初体験
「ええっとぉ……艦長……これは一体……」
ご機嫌な艦長に艦橋に呼び出されたミナ、艦橋から見える宇宙空間には無数の戦艦と戦闘機が戦闘を行っており、壁の艦砲操作スペースには臨戦態勢のリサ、そしてイカロスの周りを衛星の如くにトーマスの駆る戦闘機が周回している。
「おぅ、なんかピカピカ光ってっから見に来たらな、どこの星の奴等かしらんが楽しそうに遊んでっからよ! これからま~ぜ~て~! ってな?」
「完っ全に私達に関係ない戦闘ですよね!? あちらさん気付いてないんですから離脱しましょ? わざわざ首を突っ込まない方がいいですって!!」
「あぁ? お前ぇの国にゃ『火事と喧嘩は江戸の華』ってぇ言葉があんだろ? 江戸っ子なんならぱあっとあの艦隊燃やしてぇだろ!」
「私の出身は香川! うどん帝国で江戸じゃないです! ってかちゃんと私には『ミナ』って名前あるんですから! 『ガキ』とか『お前』じゃなくてちゃんと呼んで下さいませんか!?」
「ふん! ガキがいっちょ前に一人前扱いしろだぁ? ちったあやれることやるようになって言え!」
「一体これ以上何しろってんですか! 毎日毎日主砲の整備を繰り返して……いい加減飽きが来てますよ!」
言い合いを始めたタウロスとミナを艦橋の面々が微笑ましく見つめる、艦に来た当初タウロスにビビりっぱなしだったミナ、それがここまで言い返せるようになるなんて……。どこか慈愛に満ちた視線が集中するのに気付いたミナが艦橋の面々に向けても牙を剥く。
「皆さんもなんなんですか! その親が子供を眺めるような視線! いい加減子供扱いはやめてください!!」
「艦長、ミナは一人前の扱いを求めています、どうでしょうか? 今日は主砲をミナに撃たせてあげては?」
「はへっ? いやいやいや! リサさんそうじゃなく……」
「嫌だ! これは儂の! 儂が撃つ為のやつ!」
慌てて主砲発射スイッチを庇うタウロスにリサの視線が突き刺さる。
「いけません、艦長、玩具というものはお友達と仲良く扱う物であると私のデータベースには記録されています、わがままはいけません」
「お……玩具!?」
「でもよぉ、これ撃つのスカッとして気持ちよくて楽しいんだよ……だから俺の……」
「艦長! その楽しさを分かち合ってこそのお友達でしょう! 考えてみてください、艦長が積み木でお城を作ったとします、立派なお城です」
「お、おぅ……」
「そのお城を誰にも見せずに一人で遊ぶより、誰かに『凄い』って言って貰えて、一緒にそのお城で遊ぶ方が楽しいとは思いませんか?」
「ぐ……うぅ……」
幼子を諭すように紡がれるリサの言葉にタウロスがミナの顔とスイッチを見比べ歯を食いしばり悩み続ける。いや、撃ちたくない、そういう意味で言ったんじゃない! ぐるぐると思考が巡り混乱を続けるミナの眼前に、震える手が黃と黒の縞模様で縁取られたスイッチを差し出した。
「くぅっ……仕方ねぇ! 一回だけだぞ!」
「いやいやいや! 要らないですって! そんな物騒な物向けないで下さい!!」
「んなぁにぃ? 俺の主砲発射スイッチが受け取れねぇってのか?」
「艦長、嫌よ嫌よも好きの内という言葉もあります、恐らくこれは高度な誘い受けですね」
「ち~が~い~ま~す! 別にそんなの撃ちたくないですから! そんな大量殺戮兵器を撃てるほど私の心は荒んでないですから!」
「なんだよ! 試してみたら気持ちいいかもしんねーだろうが! ちょっとだけ! ちょっとだけだから! な? んがっ!?」
鼻息荒く壁際にミナを追い詰めたタウロスが頭頂部から噴水のように血を噴き出し崩れ落ちる、その場に倒れて動かないタウロスを見下ろし、ステラが血塗れの端末で苛ついた様子で自らの肩を叩いた。
「艦長あたしのミナちゃんになにしてんのよ! いくら艦長でもやっていいことと悪いことがあるわよ!」
助かった、助かったけど断じて私はステラのものでは無い! 早鐘を打つ心臓を落ち着け突っ込みもままならぬミナがズリズリと力無くその場にへたり込む。
「はぁ……助かった……」
コロコロ……カラン……カチッ。
「あっ……ああえぁぁぁぉぁぁぁぁあああ!?」
タウロスの手を離れ、床をコロコロと転がっていたスイッチがタイミングよくミナの尻の下に滑り込む。
焦るミナがスイッチから腰を上げた瞬間、極太のレーザーが宇宙を焦がし、目の前で争う艦隊のほぼ全てが跡形もなく消滅する……。
「あら……ミナちゃん思い切ったことするわねぇ……勝手に撃って艦長怒らないかしら?」
「ステラ、大丈夫です、今回のことは艦長の許可済みです、よかったですねミナ、これで一人前です」
笑顔でグッと親指を立てるリサを見ることも出来ずにミナがへなへなと再びその場に座り込む。
「いっ……命を……無数の命を奪った感触がぁ……わたっ……私のお尻にぃ……」
発射されたレーザーと共に消滅した艦隊、あれだけの艦隊である、一体どれほどの命があそこにあったか……。己が奪った命、未だ正しく実感できぬその恐怖にミナは膝が震え立ち上がる事が出来なかった……。