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4話  フロアボスを倒そう 前編

 

「私の時間を……ですか? それって変な意味じゃないですよね?」


 俺からの『時間を買いたい』という提案に、クリスが引いたのがわかった。


 ニュアンス的に怪しい意味に捉えられてしまったようだが、俺にそんな気は一ミリもない。第一、この子はまだ中学生だ。


 例え、顔が可愛くても、大人顔負けのような体付きをしていても、近くにいるとなんか良い匂いがしても、さっき飲みかけのペットボトルで手を打とうかと考えたとしても、俺がやましい気持ちになる事は断じてない。


「違う違う! 俺はこのダンジョンについてほとんど情報を知らないんだ。だから詳しそうな君に教えて欲しくてさ。金額が足りない分は、その情報料って事で」


「なるほど。すみません、カトウさんの事を疑っていた訳ではないんですが、同じ事をよく言われて」


 頭を掻いて恥ずかしそうな表情を見せる。まったく、クリスのような純粋そうな子を狙うなんて、とんでもない野郎がいたものだ。


「カトウさんが良いのなら、私はそれで構いませんよ」


「じゃあ商談成立だな。ほら、首飾りは全部で三つだ」


 品を手渡して、かわりに封筒に入った金を受け取る。クリスは嬉しそうに首飾りを鞄へとしまった。


「私が知っている情報で、カトウさんが気にいるものがあるのかわかりませんが……」

『グォォォォォ』


 クリスがそこまで言いかけて、地面を揺らすような唸り声が聞こえた。声のした方向はクリスのいる方角。モンスターでも現れたか?


 俺は慌ててベンチから立ち上がり目線を動かすと、座ったまま真っ赤にした顔を伏せるクリスに気がついた。


「もしかして、今の音って」


「ごめんなさい! 朝から何も食べていなくて!」


 湯気が立ち昇る顔を両手で押さえて、クリスが小さい声を振り絞る。


「なら、何か食べながら話そうか」


 俺は近くにあった酒場に目を向ける。クリスは黙ったまま頷くと、お腹を押さえたままベンチを立って、酒場へと走っていった。



 ◇



 木でできた扉を開けて、店の中に入る。

 店内にはカウンター席が少しと、テーブル席が数席。それと、大きな広間が一つ。ダンジョンの外にある店とほとんど変わらない。


 店は繁盛しているようで、テーブル席が一つ空いている以外はほとんど満席だ。

 広間には俺の人生に関わる事がなさそうな陽キャがいっぱいだ。


「カトウさんこっちです」


 声がしてそちらを見ると、クリスは既にテーブルに座っていて俺を手招きしていた。

 俺を待ち切れないのかメニューを開いて、食い入るように料理を見つめていた。


 クリスは言葉使いは大人びているが、こういう所は年相応で可愛らしい。


 俺はクリスのいるテーブルへ行き、向かい合うように腰掛けた。


「うぅ〜、思っていたより高いです」


 メニュー表を何度もパラパラとめくって、クリスが情けない声を出す。


「俺から誘ったんだし俺が払うよ」

「で、でも!」


 どこか不服そうなクリスだったが、再び鳴り出したお腹の音で静かになった。


 恥ずかしそうにもじもじとするクリスを尻目に、俺は適当に料理を注文した。


「ダンジョン内にこんな所があるなんて知らなかったよ」


「そうですよね。外に出る情報はダンジョンで取れるアイテムやスキルの事ばかりで、ダンジョン内の街なんて、誰も興味ありませんから」


 クリスの言う通りダンジョンが出現して以降、ネットで話題に上がるのは常識を超える力であるスキルや、ダンジョン内で発見された新種の物質やアイテムの事ばかりだ。


 中にはダンジョンでスキルだけをもらって、元の世界に帰り仕事をする人もいるし、持ち帰ったアイテムから新技術が発明される事も最近は珍しくない。


 故に、話題性の大きい未知の部分にばかり焦点が当てられて、中にある街の情報など外部の人間が知るよしも無かった。


「ダンジョンの中って、街は他にもあるのか?」


「いえ、ダンジョン内にあるのはこの『オラクルベル』の街だけです」


 意外だな。十階層以上もあるダンジョンなのに、入り口の近くにしか街がないなんて。


「なんで第一階層のここにしか街がないんだ? どうせ作るなら外に出にくい、もっと上の階層の方がいいんじゃないのか?」


「誰も第二階層より上に行った事がないからですよ」


「嘘だろ? 今年でダンジョンが出来て五年になるんだぜ?」


 順番に運ばれて来た料理を食べながら、俺は疑問を口にする。


「第二階層への階段は、ダンジョンができてすぐに見つかりました。でも階段を守るようにモンスターがいたんです。みんなはそのモンスターをフロアボスと呼んでいます」


 フロアボス、か。よくある話だ。

 次のステージに行くためにボスを倒す必要があるのはゲームみたいなもんか。


「これまでに何人もの有名な冒険者の方が、そのボスを倒そうとしました。ですがあまりのボスの強さに、数え切れない程の脱落者や死者も出て……。結局今日に至るまで、誰もそのボスを倒す事はできませんでした」


「そんなに強いモンスターなのか?」


「強いなんてレベルじゃありませんよ。過去に数十人規模のパーティで討伐に向かった冒険者がいましたが、パーティのリーダー以外が全滅した事もあったんです」


 語気を強くしてクリスが話す。大人数でかかっても倒せないモンスターか。ここでもし俺がそいつを倒しでもしたら、一躍ヒーロー間違いなしだな。


 俺は自分に発現した能力から、今後の展望を想い浮かべる。『消滅』なんていう強力な力だ。もしかしたら、どれほど強力なボスでも今日の俺なら倒せるかもしれない。


 膨らむ妄想に頬を緩めていると、


「あっ! もうこんな時間! 早く帰らなきゃお父さんに怒られちゃう」


 突然クリスが声を上げた。彼女の目線は壁にかけられた九時を示す時計に向いている。

 クリスは十五才だと言っていたし、門限でもあるのだろう。


「家まで送って行こうか?」


「いえ、大丈夫です。家はダンジョンを出てすぐのところなので。それよりも、大したお話もできずにすみませんでした。普段この街によくいるので、何かわからない事があれば声をかけてください」


 そう言った後に、クリスはペコリと小さくお辞儀をして走って酒場を出ていった。


 俺は一人になったテーブルで先程聞いた話を思い返す。

 今日の俺のスキルである消滅。このスキルがフロアボスに通じるとすれば、面白いことになりそうだ。

 幸い日付が変わるまで後三時間もある。


 俺はフロアボスについての情報を集めようと席を立とうとした。


 その時だった。


「今夜、俺達のパーティはフロアボスを討伐し、第二階層へと到達する! オマエら、用意はいいか!!」


「「「ウオオオオオオオオオオ!!!」」」


 一人の男が発した大声を皮切りに、酒場にいた大勢の冒険者達から雄叫びが上がった。どうやら酒場にいたほとんどの客がボス討伐パーティのメンバーらしい。


 ビリビリと体を揺らす声に驚きながら、俺は近くにいた叫び声を上げている男に声をかけた。


「なあ、アンタらフロアボスとやらを倒しに行くみたいだな。俺もついて行っていいか?」


 普段なら他人に声をかけられるはずもない俺だったが、今は場の雰囲気に飲まれてしまった。

 声をかけられた男は怪訝そうな顔をした後、口角を上げると最初に声を上げたリーダーと思われる男に、


「リーダー、コイツが俺達の仲間に入りたいんだってさ。どうする?」


 俺の背中を押してボスと呼ばれた男に向かって突き飛ばしてきた。


 軽い気持ちで声をかけただけなのに、酒場にいた全員の視線が俺へと集まる。

 まずいな、ちょっと道を聞くくらいのつもりで声をかけただけなのに、大事になってしまったか?


 リーダー格の男は俺の顔を見ると嬉しそうに、


「はじめまして、かな? 俺はバンドウだ。俺が言うのもなんだが、あのフロアボスに挑もうなんて随分とイカレタ野郎だな? お前、冒険者歴はどのくらいだ?」


 ニヤニヤとした表情で、俺へと問いかけた。

 馬鹿正直に今日から冒険者をはじめました! とはとても言いづらい雰囲気だ。


「み、三日前くらいだ」


 どもりながらも、俺が答えを述べた瞬間だ。

 言い終わると同時に酒場内にゲラゲラと笑い声が響き渡った。


「グハハハハハッ! たったの三日、ダンジョンに潜っただけでアイツに挑もうなんて、どんな勘違い野郎だよ!」


 そばにいた筋肉質な大男が腹を押さえて笑いながら、俺の肩をバシバシと叩く。その言葉で周りの笑い声が一層大きくなる。


 しかし、バンドウは大男の前に手を出して、なだめるような動作をした。

 狐みたいなバンドウの顔からずる賢そうな奴だと思っていたが、意外と気の使える奴らしい。


「おいおい、たったそれだけの情報でこの人を笑うのは失礼じゃないか? なあアンタ、外では何か大層な仕事をしてたんだろ?」


 うぐっ、痛い所を突かれたな。

 俺は昨日会社をクビになったばかりで、外での仕事は無職だ。


「……むしょくだ」


 あまり遠くの人には聞こえないよう、小声で返事をする。思いのほか優しいバンドウの事だ、きっと俺が恥をかかないようにまとめてくれるはずだ。


 だが、俺の予想に反してバンドウの顔はいやらしくニヤリと笑った。


 そして、大声で



「オイオイオイ、聞いたかみんな! コイツ外では無職様なんだってよ! 働きもせずに、俺らみたいな健全な市民の収めた税金をただ消費するだけのエリート様じゃねえか!」


 シンとした酒場内に、リーダーの蔑むような笑い声が響く。

 それに呼応するように酒場中の冒険者が再びゲラゲラと笑い出した。


「人生の一発逆転を狙ってダンジョンに来たのかもしれねぇがな、俺達はお前と違って遊びでやってんじゃねぇんだ。俺は今日のフロアボス攻略に五年間も準備してきたんだよ! ここにいるのは熟練の冒険者や、外で成功を納めた人生の勝者

だけだ。どうしてお前みたいなクズが、そこに混ざれると思っちゃった訳?」


 バンドウは怒った口調で俺に向かってそう言うと、手に持っていたグラスを俺に投げつけた。

 グラスは俺の顔に当たって割れると、中に入っていた液体が顔面に降りかかる。


「チッ、みんなの士気を高める決起会がコイツのせいで最悪な気分だ。もう少しハイになってから行きたかった所だが、ここにいちゃそれも無理そうだな」


 割れたグラスで頭から血を流す俺を気にもせず、リーダーは酒場の全員に向けて、


「これより俺達はフロアボス『セントール』の討伐に向かう! 準備のできた順に俺の後に続け! 日付の変わる前に奴を倒して、第二階層入り口に進もうぜ! 俺達が世界で最初に新たな地を踏むんだ!」


 掛け声に呼応して、地を揺らす何百人もの大声がまた木霊して、酒場にいた全員が誰一人俺を見る事なく酒場を後にした。



 一人取り残された俺は、机にあった布巾で頭から滴る血を拭う。


 考えてみれば当然の結果だ。なんのコネも特技もない俺が誰かのパーティに入れる訳がない。増してや俺が声をかけたのは、五年間無敗のフロアボスの討伐パーティだ。断られるのも無理もない。


 だけど。


 俺の外の事までを大勢の前で晒されて、おまけに暴力を振るわれたときたら、腹の虫は収まらない。


 アイツ確か今日のために五年費やしたっていってたよな? ポッと出の俺がもしもフロアボスを倒したら、どんな顔をするのだろうか。


 そう考えただけで胸の奥が熱くなる。


 一人取り残された俺は思わず笑みを浮かべると、酒場を出て行った冒険者の後をつける事にした。


 現在の時刻は21時30分。日付が変わるまで後二時間半だ。

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[一言] 見落としてました! 読み返してドロップアイテムの有用性に気付きました! 例えば未知のアイテムとかだったら価値が高くなって、その効果が新技術とやらに利用出来るようになって使い道が少なくなったら…
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