなものだったらしい。

でも彼の帰国後、短期間で彼の評判が国中に広まったのは、彼の良すぎる容姿と留学先でもトップクラスだったとされる頭脳からだろう。

とにかく帰国直後から、国中の女性が彼に魅了されたと噂になっているようだ。

だが、なぜそんな人が私に求婚したのだろう?

いくら考えても、私と殿下には接点も無く、思い当たる事も無い。

逆に親からはあんた一体何やったと問い詰められる始末だった。

とにかくだ、貴族とは名ばかりの、借金を抱えた貧乏男爵の我が家が、その話を受けるのは無謀だ!絶対断ってくれ!!.

そう思うも、弱小貴族にそれを断る勇気もないし、裏を返せば貴族とは名ばかりの貧困家庭にとって、その話は降ってわいた幸運だと言えるのかもしれない。


「ねえエレオノーラ、あなたこの話をどう思う?」

「むり」

「そうよねえ」


母様は右手をほほに充て、考え込むような仕草でふうっとため息をついた。

気楽な貧困と気遣いの多い贅沢、家庭の事情も踏まえ、どっちらがいいかと問われれば、私は前者を選ぶ!

今の我が家に、王族とのお付き合いに掛かる費用は、かなりの負担となるのだ。

ただでさえ、普段も外見に気を使う事もせず、外を歩けば小汚い町娘と思われるれる始末なのに、最低限のドレスやアクセサリーすら満足に用意出来るはずもないのだ。

まあ今の気楽さが、かなり気に入っているがせいもあるが。


「でもあなた、以前から良いところにお嫁に行って、この貧乏暮らしからおさらばするのだと言っていなかった?」


確かに言ったとも、だが夢は夢だ、楽して食っちゃ寝する夢ぐらい見たっていいだろう。


「そ、そりゃ言ったのは認めるけれど、でもいくら何でも王家に嫁入りだなんて…私にだって分を弁える常識ぐらい有るわ」

「冗談よ、あなたの気持ちは分かっているの。ただ今の我が家が、王家にたてつく事が出来るか、それが心配なのよ。何とかエルには頑張ってもらうけれど……」


そう、最下位の男爵(多額の借金持ち)である我が家が、王家から持ち込まれた縁談話を、こちらから断るなど出来るはずもないのだ。

実は母はかなり上位の貴族の出らしいが、男爵であった父と運命の駆け落ち婚をしたらしい。

父方の祖父はケ・セラ・セラな性格だったらしく、それについてとやかくは言わなかったみたい。

母の生家からは、なぜか追っ手もかからず、今に至っても連絡すらない。

それならそれで、我が家にとってはラッキーだった。

しかしその後、祖父は知り合いの借金を肩代わりし、かなりの負債を抱える事となった。

そして、それを残したまま亡くなってしまった。

どこまでもケ・セラ・セラだったのだろう。

だが我が家もその気質を受け継いでいるらしく、恨み辛みを言うつもりもない。

そのままそれを返済すべく頑張っています。

だが今はそんな話にかまっている場合ではない!


「それを断ると、こちらの立場が猶更悪くなりませんか」

「その時はその時よ」


あかん、母様もかなりガルティア家色に染まっているわ。

だけどその話を受ければこちらが苦労が目に見えている。

どうせ負債しかないこの家、いっそ夜逃げでもした方がよくないか?

なにせ領地からの僅かな税金や国からの支給金だけでは、お爺様が肩代わりした借金や家の維持費や貴族の体面を保つための金には遥かに足りず、私達はこっそり内職までしているのだ。


お爺様が元気だった頃は、男爵家なりの生活をしていたし、その頃の私も、母親譲りの菫色の瞳と父親譲りのお日様色のブロンドで、めちゃくちゃ可愛いと評判だったらしい。

しかしそれは昔の話。


今は夜遅くまでの内職が祟ったのか目が悪くなり、瓶底眼鏡をかけているし、髪もろくに手入れしていないから、艶を失いパサパサだ。

美容師に切ってもらう金も暇も惜しいからズルズルと伸ばしたままです。

こんな私なのに、今回の結婚話はどこから湧いたんだ?

一体何のメリットがあって、こんな貧乏男爵の娘に白羽の矢を立てたのだろう?

まあいくら考えても、答えが出るわけでもなし、今は内職をした方がメリットが有るわ。

そう思い、目の前にある針山から針を取った。



ところがある日の夕食時、父様からの爆弾がいきなり投下された。


「明日、王家に両家の顔合わせをするための夕食会に呼ばれた…」


「「なんですって!!」」


ハモったのは母様と私。

家族はあと二人、兄がいるが、それぞれ出稼ぎに出ていて不在だ。

しかし両家の顔合わせ?

それって結納のためによくやるやつですよね?


「明日ですか?(母)」


「明日だ」


「冗談ですよね?(私)」


「いや、マジだ」


ならばそれは決定事項か。

その証拠に、父様の顔色は悪く、表情は引きつっている。


「なぜ突然そんな事に……」

「一応断りは入れたのだが…私の力が及ばず、すまなかった………」


それを聞いた母様の顔色も、見る間に青ざめてくる。

それはそうだろう、婚約が調ったとも聞いていないのに、プライベートで突然家族に会いに来いですか…。

そんな事言われても、私には城にお呼ばれするような装いなどないし、用意する時間もないじゃないか!

終わったな、我が家………。


「行くわよエレオノーラ」


「へ、どこに?」


「決まっているわ、クロゼットよ」

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