女上司は溢れ出す
長年の想いが実った苺はハメを外していた。
だらしなくゆるんだ顔で俺の胸に飛び込んで甘えてみたり。俺の背中から抱き着いて首の匂いを嗅ぎ始めたり…それはやめなさい。
「兄さんだいすき―私の恋人ーえへへ」
「ごめんな今まで振ってて。優秀な苺なら俺よりずっと良い男と結婚できると思ってたんだ」
「兄さんのばか。私は兄さんと一緒に幸せになりたかったんだよ?」
「分かった分かった。一緒に幸せになろうな」
「うん!」
俺の腕にしがみつくように強く抱き着いてくる苺の頭を撫でてやる。
今まであえて距離を置いていたけど俺だって本当はずっと苺が好きだった、嬉しいしこのままずっと甘やかしたいけどこのままだと解散できなくなりそうなので、引きはがすためにベルを鳴らし店員さんを呼んで追加注文を入れる。
「ほら、店員さんがくるから離れろ苺」
「えーもう会社でも無いんだし見せつけちゃえばいいんじゃない?」
「まてまて、離れよう?そんなバカップルみたいなこといきなりしたくない」
ガララッ
苺が離れないまま個室の扉が開いて割烹着を着た元気いっぱいの兄ちゃんが現れた。
「はい、ご注文ですか?」
「あーっと…ジャンボフライドポテト一皿お願いします」
「畏まりましたー!」
ガララッ
…店員さんが来るのあっという間すぎて思いっきり見られてしまった。
苺にじーっと恨めしい視線を受けると、ニパッといい笑顔しやがった。
「恋人になってすぐに人に見せつけるなんてなかなか出来る経験じゃないよね兄さん」
「できればしたくなかった経験なんだけどなぁ。とりあえず一度離れようか、次は店員さんとジャンボフライドポテトがやってくるぞ」
「やだーもう離さなーい!」
クールな年下の女上司の顔なんてどこへ行ったのか。俺の前にいる苺は人生でも1番じゃないかってくらい幸せそうに緩みきっていた。そして案の定、くっついているところをまた店員さんに見られてしまった。
俺の膝の間に座って、俺を背もたれにポテトを食べる苺。完全に緩み切っている。
甘えてくれるのはもちろん嬉しいが…これはまずいんじゃないか?
「なあ苺。会社で俺たちの関係を公表したら仕事になるか?」
「……無理だね。会社では隠し通さないと仕事にならないよ」
「だよなぁ…お前なんて特に人生の半分俺の事好きだったし中途半端に出すと決壊するよな…」
いくら苺が優秀だとはいえオンオフの切り替えはしっかりやる物だ。
仕事中に恋人の甘い空気をうっかり出さないようにするには全てを隠し通したほうがいい。
なんせ人生の半分も俺を好きだった上に、超一流企業を辞めてまで俺を追いかけてきたんだからその想いの強さは…ああ、本当に俺をずっと好きでいてくれたんだよな。ありがとう苺。
苺はずるずると滑り落ちて行って俺の下っ腹の上を枕にする。この可愛らしく甘えてくる伊達メガネポニテ妹分はずーっと俺の事を好きでいてくれたんだよな。
俺が顔を赤くしていると気づいた苺がにやけながらからかいだす。
「どうしたの兄さん?私が可愛すぎて赤くなっちゃった?」
「うっせ、酒が回ったんだよ、お前こそ顔が赤いぞ?」
「うん。兄さんと恋人になれて嬉しいから…」
「…俺も嬉しいよ」
酒だと見栄を張ったけど真っ向からくる好意の前では無力だ。
素直な方が良い。今までの後悔もあるけど…きっとその方が苺は喜んでくれるから。
苺の課長初日だったこともあって遅くなりすぎないうちに解散…しようとするが退店しても離れてくれず、ずっと俺と腕を組んでいた。隠す方針にしたのに会社の人に見られたらどうするんだ…
「恋人になったから今日から兄さんの家に住みたい!」
「分かってるだろう苺?お泊りセットすら無いんだから無理だって」
離れてくれそうになかったので非常時用に鞄の奥底に入れておいたスペアキーを渡す。
「ほら。いつでも来てくれていいから今日の所は解散しよう」
「仕方ないなぁ…数日泊まれる荷物を後で運んでおくね。ちゃんと事前に連絡するから」
「優秀な段取りをどうも。ほら離れなさい」
やっと俺の腕から離れてくれた苺はとなりにピタッと、数センチしか離れない距離で一緒に駅へと歩き出した。それはまるで『離れたってずっと傍に居る』という苺の意思表示のようで…
もう苺を遠ざけるのは諦めた。どれだけ遠ざけても隣に来てくれるのだから。