待ち人来たる
「先輩……何かおやつか何か隠し持ってませんよね……? 隠したらためになりませんよ……?」
「毎日毎日何で俺にそれを聞くんだよ……ない物はない! ったく、こっちだって腹減ってんだよ……」
もうお馴染みとなってしまった機関室の二人の会話、流石に空腹にも慣れたのか手を動かしながらの会話だが。その瞳はどんよりと曇り、手足の動きも精彩を欠いている様に見える。
「合成肉の生産設備の修理はあとどれ位かかるんでしたっけ?」
「アキオさんが言うにはあと半月は見とけだってよ、野菜も種からの栽培だからまだ暫くかかるっつってたな……」
「食事抜きがここまで辛いとは思いませんでしたねぇ……ってか早くどうにかしないとまた艦長が暴走を……」
「あれはヤバいな……早いとこ補給が出来れば苦労はしないんだが……っと! ミナ、前も言ったが工具を持ってこっちを向くな!」
「ふぇ? 何ビビってんです? 心配しないでもすっぽ抜けたりしないですよ」
へらへら笑いながらレンチを振るミナと対照的に、スティーブの心臓は早鐘を打ち、ガクガクと膝が笑い完全に引け腰になってしまっている。まぁ、無理も無いだろう、人の頭部に向けてあれ程までに躊躇のないフルスイングをする所を見せられたのならトラウマになるのも自明の理である。
「どこか地球に似た惑星でも見つけられればいいがなぁ……ここ最近はガス惑星か岩だらけの小惑星しかないもんなぁ……」
「敵艦も姿を現しませんしねぇ……こないだ恒星に呑まれたあれで全部じゃないですよね?」
「ほんっと……敵艦が来てくれりゃ食糧も奪うだけでいいんだがなぁ……」
「いつもは呼びもしないのにほいほい来るのに、肝心なときに来ないとか使えない獲物ですよね……」
溜息をつきながら交わす会話は丸っきり宇宙海賊のそれである、こういう会話が違和感なく出る辺り、ミナもイカロスの一員としての自覚が出てきたという事だろうか?
「っし! 整備終わりっと! ピーター、ちょっと気分転換に散歩してくるわ」
「あっ、先輩私も行きます! どうせ食堂に行って飴作って貰うんでしょ?」
「仕方ねぇだろ? 調味料位しか残ってねーんだから唯一の癒やしなんだよ……」
「……何かあったら……帰って来いよ?」
「大丈夫大丈夫、ちゃんと帰って来るよ」
「……絶対だぞ?」
念を押すピーターに軽く答えるスティーブ、だが、ピーターの瞳は猜疑心に満ち満ちた視線を送ってきている……。普段の行動の賜物か、居心地の悪い視線から逃れるように二人は機関室を飛び出した。
……
「あら? どうしたの? またサボり?」
食堂に到着した二人をだらけた様子で机に突っ伏したステラが出迎える、ここ最近では馴染みの光景であり、もはや食堂がステラの城となってしまっている。というか、空腹で不機嫌なステラに耐えかねたトーマスにドックから追い出された末に流れ着いた、というのがステラが食堂に入り浸っている真相である。
「常にサボってるお前に言われたかねーな……」
「ステラさんまたサボってるんですか?」
「違うわよ! ドックの方は今やること無いしちょっとお茶を飲みに来ただけよ、私だっていつも暇してるわけじゃ……」
「ステラさん今日はいつからここに?」
「朝からずっと♡」
「やっぱサボりじゃねーか! ドックに寄ってすらねーだろ! そんなだったら俺らと持ち場変わってくれよ……」
「え~? やだ! あんなとこに居たら命がいくつあっても足りないわよ」
「危険が分かっててあそこに配属するの酷くないですか?」
「私に言わないでよ! 艦長が決めてるんだもん! ……? あら?」
いつもの雑談をしつつ紅茶をすするステラが突如鳴り響く警報に眉をひそめ、そして二人と顔を見合わせ目を輝かせる。
「これは……敵襲!?」
「ご飯? ご飯が来たんですか!? 食材がやっと来てくれたんですか??」
「食性が俺らと似た奴等だといいがな、なんにせよ、艦橋行って確認するぞ!」
三人が我先にと食堂を飛び出し、人の居なくなった食堂に衝撃波が突き抜けてゆく。誰も居ない食堂の片隅では、料理長が嬉しそうに埃を被った鍋を磨いていた。