地獄の二丁目タバコ屋の角を右
躊躇うこと無く扉の中の配管に身を沈めたリサが翳した手が、背が、脚が、次々に表皮がスライドし、中から現れたジャックに配管が蛇のように巻き付き差し込まれてゆく。
リサの眼前の宙空には次から次へと立体映像の赤色ウィンドウが開き、それらが次から次に演算を終えて色を正常を表す緑に変えてゆく。
「イカロス艦砲群との同期完了、視野同期良好、前方艦隊の位置観測オーケー、システムオールクリア、殲滅モードに移行します」
「んなっ? り……リサさん? えっ? なに、これ……」
「あら? ミナちゃん気付いてなかったの?」
「ひぇっ!? ちょっ! ステラさんいきなり背後から近付くのやめて下さいよ!」
耳元でいきなり話し掛けられミナの肩が跳ね上がる、振り向けば当たるほどの距離にステラの顔があり、それから逃れるように慌てて距離を取り抗議する。
「そんなに警戒しないでも……なにも取って食いやしないってば! (……多分」
「今何かボソッと言いました!? ……ていうか気付いてなかったって……? リサさんは一体……」
「リサは人造人間よ、地球でもお手伝い用とかで普及してんでしょ? 別に珍しい物じゃないんじゃないの?」
「はっ!? 人造人間って……あんな滑らかな動きで?? だ、だって肌の質感も表情も人間そのものじゃないですか! そりゃ多少事務的な受け答えだとは思ってましたけど……」
「? 地球のはあんな感じじゃないの? まあ……リサは自分で自分を改造し続けてるからねぇ……ちょっと違ってるのは当たり前か?」
「自分で自分をって……どれだけ高度なAI積んだらそうなるんですか……」
ミナが呆気にとられたまま何気なく外に視線を移し、そのまま『ヒッ』と小さな悲鳴を上げてその場に蹲る。
艦橋から見える視界は見る限り相手側から放たれた弾幕で埋まり、それらを縫うようにトーマスの駆る戦闘機がアクロバティックに飛行している。
「ちょっ……流石に無謀ですって! あんな弾幕躱せるわけが! トーマスさん死んじゃいますよ!?」
『ミナちゃん心配ありがと~♪でも大丈夫、これシャワー浴びてるみたいで気持ちい~んだわ! 俺、必ず生きて帰るから……生きて帰ったらちょっとデートして……うわっ! リサ! 今俺狙ったろ!』
「真面目にやって下さい、次は墜とします」
『わかった! わかったから狙うな! 敵よりお前のが危ないって! ったく……んじゃいってきま~す』
通信が切れると同時に戦闘機が敵艦隊に向け突っ込んでゆく、一つ、二つと漆黒の宇宙空間に灯が灯り、それが数えきれぬ程に増えた直後、艦隊の先頭をゆく戦艦が爆炎を上げて崩れ落ちた。
「す……凄い……あんな旧型で戦艦を……」
「うちのエースは凄いでしょ? ちなみにあそこに出てるのが今月の撃墜スコアね」
ステラが指差す先には☆マークを掲示したモニター、そのトーマスの名の下に夥しい数の☆が並んでいる。
「……あれ生涯スコアじゃないですよね?」
「毎月あんな感じよ? 艦長が好き勝手主砲撃つからすぐ敵さんが寄ってくるしねぇ……」
「ルーデル閣下じゃないんですから……普通はあんなスコア出るはずありませんって……」
「あ~、大戦時代の渋いおじさまね、でもトーマスじゃちょっと貫禄不足かしら?」
雑談をする間も視界の先では次から次に灯が灯っては消え、迫るデブリを、弾を、光学兵器を、リサが次々艦砲で撃ち落としてゆく。
「どうでぇ? なんも心配いらんかったろうが? あいいうのはほっといても死にゃしねーよ! ガハハハハハ!」
『……艦長……整備完了……クールタイム……終わった……』
「おっ? よしよし! んじゃあ最後は景気よくぶちかますかぁ!! やっぱこれがあってこそだよなぁ! ガハハハハハ!」
機関室からの連絡に目を輝かせたタウロスがいそいそと主砲の発射スイッチを手に取る、前方の艦隊を見据え、大きく息を吸い込んだその時、前方艦隊の最後の一隻が爆炎を上げて爆裂四散した……。
『あ~、こちらトーマス、全部沈めたからこれから戻るよ~、ミナちゃん見てた~? 格好よかったっしょ?』
はしゃいだ様子のトーマスの通信、名指しで話し掛けられたミナだがその言葉は耳を通り抜け明後日の方向に流れてゆく……。
小刻みに震えるミナの視線はタウロスの双肩に……、いや、その双肩から立ち上る陽炎のように景色を歪ませるドス黒い何かに釘付けになっていた。
「あの野郎ぉお……墜とぉす!!」
主砲のスイッチに手をかけたタウロスを艦橋の人員総出で押さえつける。
「ちょっ……艦長! 流石にそれはヤバいって!!」
「トーマスさん死んじゃいますって! 駄目! やめて下さい!!」
「艦長、トーマスを墜とせばよろしいんですか?」
「リサは今は動かないで! ややこしくなる!!」
スイッチを巡り取っ組み合いの大騒ぎをする中、飛来するデブリに紛れて近付く丸っこい何かを見たタウロスが再度子供のように目を輝かせる。
「!? よっしゃぁ! まだ残ってやがったな!! あれならいいよな? 墜としてかまわんだろ! あれはオッケーなんだろ? よっしゃ撃つぞぉお!!」
『##&∵&&#&∵∵∀』
「かっ……艦長! なんか通信入ってますよ?? リサさん何て言ってるんですかこれ!?」
「……降参……保護……敵意は無い……」
「ちょっ……それならあれ救命艇……」
「えっと、あれだ、なんだっけ……ちびまる〇陽動式ジェネリックキャノン!! 発射あぁ!!」
止めようと伸ばされたミナの手が空を切り、ご機嫌なタウロスが勢いよくスイッチを押す。一瞬の静寂が場を包んだ後、凄まじい光と衝撃波を置き土産に救命艇らしき艦に向かい無慈悲な極太レーザーが放たれる。
光が視界の全ての輪郭をぼかし包み込んだ一瞬、背から吹き抜けたはずの衝撃波が今度は前方から迫ってくる、思わずタウロスに皆がしがみつき耐える中、晴れた視界の中には先程まで漂っていたデブリも、小惑星も、戦艦の残骸すらない静かな暗闇が広がっていた……。
「……多数の爆発物の反応を検知、どうやら救命艇に見せ掛けた自爆用の艦艇だったようですね」
「じ……自爆……?」
ミナの背に冷たい汗が伝い、遅れて膝がガクガクと震え出す、もしもさっき止めていたら? まさか艦長はこれを予見して……!?
「ガハハハハハ! いや~スッキリした! やっぱ最後はこれで締めねーと落ち着かねーな! リサ! 俺は昼寝すっからなんかあったら起こせ!」
ないな……うん、無い、ただ撃ちたかっただけだこれ。ミナが大きな溜息をつき見渡す宇宙空間は不気味なほどに静まり返り、戦闘の痕跡すらも残ってはいない……。一歩間違えればこちらが……と考えると、背筋が薄ら寒くなってくる……と。
『あ~……ミナ……戻れ……スティーブ……全身打撲……人手足りない……』
「ふぇっ? あ! はっ、はい! わかりました! あ~! もう! 凹んだまま転がってたなあの人!!」
機関室からの連絡に慌てた様子で出て行くミナをステラが笑顔で見送り、閉まる扉を確認してリサの方へ向き直る。
「さて、そんじゃ嵐も去ったしお茶でも飲みますか、リサおねが~い」
「ステラ、持ち場に戻らなくていいのですか?」
「え? めんどい、まあちょっと休憩させてよ、なーんかああいうの見たら目が疲れるのよね~」
「畏まりました、ダン、スミス、お茶にしましょう」
祭のような騒ぎが終わり、自動操縦に切り替わった艦橋が静けさを取り戻す……、朝も夜も無い宇宙空間の長旅、戦士には時には休息も必要なのである……。
『お~い、ハッチ閉まってんだけど開けてよ~、お~い……誰か~? ねぇ? 俺頑張ったよ~! お~い!』