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25話 嫌いな奴をやっつけよう

 

 軽い足どりでルミナの小さな足が前に進む。

 この場に不釣り合いなほど、軽快に手を振りながら歩く少女の姿。


「それにしても、金ってのは恐いよなぁ。たった三千万ぽっちで見ず知らずの男を売りに来るんだからさ。まぁ、金好きな奴ほど金さえ積めばなんでもやってくれるから、俺は好きだけどなあ」


 近づくルミナを見て舌舐めずりをしながらバンドウが漏らした。


「そういえば、まだお前のスキルを聞いて無かったな。俺はダンジョン攻略の最前にいるせいか、周りの恨みをよく買うんだわ。だからさ、先に見せておいちゃくれないか?」


 その問いにルミナが進む足を止める。

 そして、立ち止まったルミナの頭から二つの大きな耳が現れた。


「えーっとね、ルミナのスキルはウサギさんになれるんだぁ。ぴょこぴょこって! ほら、可愛いでしょ? 遠くの声が聞こえるスキルなの」


「へぇ……いいじゃねぇか」


 耳に手を当ててぴょんぴょんとウサギの仕草をするルミナ。

 まるで、コスプレでもしているかのような愛くるしい姿。

 その様子を見てバンドウは感嘆の声を上げた。


 ルミナにあまり興味の無さそうだったバンドウの目がギラついたようにも見える。


 そのままぴょんぴょんと跳ねるようにして、バンドウの前へとたどり着いた。

 椅子に座るバンドウへゆっくりと体を近づけて、彼からのご褒美を待っているかのようだ。


 バンドウは満足気な表情を見せると、少女の体へと手を伸ばした。



 瞬間、洞窟内の空気が入れ替わるのを感じた。



 それまで無垢な少女その物だったルミナの姿が、一瞬にして変化した。


 優しかった眼光が。

 綺麗に整えられた五指の爪が。

 張りのある小ぶりな脚の筋肉が。

 整えられた長い黒髪が。


 獲物を狙う獣の光を放った。

 肉を切り裂く為だけの鋭利な形状に突起した。

 血管が浮き出るほどの密度を帯びた。

 敵意を剥き出す虎のように逆立った。


 その一瞬の内、瞬き一つの間にバンドウが伸ばした“右手”が地面へと吸い込まれるように落下した。


「は……」


 バンドウの周囲にいた人間がそれを理解するよりも先に、二撃目が彼の首へと迫る。

 少女は切断した腕から勢いよく噴出する血液を顔中に浴びて、呟いた。


「サヨナラ」


 氷よりも冷たい声が届くよりも速く。

 周囲にいた護衛すら反応する事もできない時間、コンマ数秒にも満たない刹那の内にルミナの腕がバンドウの首へと当たる。


 ーーだが。


 爪が首を貫くよりも速く、バンドウの腕から流れ落ちた血が鋭利な槍へと形を変えて、ルミナの体を貫いていた。


 ルミナが突き立てた指は力なく震えて、それ以上は前に進まない。

 鋭く伸びた爪はバンドウの首の皮にプツリと小さな点を開けて、一滴の血液が首から流れるだけ。

 あと数センチ前に押し込めば致命傷を与えられるはずなのに。


「くははは、残念だったなあっ!」


 バンドウが歓喜を込めた声を上げ、自分の首に腕を突きつけるルミナを、切られた腕で殴り飛ばした。


 飛ばされたルミナの腹から血の槍が抜け、赤い血を撒き散らしながら地面に転がる。


 『水流操作』


 ダンジョン攻略の最前線を進む冒険者バンドウが持つ強力な水のスキル。自身から流れ出た血液も当然、バンドウの持つスキルの対象だった。


「うぐっ……く……そ……っ!」


「くは、かはははははははははは! 惜しかったなァ、クソガキが! 俺様に触れられるのが、そんなに嫌だったかァ!? 最後の最後になって、つまらねぇボロを出しやがってさ!」


 ほんの一瞬の出来事だった。

 バンドウの手がルミナへと伸びたその瞬間、今まで作り上げてきた仮面を破り、ルミナの瞳が堪えきれない嫌悪の表情を見せた。

 苦痛の中、自分を偽る事を貫き通した少女が、ただ一度、一瞬だけ隠しきれなかった恨みの念。

 それだけで、バンドウは彼女の裏切りを予感して咄嗟の一撃を放っていた。


 未だ血の噴き出る右手を気にもせず、バンドウは地面を這うルミナに近づくと蹴りを叩き込む。


「いぎぃっ……がはっ!」


「はっ! 最初っから首を狙っていれば、俺を殺せたかもしれねぇのにな。てめぇは誰に雇われたんだぁ? くははははっ!」


 何度も、何度も、執拗にルミナへと蹴りを繰り返すバンドウの笑い声が洞窟内に響く。

 体重を乗せた一撃がルミナの顔、腕、脚、腹に幾度となく振りかかった。


 ドガッ、バギィッ! 


 繰り返し何かが折れる音がして、小さな体から呻き声が上がった。

 次第に暗くなっていく視界の中で、


『もう、望みを果たす事は叶わない』


 そう脳が判断しても、なお。

 ルミナは歯を食いしばり、恨みと涙を溜めた目でバンドウの体を睨みつけた。


「く……そ、ぅ……っ!」


「その目ぇ、まさか私怨かぁ!? アァ、タマんねぇな! ダンジョンで強え魔物に挑む度、こうして命を狙われる度湧き上がる緊張感! そして、それを叩き潰した後に得る達成感! これだから冒険者はやめられねえ! さぁ、テメエのつまらねぇ人生、最後の言葉を聞かせてくれよ!」


 自分の出す呻き声が目の前の異常者を喜ばせる事を理解して、少女に残された行動は意識を手放すその時まで喉から湧き出る声を必死に我慢する事だけだった。




 ◇




 暗闇の向こうで起きた結末を、繰り返される暴力の音を聞いて、俺の気持ちは揺れていた。


 ルミナがどうしてバンドウを殺そうとしたかはわからない。

 だが、それも失敗に終わりああして反撃を受けている。


 因果応報、という言葉が初めに頭に浮かび上がった。

 あれは俺を騙した罰なんだ、と。

 だからルミナがどうなったところで俺には関係ない。


 むしろこの隙に、バンドウがルミナを痛ぶる事に夢中になっている間に、この場から逃げられるかもしれない。

 幸い俺の近くにいるのは二人だけ。


 体の痺れも無くなってきたし、今日は日替りスキルで強度を入れ替える『変換(チェンジ)』もある。不意をつきさえすれば二人くらい倒すのも簡単だ。


 賢明な選択肢なんてわかってる。


「ここで助けに行って、どうなるっていうんだよ……」


 俺を危険な目にあわせて、勝手に裏切っておいて。


 こんな薄暗いダンジョン内の洞窟で、俺の偽善なんて誰も見てやしないのに、助けたところでなんの利益にもなりはしない。

 そもそも助けられるかもわからない。

 助ける義理だってありはしない。


 それならば、今ここで一人逃げだした方が得策だ。それが俺の選ぶ最善の一手。


 後ろ手に縛られている両腕の痺れも無くなると、俺は拘束されていた腕を揺らした。

 すると、腕の間にある多少の隙間に気がついた。

 少しだけ、力を入れさえすれば縛られただけの拘束を外せそうだ。


 俺を捕まえたのは誰だったか。

 これがもし裏切りの中でもリスクを犯して、俺が逃げられる可能性を作っていたのだとしたら。

 いや、こんな小さな事が助ける理由になるはずがない。

 どんなに取り繕っても、これは全部アイツが撒いた種なんだ。


 それでもーー。

 一瞬だけでも助けたいと考えてしまった。

 ここで彼女を助けずに、無事逃げ出した後の事を考えてしまったのだ。

 小心者の俺だからこそ、ルミナが死んだ後行き場の無くなったこの感情の辿り着く先を考えて、きっと一生後悔する、と。


 俺はゆっくりと縛られた布から腕を外した。

 近くにいた二人の男はバンドウの暴力に見入って、俺に背を向けている。


 覚悟を決めて一呼吸した後に、俺は勢い良く立ち上がると二人のいる方へと踏み出した。


 不意に聞こえた足音に、二人が俺へと振り返る。


「お……」


 男が声を上げるよりも速く、スキルで自分の体の強度を洞窟の岩へと変換(チェンジ)して、男の顔に突き刺した。


 ボギャチャァ!


 骨の奥にある肉へと拳が届く。

 そのまま拳を振り切ると、男の体は背後へと倒れた。

 人を殴るなんて滅多にないが、とても気持ちのいいもんじゃない。


「バ、バンドウさ……」


 後退りしながら、もう一人が声を漏らした口を上から右手で押し潰した。


 二人の意識が途絶えて戦意が無くなったのを確認すると、俺は全速力で疾走した。


「お、お前! どうやって!」


 動転しながらも俺の接近に気がついて、バンドウの前へと三人の護衛が立ちはだかる。


 その背後で、異変を感知したバンドウはルミナへの暴力をやめ俺を振り返った。


 そして、一瞬驚いた顔をした後に、歪んだ笑顔を見せた。


「ああ! 待ってたぜぇ、お前が目を覚ますのを!」


 叫ぶバンドウを守るために俺に向かってきた三人を視界に入れて、『変換』スキルを発動する。


 対象はその体。

 変換する強度は洞窟の壁にかけられた松明の木だ。


 三人は次々と俺に向かって飛びかかってくる。

 その中の一人は手に持った槍を俺の足目掛けて突きつけた。

 力任せに突かれた一撃は、石の強度となった俺の足を貫けず横へと逸れる。


「なっ!」


 進むスピードを緩めずに直進した俺は、驚きの声を上げる男の足を蹴り抜いた。

 すると、まるで水飛沫が舞うように、男の足が飛散して護衛達が悲鳴を上げる。

 軽く蹴飛ばしただけで男の片足が、まるで消滅したかのように無くなった。

 そのまま怯んだ男達の横を駆け抜ける。


 床に倒れるルミナを前にして、残る障害はバンドウただ一人。


「はは! やるじゃねぇか!」


 耳が痛くなるほどの怒声を上げて、バンドウが手をかざす。


 かつて見た俺のスキルを危惧したのか、バンドウは壁の松明に向けて血を飛ばし、洞窟内は暗闇に包まれる。


 俺には消滅なんてスキルはもうない。

 だが、コイツは知るはずも無い事だ。


 暗闇の中、目前に迫るバンドウの顔がある場所に狙いを定めると、地面を強く蹴り飛ばし腕を振り上げた。


 ガギン!


 突き出した腕が何かに当たり、周囲に火花を散らした。

 一瞬だけピキピキと音を立てながら凝固した、バンドウの体を覆う血の盾が見える。


 すかさず、俺は『変換』スキルで血の盾と俺の体の強度を入れ替えた。


「俺がどれだけテメエに会いたかったのかを、今からたっぷり教えてやるよ! カトウカズぐぼはぁッ!!」


 暗闇の中、吠えるバンドウへ放った拳は血の盾を突き破り直進して。

 直後、ガラスが砕けるような音が洞窟内に響いて、俺が振り抜いた腕が柔らかな感触を感じた。


 渾身の一撃を受け、バンドウの体は床へと叩きつけられた。

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