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ワンワン物語

「うえぇ……こんな……こんなつもりじゃなかったのにぃ……」


「大丈夫よミナちゃん、多分一瞬だったから痛みとかは感じなかったはずよ」


「そういう問題じゃ無いんですよぉ……」


『あ~、艦長? 奴さん達こっちに気付いたみたいだけど迎撃していいの?』


 艦橋に響くトーマスの声にハッと顔を上げた面々の視界に回頭しこちらに進路を変更する戦艦の姿が見える。


「あ~、生き残りね……ああいうの厄介なのよね~、仲間の仇~とかってさぁ」


「……敵を吹き飛ばしたからお礼~……とかってないですかね?」


「敵ごと味方もほぼ吹き飛ばされてるからね」


「うぐっ! それは言っちゃいけないやつです……」


 真っ青な顔で窓の外を眺めるミナ、徐々に徐々に近付いてくる戦艦の砲身がこちらを向くのが遠目に見える。


『ワン! ワンワワン! グルルルル……』


「へっ? 何? 犬の声……?」


「ワン!」


「えぇっ? 七星? なんで艦橋に!?」


 突如艦橋に響き渡った通信機からの犬の吠え声、何事かと訝しむ艦橋の面々をすり抜け、侵入してきた七星が吠え声を返す。


「え? 何? 何か話してるの? えぇ……?」


『ワン! クゥ~ン……キャン!』


「ワンッ! ワンッ!」


「ミナさん、そこの『翻訳機』を取って頂けますか? 翻訳します」


「えっ? あ、分かった! えっと机の上の……」


 ミナがリサに指された机の上を見ると何やら古ぼけた小さな端末がひとつ、『バウリンガル』と書かれたそれを掴みリサの元へと駆け寄る。


「これでいいんです? なんか古い玩具みたいにも見えますけど……」


「はい、ありがとうございます……」


「……あんな機械で大丈夫なんです?」


「なんか二百年以上前に開発された犬語の分かる機械みたいよ?」


「今でも翻訳ははっきりしないのに……何らかのオーパーツ的な物なんですかね?」


「解析……女王様……無事……なんで? ……猫に……」


 翻訳された言葉を聞くミナとステラが顔を見合わせ首をかしげる、女王? 女王って……?


「当方に敵意無し……女王陛下への謁見……希望……乗艦許可……願う」


「……なんか言ってきてますけど……前みたいに自爆艇じゃないですよね?」


「まぁ、艦長起きたら煩いからとりあえず乗艦させときますか、実際害意は無さそうだし、これだけ接近してたら敵意あれば撃ってきてるわよ」


 見れば戦艦はもう細部が見えるほどの位置に……というか……戦艦? いくらなんでも小さすぎる気がする。砲もエンジンもきちんとした立派な戦艦だが、サイズはトーマスの駆る戦闘機の数倍程度、一体どんな宇宙人が乗っているのか……。

 ドックに戻ったトーマスの手により戦艦が係留され待つこと五分、騒がしい一団が艦橋になだれ込んできた。


「ワンワンワン! キャヒン! キャンキャン!」


「ワンッ! ワンワン! クゥ~ン」


「ワンッワンッ……ワオーーン!」


「な……何ですか……? い……犬ぅ??」


 艦橋に乱入してきたのは4匹の犬、パグにハスキー、コーギーにチベタンマスティフとバラエティに富んだ犬種が七星と尻を嗅ぎ合いじゃれている。


「えっと……これはどういう事ですか?」


「ワフゥ……ワ……ゴホン! 失敬、地球語でなければ分かりませぬな、誠に申し訳ない、我が輩はパグと申します、この度は乗艦許可を頂き感謝致します」


「うぇっ!? 喋っ……!」


 突如向き直り饒舌に喋り始めたパグを見てミナが肩を跳ね上げる、その様子を見とがめる事なくパグが話を続ける。


「この度は我らが女王陛下を保護して頂きありがとうございます、先ほどのレーザーは……」


「「こいつがやりました」」


 ミナとステラが声を合わせて気を失ったタウロスを指差す。……流石に酷い、とも言えなくもないが普段の行動が行動なので誰も否定もフォローもしない、日々の行ないというものは大切である。

 パグはタウロスを一瞥し後ろ足で自らの首を掻いて溜息をつき、改めてミナに向き直る。


「いや、今回我等は決死隊を組みこの戦に臨んでおりました、我等が主の無事が確認できた今、犠牲になった英霊達も本望でありましょうや……憎き怨敵も道連れに出来たのです、どうかお気に病まず……」


「うぅ……こんな可愛いワンちゃん達を……罪悪感で死にそう……」


「こういうのもよくあることだし、気に病んでちゃ先に進めないわよ、まぁ猫じゃなかっただけマシだったんじゃない? ミナちゃん猫派でしょ?」


「うぅ……差別するわけじゃないですけどね……猫なら立ち直れないですよ……」


「? どうされましたか?」


「いっ……いえいえ! あっ! そうだ! 怨敵って言いましたけど一体なにがあったんですか?」


 慌てて話題を逸らすミナに、パグは思い出したくもないとばかりにグルルと喉を鳴らし毒づく。


「奴等の卑劣な罠にかかり女王陛下は何年も行方不明でありました、ようやく居場所が分かったと思えば憎き奴等の手の内……女王陛下の身柄を盾にやりたい放題の奴等から陛下を奪還せんと移送艦を襲撃する手筈でしたが……よもや既に奴等の手を離れこんな所にいらっしゃったとは……」


「……? 七星って地球から連れて来たんじゃないんです?」


「あ~、いつもの調子で戦闘になってね、艦長が吹き飛ばした戦艦からサルベージした積み荷に居たのよ……あれ? 確かあの時の相手は……」


「どうかしたんです?」


「あっ! いやいや、なっ、なんでもないわ、うん、なんでもない」


 慌ててはぐらかすステラを訝しみつつミナが七星を眺め首を捻る。だとしても七星が母星に帰ろうとしなかったのはなぜだろうか? 翻訳機があるのならどうにか意思を伝えて帰還する道のりもあったのでは?


「ねぇ、リサさん、七星の言葉は翻訳しなかったの? なんでまた農業区画で生活してたの?」


「七星は母星に帰還ではなく地球への亡命をお望みでした」


「なんでまた地球に……」


「犬用チュールが欲しかったようです、彼等の宿敵猫族もチュール利権を求めて地球を狙い……この対立はチュール戦争としてこの界隈では有名ですね、地球では混乱を避ける為秘匿されていますが……」


「チュールって……そんな戦争までしなくても……ん? り……リサさん? 犬族の宿敵が……? え?」


「猫族ですか? はい、七星を拉致したのも猫族、今回の相手も猫族の艦でしたね」


「いやはや奴等のしつこさと来たら……ですがこれで奴等も母星と母艦を失ったのです、地球の生き残りだけで細々とやってゆく事でしょう」


「ふぇ? 母艦と……母星?? 母星!?」


「先ほどの一撃で艦隊後方にあった猫族の母星も消滅を確認しました、ミナ、初めてにしてはやることが大胆ですね、艦長も満足なさいますよ」


「そんな……猫ちゃん……にゃんこが……もふもふ……にゃんこ……」


 真っ青な顔で座り込むミナ、それを心配そうに見つめていたパグがハッと気付いたようにじゃれ合う七星達を見やり、深々と頭を下げる。


「長々とお邪魔してしまいました、女王陛下をここまで護衛して頂き感謝致しております、我々はこれより母星へと帰ろうと思います、誠にお世話になりました」


『艦長……クールタイム……終わった……』


「いやいや、気付いてなかったから偶然よ偶然、気にしないで」


「なにぃ! 終わったか! いよっし!」


「おい! 皆の衆、帰るぞ! 役目は果たされた、凱旋の時だ」


「よし! 丸刈り式ジェノベーゼキャノン発射!」


 機嫌良く振り返ったパグの眼前で、いつの間にか目を覚ましていたタウロスがスイッチをポチリ、一拍遅れて放たれた極太ビームがパグ達の戦艦を一瞬で蒸発させる。


「……へっ?」


「ガハハハハ! んん? なんだ? 非常食が増えてやがんな? まぁいいや! リサ! こいつらは畑につないどけ! 俺ぁ昼寝すっからよ!」


「はい、分かりました艦長」


「うぇ? あ? えええぇぇ……?」


 為す術なく首輪をつけられ引き摺るように艦橋を後にする五匹……乗艦を失い、位置情報ログが消失し母星への帰還が絶望的と知らされたのは、その日の夕刻過ぎだった。

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