宇宙の闇より濃いブラック
「失礼します! 今日付でこちらに配属になります、ミナ・トードーです! よろしくお願いします!」
「……? ミナ? なんでお前こんなとこに居るんだ?」
扉をくぐり元気に挨拶したミナが出くわした作業員と目を合わせ、互いに信じられないという表情で同時に首をかしげる。
作業員の顔、その黒髪、その黒い眼、数拍の時が流れ、ようやく事態が飲み込めたのか、ミナが勢い良く作業員に詰め寄りまくしたてた。
「せっ……! 先輩!! 一体なんでここに居るんですか!?」
「そりゃこっちの台詞だよ! お前なんで……! いや……うん、事情はなんとなくだが分かる……俺と同じか、お前も苦労してんな……」
「なになに? ミナちゃんスティーブと知り合いなの?」
「ええ、技術開発局の先輩で……こんなとこで会えるなんて……」
複雑な表情をするミナをステラが不思議そうに見つめ、その何とも言えぬ雰囲気を感じ取ったスティーブが思い出したようにミナに尋ねる。
「そっ……そういやマリーはどうしてる? 元気にしてるか? 佐官昇進したら結婚しようって約束したのに待たせちまってるからな……心配してなければいいが……。っておい、ミナ、なんでステラの後ろに隠れるんだ??」
「えっと……先輩……あのですね……あ、い、いいニュースと悪いニュースがあるんですが! どっちを先に聞きます!?」
慌てた様子のミナを訝しげに見つめ、スティーブが何かを察したように表情を凍らせる、大きく深呼吸を数度、震える手をぎゅっと握り、覚悟を決めたように口を開く。
「じゃっ、じゃあ……ダメージが尾を引かないように悪い方から……」
「マリーさん、宙軍局のダグラス少佐と先月結婚なさいました」
「やっぱり! やっぱりそうきた! 待たせたの俺だけど酷くない!? ダグラスの野郎前からちょっかいかけてきてウザいとか言ってたのによりによってそっちいっちゃう!? 何? 俺何に希望繋いでこの地獄で頑張ってたの??」
「ちょっと地獄って流石に失礼ね……」
「ちなみに現在妊娠三ヶ月です」
「追い打ちするなよ!! その情報今いらない! 誰か! 誰か俺の記憶を消してくれ!!」
スティーブが壁にガンガンと頭を打ち付けて記憶を消そうと奮闘するも、噴水のように血飛沫を上げてその場に倒れこむ……。しばしの静寂の後、ヨロヨロと立ち上がったスティーブがミナに向き直り死んだ魚のような生気の無い視線を向け口を開く。
「ワカッタ、ダイジョウブダ、モウダイジョウブ、ウケイレタ……いいニュースの方を教えてくれ、これを打ち消せる内容なんだろうな?」
「はっ、はい! それはですね、おめでとうございます! 先輩、昇進されまして今は佐官です! しかもダグラス少佐より上ですよ? スティーブ中佐殿に敬礼! なんちゃって?」
「あら、凄いじゃないスティーブ、前は……確か大尉だっけ? 二階級も上がってんじゃん」
「……っそれ二階級特進だよね!? 殉職扱いになってんじゃねーか! 何? 何なの!? 地球では俺死んだことになってんの?? そりゃマリーも他の男に走るわ! ってか勝手に殺すなまだ生きてるわ! なんだよ! 俺死んだからこの地獄に落とされたのかよ……俺が何したってんだよおおぉぉぉぉ!!」
「軍の発表では八ヵ月前にアンドロメダ星系にて行方不明という事で殉職……と……なのでまさかここに居るとは……」
「出発してすぐに殉職認定してんじゃねーか!! 普通何ヶ月か捜索期間あるだろうがよ……最初から片道切符だとぉ……」
スティーブが両手で顔を覆い蹲ったまま動かなくなる……。その余りにも不憫な様子にミナがしゃがみ込み、慈しむような微笑みを浮かべ肩を優しくポンと叩く。
「先輩、元気出して下さい、マリーさんの結婚式の動画もあります、よかったら見ますか?」
「お前ふざけんなよ! これ以上傷口に塩塗って俺を殺す気か! そんなに俺の不幸が楽しいか!?」
「大の男がメソメソメソメソみっともない! ってか自分が宇宙で一番不幸だって思ってたらそれ以上の人が居たんですよ!? ちょっとは浸らせてくれてもいいでしょ!」
「てめぇ本性現しやがったな! だからお前は……っ……ばっ……ばーか! ばーか! お前の母ちゃんでべそ! あと……あれだ! 貧乳!」
「んなっ……言うに事欠いてそれを言いますか!! セクハラですよ! それにマリーさんは私以上の貧乳だったでしょうよ!」
「あいつはあれでよかったんだよ! ってかあいつの話はもうするなああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ミナとスティーブが取っ組み合いを始め、ステラがどう止めたものかと思案する、互いの頬を抓り合い二人が涙目になった頃室内に突如大音量のアラームが鳴り響く。
『警告! 警告! 主砲発射ロックの解除を確認、作業員は速やかに退避を、警告! 警告! 衝撃波に備え速やかな退避を願います』
「うっそだろ!? クールタイム終わった直後だぞ!?」
「へっ? うぇっ?? 何? なんなんですか?」
慌てて壁際に走る三人、床を這う配管や障害物を乗り越え、いち早く壁際に辿り着いたステラがミナに手を伸ばすが、伸ばした手が届かんとする瞬間、部屋中央の巨大な砲身に奔る閃光と同時にミナの体がふわりと浮き上がる。
「えぇっ!? 嘘っ? 誰か助け……!!」
「ミナちゃん!!」
ステラが伸ばした手がミナの手に触れること無く空を掻く、砲身から漏れ出た光が機関室を満たし視界が白く染まる中、凄まじい轟音と共に室内を衝撃波が突き抜けていった。
「……ふぇ? あ、私……生きてる?」
閃光の影響で不明瞭な視界と耳鳴りで何も聞こえない耳、震える体は衝撃波の影響か感覚が鈍ってしまっている……。そんな中ぼやけた視界と僅かな感覚でミナは自分が誰かの腕の中に居ることに気付いた。
「うぇ? せっ……先輩! 大丈夫ですか? しっかりして下さい!!」
「お……おぅ、ミナ、無事か……良かった……なに、後輩を守るのも先輩の務めだ、怪我が無くてよかっ……」
「えっ? 先輩! 何言ってるんです?? 耳鳴り酷くて何も聞こえないんですけど? 先輩? お~い!」
スティーブの必死のキメ顔虚しく何も伝わらず、力無くその手が床に落ちる、流石に取り乱しゆさゆさとスティーブを揺らすその手を、ミナの三倍はあろうかと思われる巨大な手が掴んだ。
「……あまり……揺らすな……頭、打ってる……誰か……医務室へ……」
「はへっ? あ、は、はい……揺らしちゃいけないんですね?」
ミナの手を掴んだ大柄な作業員がジェスチャーでミナに状況を伝え担架を用意する、暫くすると畑で見た面々が機関室に現れ、担架にスティーブを積み込み部屋から運び出していった……。
「とりあえず命に別状ないみたいでよかったです」
「まあ、ここはああいうの日常茶飯事だからねぇ……。あと、こういうのもあるから片付けには気を付けてね?」
ステラが示す先には壁に深々と突き刺さった一本のスパナ、それを見てミナが疲れ切った顔で溜息をつく。と、先程の大男が作業を終えミナの元に近付いてきた。
「新人……よろしく……ピーター……だ」
「あっ……よ、よろしくお願いします!」
ピーターが差し出した手をおっかなびっくりミナが握り返す、……それにしてもでかい……。隣に並べば大人と子供程の身長差があり、見上げると首が痛くなりそうだ。だが図体に似合わず身に纏う優しい空気がなぜか威圧感を感じさせない、長い前髪に隠れて表情は見えないが顔を合わせるだけでなぜか穏やかな気持ちになる……。
……まぁ、艦長に出会った後では例え目の前にライオンが居ても穏やかな気分で居られそうではあるが……。
「彼が機関長のピーター、あとはさっきのスティーブが機関室の担当よ、仲良くしてやってね」
「……? へっ? あ、他の方は今寝てらっしゃるとか?」
「? これで全員よ?」
「へぁっ? 全員って? え?」
「だから、今日紹介した面々とトーマスとリサと料理長で全員、艦員全員紹介し終わってるわよ?」
ステラの言葉を受けたミナが口を開けたまま意識を中空に解き放つ。
全員? えっと……全員ってどういう意味? 全長3キロメートルの戦艦の乗員がたったの、えっと……ひい、ふう、みい……自分を入れて……じゅうごにん……??
「はっ……はああぁぁぁぁぁぁぁあ!? たっ……たったこれだけの人員で!? 戦艦を? 運用!?」
「? そうよ? まあ何とかなるもんよ、何事も気合と根性! あれよ、少数精鋭でアットホームないい職場ってやつよ」
「……新人……よろしくな」
ピーターに頭をポンと叩かれた勢いでミナがその場にへたり込む、口から飛び出た魂が上げる声なき叫びが、機関室を抜け宇宙の闇に吸い込まれていった……。