追いかけっこ
「ちょっ……ヤバいヤバいヤバい!! あれ絶対この艦追ってきてますって!」
「一体何やったら……って、ゆっくり泳いでたら主砲撃ち込まれたってなりゃ誰でも怒るわな……」
全速力で迫る星々を躱しながら航行するイカロス、凄まじい勢いで背後に流れていく星達が闇に呑まれるように次々消えてゆく。
「……素朴な疑問なんですけどあれ呑まれたらどうなるんです? 明らかに体積以上の物体吸い込んでますけど!」
「知らねぇよ! あちら側が透けてんのに中に呑み込まれたもんが消えてんだ! ろくでもない事になるに決まってんだろ!」
「吸い込まれた時点で素粒子まで分解されて排出されているのかもしれませんね……興味深いです」
「りっ……リサさん怖いこと言うのやめて下さい!」
騒ぐ間もじわりじわりと距離が詰まり、星々が消失する様子がより鮮明に確認出来る、呑まれた星がどうなっているのかは非常に気になるが気にしていてはそれを体験する事になりかねない。
「リサさん! ワープ航法は使えないんですか!? このままじゃ追い付かれちゃいますよ!」
「ワープの為に必要なエネルギーリソースを確保できません」
「ふぇ? だってあれは緊急回避用に他エネルギー形態から独立してる筈でしょ!?」
ミナの質問にスティーブも頷く、が、リサが表情一つ変えずに返答する。
「この艦に移ってすぐに艦長が『そんなん使うより主砲をもっと撃ちてぇ! そっちのエネルギータンクも主砲に繋いどけ!』……と」
「こんのクソハゲ何やってくれてんだ!!」
「あの規模の武器でやけに復帰が早いと思ったら……! 今からでもつなぎ直して……!」
「不可能です、主砲周りの図面は第一級秘匿事項に該当し閲覧できませんし、配管は艦長が適当に繋いでしまったので元の姿が全くわかりません」
通常であれば図面の閲覧許可のある士官か開発に携わったエンジニアが乗艦しているはずのイカロス、強奪したという経緯がこういったケースで足を引っ張る。まぁ、そのような状態で航行していて未だに運用出来ている事が奇跡以外の何物でもないのだが……。
「先輩……今命がある内にもう二、三発パイレンで殴っといてもいいですかね?」
「おぅ、丁度俺もそう思っていたとこだ、俺が殴る分の原形は残しとけよ?」
物騒な事を相談し合いながらタウロスを睨む二人、と、ガタン! と大きな震動がイカロスを襲い、景色が横に向かい流れ始める、何事かと警戒する面々に焦った様子でスミスが叫ぶ。
「巨大恒星の重力に捕まった! ちょっとこりゃきついぞ!! 荒っぽくなるから離脱までどこかに掴まれ!」
一難去ること無くまた一難、泣きっ面に蜂とはこの事だろうか? 頭痛を放つ頭を押さえミナがその場に座り込む。
「もぅ嫌ですよ~、早くお家に帰りたい……はっ! これは夢? そう夢ですよ! きっと目を覚ましたら地球で、おだしの香りが台所からふわぁって……」
「スミス! 軌道を変えるな! このまま恒星の引力に沿って航行しろ!」
「はっ!? 先輩正気ですか!? ちょっと現実逃避はやめて下さいよ! 恒星に呑まれて死んじゃいますよ!」
ミナが慌てるのも当然である、巨大な星の重力に囚われたらいかにイカロスといえども逃れるのは不可能、よしんば呑まれず通過出来たとしても大幅に減速してしまうのは避けられない。
「正気失ってたのはお前だろうが! いいから黙っとけ! スミス、重力に囚われない距離を保って航行! リサは軌道計算頼む、腹ペコなんなら思う存分腹一杯食わせてやろうぜ!」
「そういう事ですか、畏まりました。スミス、あと6度左に軌道修正願います、ダン、回頭しつつ出力調整を、ピーター、主砲の整備は終わってますか?」
『さっき……終わった……二人とも……ほんと仕事して……』
「「ごめんなさい!」」
悲しげなピーターの声に全力で謝罪するミナとスティーブ、イカロスは速度を調整しつつ恒星へと徐々に徐々に近付いてゆく……。
「暑い……どんどん気温上がってますけど大丈夫ですか?」
「周回軌道には乗りました、ポイントに到達するまであと30秒です」
「いよっし! ダン! 回頭! 主砲を巨大恒星に向けてくれ!」
「あいあい! 了解!」
「エンジン停止! 全員どこかにしっかり掴まっとけ! 主砲発射まで2……1……発射!!」
宇宙くじらが恒星の影に入った瞬間、主砲を放ったイカロスがその出力を利用し恒星の重力圏から脱出する、凄まじいGと主砲の放つ衝撃波に皆がひたすらに身を固くし嵐が過ぎ去るのを待つ。
ハリケーンのように空気がかき混ぜられる中、艦内の壁にタウロスが叩き付けられる音が何度も響き、ドサリという重苦しい音と共にようやく落ち着きを取り戻した。
「いよっしゃ! エンジン再起動! さっさと宙域を離れるぞ!」
「っつつ……なんて無茶を……ってか艦長生きてますかこれ? 滅茶苦茶になってましたけど??」
「生命反応に異常はありません、掠り傷程度ですね」
「艦長がこんぐらいでくたばるかよ、まぁ、とりあえずは振り切れたろ? 流石にあの大きさの恒星は食えないだろ? もしくは重力に捕まってクジラのロースト一丁上がりだ」
一仕事終えぐうっと伸びをしたスティーブが口をあんぐり開けて自分を指差すミナに気付き怪訝な顔をする、こちらを指差し……? いや、その視線と指はその後方を指差していた……。