助川主任は安全な男
「助川主任、今晩どうだ?」
「ええ、いいですよ」
職場での苺は就任初日に俺と飲みに行くために怖い上司が呼び出すフリをした。だけどあくまでフリだったので今では時々厳しいかもしれないけど基本優しい課長のイメージを持たれている。
以前のナンパ野郎ほど露骨ではないが男性社員に誘われる事もあるそうだ。当然すべて断っているが。だけど苺の方からは俺をよく誘い、俺の家へくる。
「結婚を考えている恋人がいる助川主任なら安全だからな」
「ええ、俺は彼女を愛していますからね」
「恋人さんは今夜も君の家にいるんだろう?」
「ええ、この後来る予定ですよ」
そんな風に職場で聞こえるように会話しているため俺に嫉妬の目は来るものの、俺の事は安パイだと思われている。最強の言葉『結婚式で相手に追及してくれていいぞ』が社内に知れ渡っているし、苺自身が俺の彼女と同じ空間に居る事を匂わせているからだ。
実際には彼女と同一人物なんだけどな…さて、今日はどう過ごそうか…
「安全な男が安全すぎて不満なんだけど」
「ええ…甘酸っぱいやり取りがしたいって言ったの苺だろ?」
俺の部屋でのんびりくつろぎ始めるや否や不満を口にする苺。スーツからすでに私服に着替えている。もちろん服はこの部屋に用意してある物だ。
苺が望んだ甘酸っぱいやり取りってのは恥ずかしくなるような触れ合い方とか…まあ、具体的には付き合いたての中高生カップルのようなやりとりだ。
「ほら、私たちは大人なんだからもうちょっと踏み込んだ甘酸っぱいやりとりでもいいじゃない!その、ほら、ね?」
結婚をしたいのに甘酸っぱいやり取りで今までの穴埋めをしていたせいで…実はまだ唇を重ねるキスはしたことが無い。もちろんその先も。
甘酸っぱいやり取りばかりで耐性が中高生並みになってしまったのか、『キス』の一言を口にするのも躊躇い、顔を赤くしながら不満を訴えてくる。
でもそれは俺も同じで、最近甘酸っぱいやりとりばかりで唇同士のキスとかもっと先の事を考えるといい大人なのに恥ずかしくて仕方ない。なんなら苺が俺の部屋に来た初日が一番抵抗なくできたと思う。そう、甘酸っぱいことをしたいといった苺が全て悪…振り続けた俺だな悪いのは。
ここは俺から言うべきだろう。キスをしたいとぼかしながら訴えてくる苺にちゃんと返事を…
「いっそのこと初キスが結婚式とかロマンチックでいいんじゃないか?」
「裕也のヘタレ!でもそれはそれでいいと思っちゃう私もいる…!」
だよな。いいよな初キスが結婚式。俺もすっかり甘酸っぱい思考に染まってしまったようだ。
苺は今の言葉によほど悩むことでもあったのかそのまま考え込んでしまった。
しばらくして口を開いて出てきた言葉は驚いたけど嬉しい言葉だった。
「これだけヘタレてるなら結婚しても甘酸っぱそうだし、もう結婚しちゃってもいいかな」
職場の男たちが「まあ恋人さんもその場にいるならいいか」と思っている間にイチャイチャしながら結婚しようとしているのってなんかイイよね。