地獄一丁目案内ツアー
何も無い殺風景な部屋にベッドが一台、鳴り響く目覚ましを彷徨うように探る手が掴み、器用に片手でスイッチをオフにする。
……と同時に室内を衝撃波が突き抜け、遅れて部屋を揺らす程の轟音が響く。
「……!? いっ……今のは!? わた……しじゃ……ないよね? って、んなっ!?」
布団をはねのけ起き上がったミナが下半身の不自由さに気付きおそるおそる布団をめくる、徐々に露わになる髪、頭、顔……そして……。
「ス……ステラさん!? い、一体何してんですか!! 何で私のベッドに!?」
「ん~? あ、ミナちゃんおはよ~♪昨日はよく眠れた?」
「えっ……あ、はい、お蔭様でぐっすり……じゃなくて! なんで私の部屋のベッドにステラさんが居るんですか! ってか! なんで裸なんですか!? ふっ……服を着て下さい!」
「え~? 女同士なんだから気にしなくてい~じゃない?」
欠伸をして伸びをするステラがケラケラ笑いながら言い放つ、同性である故恥ずかしがる事も無い……とは言いたい所だが動く度にゆさゆさと揺れるそれは同性であれど目の毒としか言い様が無い。
そう、決して羨ましいわけではない、劣等感に苛まれている訳ではない、ただ……眩しいだけなのだ……!! そう自分に言い聞かせ頭を抱えるミナの肩を、ようやく着換えたステラが叩く。
「それじゃミナちゃんも着換えたら朝食食べて艦内を回ろうか、皆を紹介するわ」
「は、はい、分かりました!」
何か重大なことを誤魔化された気がしないでもないが……(無理矢理)艦員にされて最初の挨拶である、緊張に引き攣りそうになる頬を叩き、ミナは糊のきいた制服の袖に腕を通した。
……
「? なんでぇ? 艦橋になんか用か?」
艦橋を訪れた二人をタウロスがジロリと睨み付ける、機嫌が悪い訳ではなさそうだがどうしてもその瞳に睨まれると身がすくむ、苦手意識とは違う本能に訴える恐怖、蛇に睨まれた蛙とはこの事であろうか?
「艦長ったらな~に緊張してんのよ? 今ミナちゃんにこの艦の乗員の紹介して回ってんのよ、ミナちゃんまあ分かってるだろうけどこれが艦長ね、扱い難しいからまぁ何かあったら手近な物で頭を殴って躾けて頂戴」
「き、きき緊張なんかしてねぇし! っつーかステラ! 殴って躾けろだぁ? こんな小娘に俺が何躾けられるってんだ!」
「まぁ、まずは言葉遣いにテーブルマナーね、あとは……」
「あ~っ! もういい! ったく、口を開けばお前ぇは減らず口ばっかりだ! ……おぅ小娘、お前ぇは何ができるんでぇ?」
突然話し掛けられ、傍観に徹していたミナがしどろもどろになりながら返事する。
「ひあっ!? はっ、はいっ! あ、あのっ、技術開発局に居ました時には艦船の整備や換装などに関して専門でやっておりましたっ!」
艦船の整備や換装という台詞を耳にしたタウロスの口角がニヤリと歪む、その様子を感じ取ったミナが反射的にのけ反り、のけ反るミナの動きに合わせるようにタウロスが距離を詰める。
「なんだ! お前ぇ整備士だったのか! 丁度良かった、整備士が足りてなくてな! なんつーかな、なんもしてねぇのにしょっちゅうあちこち壊れやがんだよこの艦! ならお前は今日から機関室に配属決定! い~い仕事期待してんぞ! な!!」
肩をバシバシと叩かれ、されるがままにされ目を回しかけているミナを庇うように、ステラがタウロスの脳天に端末器の角を振り下ろす。
「うおっとぉ! ガハハハハ! ステラ、てめえはいつもワンパターンなんだよ! 何度も何度も食ら……ガフッ!?」
ステラの一閃を躱したタウロスがふんぞり返るが、手首を回して放たれた返す一閃がその顎を打ち抜き、ふんぞり返った姿勢のまま昏倒する。
「だからビビらせてどうすんのっての! さて、ここは艦長とあそこにいる操縦オペレーターのダンとスミス、あとは……あら? リサが居ないわね?」
「リサさんなら艦内の掃除だよ」
「あ~、そういやそんな時間か、ま、昨日もう会ってるしその内また出くわすでしょ。んじゃ二人とも『これ』の処理頼んだよ~」
笑顔で手を振るダンとスミスにお辞儀をして、ステラの後を追い艦橋を後にする、かなりいいのが顎に入ったが大丈夫なのだろうか?
周囲の反応を見るに日常的に起こっている事のように見えるが……。ミナは改めてここに来たことを後悔すると共に心を満たす不安感から大きな溜息を吐いた。
……
「んでここが畑ね、色んな野菜を育ててるわ」
「ふぇっ? え? 水耕栽培じゃなくて土の畑?? 一体どうやって……?」
「おぅ! 嬢ちゃんが新人の子か?」
目の前に広がる光景に戸惑うミナにオーバーオールを着た柔和そうな白髪頭の老人が話し掛けてきた、老人は手に持った鍬をよいせと担ぎ上げると腰を伸ばし人懐っこそうなその笑顔で笑いかける、慌てたミナが姿勢を正し深々と老人に向かい礼をした。
「昨日よりこの艦でお世話になることになりました、ミナといいます! よろしくお願いします」
「こりゃ丁寧にどうも、まあ、世話になるっちゅーか巻き込まれたんじゃろ? ホッホッホ、艦長は強引じゃからのぅ、仕方あるまいて」
「この人はアキオさん、この畑の管理と色々な雑務を担当してくれているわ、んであっちで農作業とかしてる四人組が、左からマツオ、コクブ、トモ、シゲ、そして柴犬の七星よ」
ミナの見つめる先でタオルを頭に巻いた四人組が会釈しながら手を振り、ミナもそれに倣い挨拶を返す、その様子を見てご機嫌そうな七星が大きく『ワン!』と吠え声を上げる。
「それにしても……水耕栽培じゃなくて宇宙船内に土を入れてるとか初めて見ました……それに宇宙船内にペットまで……」
「おぅ、なんか知らんがこの区画は重力制御や動力系が艦から独立しておってな、んで装甲も厚いし戦闘の影響を受けづらいから畑にしよう! ってな、お陰で地球の里山に近い環境が作られとるぞい」
見回せば畑の合間を縫うように勾配をつけられた川が流れ、奥には雑木林のような一角がある。だが、ここまで聞いてミナが気付く、昨今の戦艦において独立した制御系を持ち装甲を厚く設計する箇所……。
どこからどう考えても非常用の脱出艇である、よくよく見れば勾配の丘の土の下には小型エンジンが埋まっており、流れる川はそのエンジンの冷却配管から流れ出していた。
「? どうしたの? ミナちゃん、顔色悪いわよ?」
「あ、いや……なんていうか、カルチャーショックというか、常識にとらわれない艦だな……と」
「も~、褒めても何も出ないわよ! さ、次は動力室に行くわよ~」
褒めてない、全く褒めてない、喉元まで出かかった言葉を無理矢理飲み込み、鼻歌を歌うステラの後をついて行く……。
それにしても、この艦には驚かされてばかりだが散策していて何か違和感がある、何がという訳ではないのだがどうもその正体に思い当たる事が出来ない……思いを巡らせながら静まり返った廊下を歩き辿り着いたのは機関室、これからここが自身の職場になる、覚悟を決めたミナが大きく息を吸い込み扉を開いた。