28話 洞窟から脱出しよう
「せめて囲まれる前に言って欲しかったよ!」
「しょうがないでしょ。貴方の話が長いんだから」
暗闇を埋め尽くす魔物を目にして最初に出たのは自信のない一言だった。
ここで『分析』でも使ったら、俺の頭はたぶんパンクする。それくらいの量の魔物がそこにはいた。
確認なんてしてる暇はなさそうだ。
とりあえず牽制にと、一番近くにいた蛇の魔物に『石化』スキルを発動した。
目を付けたのは洞窟の外でも見た体長二メートル近い蛇の魔物。確か牙に毒があったはずだ。
他の魔物よりも真っ先に対処する必要がある。
意識を向けた瞬間、蛇ら尾の先からパキパキと音を立ててわずか数秒で体は石に変化した。
「やっぱり、あり得ない。貴方のスキルは電撃のはずじゃ……」
背後からぶつぶつとルミナの驚いた声がした。
この洞窟から無事逃げられたなら、スキルの事を教えてやってもいいかもしれない。
でも今は話をする余裕はなさそうだ。
俺は近い魔物から手当たり次第に石に変えていった。徐々に距離を詰めてくる魔物へと次々に意識を移し、ひたすらにスキルを発動する。
だが、たがが数匹の魔物を完封してもまだ数えきれない程の魔物の群れ。
そうしている内にじりじりと距離を詰められる。このペースじゃ一体づつ石化させている間に背後を取られ、がぶりと一噛みでもされてジエンドだ。
「これはもう、考えるまでもなく逃げるしかないだろ」
咄嗟に判断して後ろを振り返る。
すぐさま壁にもたれかかっていたルミナの背中に手を回した。
「もしかして、貴方の……」
何かを深く考え込んでいたルミナが発した言葉を遮って、
「ちょ、ちょっと! 何してるの!」
片手で脇腹をがっしりと掴み持ち上げる。
幸い少女の体はそれほど重くはない。
「ここから逃げるんだよ! とりあえず、出口はどっちだ?」
叫ぶ俺の腕の中で、もがいて脱出しようとするがルミナの抵抗は弱弱しい。やはり、まだバンドウにやられたダメージがかなりあるようだ。
掴まれたまま抜けられないとわかったルミナはもがくのをやめると、
「もう! ひとまず右の壁に沿って進んで。少しだけど、そっちの方向から風を感じる」
「よし、行くぞ!」
俺は地面を蹴り飛ばして全力で加速した。
進む方向には無数の魔物が行手を阻んでいる。
俺は進むルートの中で近い魔物から片っ端に石化スキルを発動した。
攻撃を受けそうな場所にいる魔物から順に石へと変える。
全方位の魔物を石化させるには目も脳も足りそうにない。進行方向上にいる魔物だけを石化させ、辛うじて退路を確保した。
固まった魔物の間をかき分けながら、時には石になった魔物に足をかけ、その上に乗り上げる。
そして、視線を定めて次の魔物を石化させる。
小さい頃に公園でやったタイヤ遊びの要領で、石化した魔物を乗り継いで先を目指す。
何度かその動きを繰り返すと、魔物の群れを抜けた。そうなれば後は追いつかれないように走るだけだ。
「あぅっ、なんで、そんな、乱暴に抱えるの! 怪我人には、もっと優しくしてほしいかな!」
振動が加わる度に怪我が痛むのかルミナから不満の声が上がる。
「はぁ、今は、そんな余裕は、ないんだよ!」
最初から背中にでも乗せれば良かった、と後悔する。
背後に迫る魔物の気配を肌で感じている今、そんな悠長な事をしている時間はないが。
魔物の群を抜けた後も息を切らしながら先を急ぐ。
もたもたしていたら折角遠ざかった魔物にいつ追いつかれるかわからない。
拙い走り方でルミナのスキルに任せて洞窟内を駆け抜けた。
「この洞窟、何か変だ。空気の流れがすごく薄い。もしかしたら、出口になるような大きな穴がないのかも」
そうして走り続けていると、突然ルミナは顔を硬らせ不穏な言葉を呟いた。
「穴に落ちた俺達がこうなる事を予想して、バンドウの奴があらかじめ出口を塞いでた、とか?」
「ふふ、笑わせてくれるね。もしその通りだとしたら、首を落とすだけじゃ物足りない。今すぐアイツの〇〇を□□して脳天に突き刺してやりたいよ」
俺の考えに突然低いトーンで不穏な単語を呟くルミナ。その声に思わず背筋がゾクリとした。さっきのバンドウとの様子を見た後じゃ本気でやりそうだ。
「次の分岐は左。出口を何かで塞いでいる程度なら、今の私でもどうにかできるよ。……っていうか貴方、足が遅い! このままのスピードじゃすぐに追いつかれちゃう!」
「ハァ、鍛えてもない体で、重い荷物を持って走ってるんだ。ハァ……しょうがないだろ!」
走りはじめて数分後、だんだんと疲れで遅くなる俺の足にルミナから喝が入る。ただのサラリーマンだった俺に、女の子を抱えて走るなんて負荷が大きすぎるんだよ!
むしろ、ここまで抱えて走った事を褒めてほしいくらいだ。
「重いって言うな!」
加えて変な部分に反応したルミナから、逆に罵倒されバシバシと膝を叩かれた。あぁ、膝が痛い。
後ろを見ると魔物の群れが、まだしつこく俺達を追って来ている。
疲れ切った目でそれを流し見て、必死に足を前へと進める。
だが、
「行き止まりか!?」
あまり遠くが見えない視界の中で、目前に迫るのは石の壁だった。
背後からは魔物群れ、絶対絶滅のピンチの中で片手に抱える体から声が聞こえて来た。
「あそこ、通れそうだよ」
声を出した少女へと目線を向けると、進行方向の斜め前に目を向けていた。
そこにあったのは壁にできた一筋の長い隙間だった。
俺の身長よりも少し高い位置にある横一線の大きな亀裂。まるで鋭利な刃物で切断したかのような綺麗な空間がそこにあった。
俺の身長よりも高い位置にあるが、思い切り飛べば腕くらいは届きそうだ。
「私を抱えたままじゃ厳しそうだ。少しなら自分で走れるから」
ルミナはそう言うと、疲れで力の弱くなった俺の腕からするりと抜け出した。
着地した直後、ルミナは一瞬痛みを堪えるような表情を見せたが、なんとか俺と並走して走り出す。
そのまま俺よりも速い速度でぐんぐんと加速する。
そして速度を落とすことなく、亀裂の少し前で地面を蹴り上げた。
ルミナの小さな体が軽やかに宙に浮き、亀裂の間へと着地した。
「貴方も早く! 追いつかれちゃうよ!」
すぐに上から俺を見下ろして、呼びかけられる。
俺はルミナの真似をして同じ位置で地面から飛び上がった。
頭の中で思い浮かべたイメージでは亀裂の上に足をかけて乗り上げるつもりだったのだけど。
自分の身体能力を過信していたようで、思った以上に自分が跳躍した高さは低かった。
辛うじて上半身だけは乗り上げる事に成功したが、足がうまく上がらない。
「もう!」
足をバタつかせてもがいていると、ルミナが俺の腕を掴んで引き上げた。しかし、少女の力は思ったよりも弱くなかなか体は上がらない。
少女は自分の小さな力では引き上げられないと判断すると、体重を後ろに乗せ背後に倒れるような形を取った。
「うおっ!」
その行動が功を奏して、俺の体は壁の奥へとなんとか入ることに成功した。
「っつ、今日はよく落ちる日だな……」
これで何度目かわからない地面への落下。引き上げられた勢いのまま、二メートルほどの高さから落ちてまたもや額に痛みが走る。
引き上げたルミナは背中から地面に倒れ、足をブイの字に開いて転がっていた。
衝撃による痛みに顔を引きつらせながらも、冷めた視線を俺に送る。
魔物が壁をよじ登り、亀裂からこちらに入ってこようとするのを確認して、先頭の魔物をスキルで石化させた。
これで俺達の方にはこれ以上魔物が入ってくる事もなさそうだ。
間一髪のところだったが、どうにか魔物の群れから逃げる事が出来た。
「大丈夫か?」
俺は立ち上がると地面に転がりしかめっ面を浮かべるルミナに手を差し伸べた。
しぶしぶといった感じで俺の手を見ると、ルミナも手を伝って立ち上がる。
たどり着いた広間を落ち着いて見渡して見ると、なかなかの広さの空間だった。
学校のグラウンドくらいの広さ、壁には青い炎が松明に入れられて至る所で燃えている。
地面には何故か大きな穴がいくつも空いていた。
こんな光景をどこかで見た事のある雰囲気だけど、どこだっただろうか?
「ここ、なんか見覚えあるんだよな」
「第一階層にもこんな場所あったよね」
ルミナに言われて記憶の中を手繰り寄せた。
中々の広さを持つ空間で第一階層にもあった場所。
ダンジョン内で俺が見た場所はそれほど多くはない。
自問しながらフロアの様子を観察した。炎の明かりだけがぼんやりと部屋を照らす中、見える景色は限られる。
額の怪我のせいもあって視界がはっきりとしない。
その中で、おぼろげに視線を左右に揺らすと部屋の最奥に大きな影を見つけた。
離れていてもわかるくらい、あれほどの大きな影が見えるなんて普通だったらありえない。
このダンジョンでそれほどの巨大を持つ奴がいるとすれば、それはーー。
「本当に、笑わせてくれる……!」
影を見つめたルミナは一足先に影の正体に気付いたらしい。影を睨みつけて焦りを含んだ呟きをした。
ゆらりと揺れたビルのような大きさで遥か高みから俺達の様子を伺う赤目を見て、遅れて俺も一つの答えに辿り着く。
その答えを確かめるように、影の主に向けて『分析』を発動した。
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○名 前:蛇神ナーガ・ラジャ
○スキル:砂塵の息、毒霧、身体再生、鱗硬化、神経毒牙
○アビリティ:風耐性、打撃耐性、斬撃耐性、熱探知、スキル捕食
○装 備:双炎剣ナーガ・ラジャ
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