おいでませ地獄の一丁目
「……!! っ! おっ……鬼! 鬼がっ……鬼! ……へっ? あれ?」
医務室のベッドの上で目覚めたミナが見知らぬ天井に戸惑い布団をはねのけ起き上がる。慌てて辺りを見回すミナの視界に心配そうにこちらを見るステラとリサの姿が映った。
「ふぇ……? あっ、私は……えっと……艦長さんに会って……?」
「艦長に凄まれて気絶しちゃったのよ、ごめんね、あの老害にはちゃんとお仕置きしておいたから」
見れば笑顔でステラが振る端末器の角には赤黒い何かがこびりついている……。
「すっ、すいません、長居してしまって! ってふぇっ!? スカート? えっ? 私のズボンは?」
「あ~、ミナちゃんそれは……」
自らの下半身を確認し取り乱すミナに、何やら言いにくげなステラ、それらを気にする事無く事もなげにリサが言い放つ。
「ミナさんが失禁されましたので失礼ですが着替えをさせて頂きました、お召し物は現在洗浄が完了し乾燥中です、しばしのお待ちを」
「しっ……!!」
ミナの顔から血の気が引き、気を失う寸前に下半身に感じた違和感に思い当たり、みるみるうちにその表情が羞恥に真っ赤に染まってゆく。目に涙を一杯に溜めたミナが震えているのを見てリサが不思議そうに首をかしげる。
「先程シャワーを浴びたので体温は高いはずですが……、体調に異常はありませんか?」
「あ~……リサ、そういう事じゃないと思う」
ステラのフォローも功を奏さず、耐えきれずポロポロと涙を流しはじめたミナが何かに気付きハッとステラを見る、シャワーを、浴びさせた、私に、誰が? 巡る思考にミナの顔面が蒼白になり、目が合ったステラが頬を赤く染める。
「ミナさん、大丈夫です、ステラが極度の興奮状態にあったのでシャワーと着換えに関しては私が担当させて頂きました、身の安全は守られています」
「……ちょっとどういう意味? 人を何だと……ミナちゃんもほっとしない!」
リサの言葉に溜息をつき胸をなで下ろすミナにステラが抗議するが呆気なく無視される、ようやく気持ちが落ち着いたのか目元を拭ったミナが立ち上がり、大きく息をついて表情を引き締め直した。
「色々御迷惑おかけして申し訳ありませんでした、とりあえず書状はお渡しできたので私は帰って報告をしないと……」
「渡せたって言えるのかしら? このまま帰って怒られはしない?」
拳を握り気合を入れたミナだがステラの言葉にまたもや涙目になる、確かに任務は失敗と言ってはばからないだろう。だが、ミナの脳内では今も全力で警報が鳴り響き続けている。この艦はヤバい、ここにいたら命がいくつあっても足りない、早く帰らなければ、脱出しなければお嫁に行けない体になる! それに比べれば上司の叱責程度……!
「い……いえ! 失敗の報告をするのも私の仕事です! 準備が出来たらすぐに発ちますのでおかまいなく!」
名残惜しそうなステラの視線を振り切るようにミナがドアの方を向き直る。と、ドアをノックする音と共にトーマスの声がドア越しに響く。
「あ~、ミナちゃん、起きてる? 入っていいかな?」
「あっ、はい! 大丈夫です!」
ミナの返事を確認して一拍置いて扉が開く、部屋に入ってきたのはトーマスとその後ろに居る不機嫌そうなタウロス、その姿を確認したミナの表情が石のように強張る。
「あ、艦長にはさっきそこで会ってさ、ほら、艦長! こういう時はどうすんの!」
トーマスに肘で突かれタウロスが眉根を寄せ、そして大きく溜息をつく。
「あ~、なんだ、その……脅かして悪かった」
「いっ! いえ! わっ……私が未熟なばかりに……こちらこそ! 御迷惑おかけして申し訳ありませんでした!」
慌てて頭を下げるミナにタウロスが眉を上げ、照れ臭そうに鼻の下を擦る、その様子を見てミナはタウロスを誤解していたのかな? と思い当たる、前情報が酷すぎた故に偏見に満ちていなかったかと思い直したミナだが……まあ、それとこの艦に長居したくないことについては全く関係しないのだが……。
「えと……艦長さんは分かりましたけど、トーマスさんはどうされたんですか? あっ! そういえば私の艦燃料が帰りギリギリなので少し補給をお願いしたいんで……へっ? なんですか? これ」
ミナの目の前にトーマスが沈痛な面持ちで溶けた金属のような鮮やかな光沢を放つ塊をゴトリと置く、それを見たミナが訳が分からないと言った表情でトーマスを見、トーマスは黙ったままゆっくりと首を横に振る。
「誠に申し訳ないんだけど……さっきの主砲で……さ?」
「はへっ? ふぇ? え? 私の艦……? えっ? はっ?」
「外に繋留してあったからビームの余波で……本当に申し訳ない!!」
頭を下げるトーマスにミナがまだ理解の及ばない表情で目を泳がせる、振り返り見渡すリサとステラの同情混じりの表情にようやく全てを悟り、溶けた金属塊を前に膝から崩れ落ちた。
「はっ!? え……私の……艦……え? 報告書や日誌や……中にあった艦砲乱舞の限定グッズは……? 大和君は? 武蔵君は? え? うええぇぇええ!?」
頭を抱えて取り乱すミナを囲み気まずそうな顔をする各人、そんな中タウロスが良いことを思い付いたとばかりにパンと手を叩く。
「おぉ! 帰れねぇなら丁度いい、ウチはいつでも人手不足でな! 来たついでにうちの艦員になりゃいい! なに、手術解決局だっけか? 上司には話通しておいてやるよ! おい! リサ!」
「タウロス艦長、技術開発局です。……畏まりました、それでは早速連絡をして手続きをして参ります」
ガハハと笑いながら部屋を出るタウロスにそれに従うリサ、呆然としていたミナが肩を叩かれ、ようやく言葉の意味を理解しワナワナと手を震わせる。
「えっと、ミナちゃんこれからよろしくね」
「まぁ、うん、同情するよ、うん」
二人の慰めになっているのかいないのか分からぬ言葉にミナが涙を流して天を仰ぐ。
「なんで……なんでこうなるのよおおぉぉぉ!!」
星々の瞬きだけが輝く宇宙空間に、ミナの叫びが虚しく吸い込まれていった……。