27話 生意気な子をわからせよう
「どこだよ、ここ……」
一人薄暗い洞窟で立ち尽くし、暗闇に向かって呟いてみるがもちろん答えは返ってこない。
『日付が変わりました。カトウさんの本日の日替りスキルは《石化》です』
《日替りスキル:石化》
視線または意識を向ける事で対象を石化させる。対象の強さに比例して石化までにかかる時間が変わる。
代わりに返ってきたのは日替りを告げるアナウンスだった。
初日に発現したスキル『消滅』と発動方法は寸分変わらない。違うのは消すのではなく、石化させるという事くらいだ。
石化といえばRPGでよく出てくる状態異常。
ゲームならかけてしまえば即死効果もある強力なシロモノだ。
耐性持ちが多いのはお約束だ。
ただ、こんなスキルではこの状況を打破できる可能性は微塵もない。
さっきまでいた上にある虚空を見上げるも、そこにあるのは闇だけだ。
バンドウの奴、俺に勝てそうもないからといって地面を破壊するなんて無茶苦茶だ。
深部に落ちたにも関わらず、周囲の様子はさっきと比べてぼんやりと見える。
洞窟内の至る所に淡い光を放つ石があるから、たぶんそのせいだ。
しかし、どちらに進めば良いのかは検討もつかない。
俺は暗闇の中、壁にもたれ掛けさせたルミナに視線を落とした。
せめてコイツが目を覚ましてくれれば、どうにかなるかもしれない。
ルミナの持つ『獣人化』のスキルはなら、暗闇を見通せる動物にもなれるはずだ。
意識が戻るまでは俺も体を休めておくとするか。
そう思って床に腰を下ろそうとした時、小さな声がした。
「あれ、ここは……」
「あ」
「どうして、まだ、私は、生きてるのかな」
目を覚ましたルミナは弱々しい声で疑問を口にした。
いつの間にか戻っていた意識から出た最初の問い。
ルミナは気の抜けた声を出した俺に気がつくと、すぐにこちらへと視線を移した。
「もしかして、貴方が助けてくれたの? 今更逃げても、もう意味なんて、ないのにさ。……はは、やっぱり、貴方は、見かけ通りの、おバカさんだ」
震える声で言ったのは、昨日と変わらない生意気な言葉だった。
俺を見上げるルミナは無理に笑顔を作って、全てを諦めたような表情だった。
「計画も失敗して、顔も割れて。ここから無事に帰れたとしても、もうまともには、生きられないのにさ」
ルミナは肩で息をしながら達観した目で俺を見る。その顔には感情はおろか、正気すら見当たらない。
「……好きにしていいよ」
「なんだって?」
声が聞こえなかった訳じゃない。不意に聞こえた生意気な少女には不釣り合いな一言に、俺は反射的に疑問を返した。
「私に裏切られて、こうして死にそうな目にもあって、色々と溜まってるんでしょ? 怒りも、不満も、ストレスも。全部私にぶつけて、発散すればいい。私は、到底許されない事をしたんだ。貴方になら何をされても……例え、殺されたって文句は言わない」
生きるのを諦めて、裏切った代償を受け止める覚悟がその声に含まれていた。
意識を取り戻した自分を一向に責めない俺に対して促すように、早く報いを受けて楽になりたいという本心を感じさせた。
「ルミナ」
少女の名前を口にして俺は足を前に進めた。
距離はすぐに縮まっていき、少女にできた顔の怪我まではっきりと見えるようになる。
赤く腫れ上がって青痣のついた目は少女の視界大部分を塞いでいた。折れた鼻はひしゃげていて、固まった赤い血で黒く染まっている。
いくつもの痛々しい傷を負った顔がそこにはあった。
そこには以前俺の見た可愛らしい少女はいない。
少女は近づいてきた俺を見上げた後、また無理に作った笑顔をみせる。
俺はそんな少女の前にひざまずいて、震える小さな肩の上両手を当てた。
そして、
「オラァ!」
無防備な少女の額へと自分の額を叩きつけた。
「がうっ」
額に燃えるような熱い痛みを感じて、俺とルミナの顔が歪んだ。
激しい痛みが俺の額にも降りかかる。自分の額が割れていた事も忘れて、頭突きをしたんだから当然だ。
打ち付けた衝撃で俺の額から止まっていた血が再び流れ出す。
「今俺がこんな所にいるのは、確かにお前に嵌められたのが原因だ。だから、俺を裏切った分はこの頭突き一発で許してやる」
「あぅ……なん、で?」
大怪我をした少女相手に暴力をするなんて気が引けた。正直言って自分でもやりたくはないし、実際にやってみても気持ちのいいもんじゃない。
もう二度とだってやりたくない。
流れ落ちてくる血を無視して、俺はルミナの肩を握る手に力を入れた。
「バカなのはお前の方だよ。どういう理由があるのかは知らないけど、お前はアイツが気に入らないんだろ? 仕返ししたいと思ってるんだろ? だったら、こんなところで諦めてる場合じゃないはずだ」
「……口で言うだけなら、簡単だよ」
聞こえてきた綺麗事を切り捨てるように、ルミナは言葉に力を入れる。
怪我をしてボロボロになった体。息をするのも苦しそうな少女は全身に力を入れた。
「これまでの私の全部を、一度の奇襲に賭けたのに、失敗したんだ。さっきの件以降、アイツは二度と隙なんて見せない。きっと今まで以上に警戒を強めるはずだ……私の力じゃもう、アイツには届かないんだ!」
虚な目をしていたはずのルミナから発する語気が強くなる。額の痛みすら気にせず、目の前の少女は俺に食いつくように叫んだ。
そんな少女の様子を見て俺は目を瞑った後、肺から深く息を吐き出した。
そして、頭を振りかぶると再度少女に向けて、渾身の一撃を放った。
「あぅっ!」
ガツン、と再び頭に衝撃が走り俺の意識が薄くなる。
速攻で数秒前の誓いを破り、割れた額に二度目の痛み。
飛び上がって叫びたい程の痛みが俺の頭を支配する中、ルミナの目を見つめた。
「やっぱり大バカだよ、お前は。なんで全部を自分一人で片付けようとするんだよ」
「つっ……貴方には関係ない!」
「関係大有りだ。お前は知らないかもしれないけどな、俺とアイツの間には因縁があるんだよ。そもそも、巻き込んでおいて関係ないってのは酷くないか? 最初から俺に言ってれば結果は違ったかもな」
俺とバンドウの事情なんてルミナは知るはずもない。現に俺だってルミナとバンドウに何があったかなんて知らない。
でも、バンドウが互いに共通の敵である事だけは変わらない事実だ。
「アイツの事を何も知らないから、そんな事が言えるんだ。例え貴方一人が加勢してくれたとしても、状況は何も変わらない」
「なるほどね。まぁ、お前は無理だって思ってるかもしれないけど……」
言いかけた矢先、ルミナの背中を預ける壁の上から影が伸びた。
それは洞窟内の闇に溶け込むような黒い鱗を全身にまとわせていた。
少女の体長よりも大きな蛇。ぐねぐねと長い体を捩らせて、口からはみ出した牙がルミナの頭を狙っていた。牙を伝って零れ落ちた液体が、ルミナの剥き出した肩に当たるが少女はそれを気にする様子はない。
音もなく小さな頭へと食らいこうとした瞬間、俺は『石化』スキルを発動した。
ルミナの肩目掛けて牙を剥いた蛇の動きが停止する。パキパキと石が固まる音がして、蛇の頭が石へと変化した。
そのまま、巨体はルミナの肩を掠めながら、ゴトリと重厚な音を立て地面へと落下する。
「ーーえ?」
「俺なら……俺のスキルなら、アイツに勝てる」
地面に落ちた後、尾の先端までが石になって動かなくなった魔物と俺を交互に見比べて、ルミナが間抜けな声を上げた。
俺個人が世界的に有名なバンドウに、ダンジョン攻略を先導する集団に勝てるなんて、誰一人思うわけがない。
自分を説得するための、口から出ただけのだだの出まかせだと。
しかし、スキルは一人につき一つだけ。
その概念を覆す、通常ならあり得ない現象を目の当たりにした少女の目から、僅かな希望を予感した。
「それと、お前を好きにしていいんだったよな?」
突然の揶揄いを含んだ俺の言葉に、ルミナはハッとして俺を見た。
「なら、ここから無事に脱出してアイツを倒した後は、一生俺のためにこき使ってやる。ダンジョンで毎日、俺のためにアイテムを集めさせて、俺のために金を稼がせて、その金で毎日街に買い物に行かせて、俺は快適なダンジョンライフを満喫するんだ。この計画を実現するためにも、今は協力してもらうからな」
ここぞとばかりに率直な自分の願望をまくし立てる。
真剣な話の最中、誰が聞いても理不尽な不釣り合いで自己中な発言。
言ってルミナの頭をくしゃりと撫でた。
「ここから出るために、お前の力が必要なんだ」
自分の本心を伝えても、ルミナはぽかんと放心した様子のまま動かない。ここでコイツが動いてくれなきゃ、何も始まらない。これでダメならいっそ力ずくだ。
だが俺の心配を他所に、
「……ふ、あは、ははははははは!」
ルミナが急に声を上げて笑い出した。
あまりに突然な変化に、俺の身体はビクリと反応した。
笑い声分の空気を補充するように、はぁはぁと何度も息を吐いて呼吸を整える。
笑いながらもルミナは赤くなった自分の額を抑えた。
「まさか、そんな事言われるなんて、予想もしてなかったよ。さっきのは、失言だったかもね。バカみたいにふざけた要求をされるくらいなら、素直に暴力や罵倒でもされた方が、何倍もマシだったな」
とり作りようのない素直な俺の言葉は、固まっていた少女の頬を緩ませたらしい。
その顔には今まで失っていた正気が戻っているようにも見えた。
最初に見た表情とは違う意味で、ルミナは諦めの表情を浮かべている。
「ならーー」
ルミナの堅く強張っていたはずの頬の筋肉がまた緩む。少女は力の入らない腕を更に脱力させて、
「ハァ……わかったよ」
大きなため息をついてルミナは観念したように目を瞑る。
「そこまで言うのなら、もう少しだけ。頑張ってみようかな。貴方の言う、可能性に賭けて」
苦しそうに息を整えながら決意の言葉を口にした。
頭突き二回分の痛みと威厳のかけらもないヒモ宣言。更には俺のスキルの秘密までもを生贄にしてようやく脱出の糸口が掴めた。
「よし! じゃあ早速ここの出口を教えてくれ。お前のスキルなら何か手掛かりが掴めるんだろ?」
俺がそう言った後、目を閉じたルミナの頭から二つの棘が生えた。
長く伸びたその棘はまるで昆虫の触角のようだ。
次にルミナが目を開くと、真っ黒な黒目が現れた。生き物にあまり詳しくはないが、たぶんスキルで変化したのは蝶だ。
目を開いたルミナは触角をピクピクと動かして周囲を観察し始めた。
「虫は嫌いなんだけど、しょうがないか。今の私ならほんの小さな隙間を通る風だって、感知できるよ」
「さすがだな。なら早いところ案内を……」
そこまで言いかけて、俺は口を止めた。
ルミナが突然だらりとした腕を震わせながら持ち上げて、俺の背後を指さしたからだ。
「でも、ここから出るより先に」
声を聞きながら俺は指の方向を振り返る。
「まずはこの状況をどうにかしないとね」
視線の先、暗闇の中にあったのは蠢く大量の影。
数百、下手したら千を超える魔物が、針も通さないほどに密集して俺達を取り囲んでいた。
獲物を前にして目を光らせる魔物の唸り声が響く中、共鳴するように俺の悲鳴も洞窟内に木霊した。




