23話 美味しい料理をいただこう
ルミナがホームに来て三日経った。
二人の冒険者を助けた後は特に大きな事件もない。
三日の内に出た日替りスキルは『爆撃』、『氷結』、『念力』の三種類だ。
ただ、俺の能力を知らないルミナには視認できるようなスキルを見せたくはないため、魔物狩りには行けなかった。
俺はまだ、ルミナの事を完全に信用した訳ではない。
いつ彼女がアタッシュケースを持ち出して、俺の前からいなくなるとも限らないからな。
三日間で持ち出すチャンスは何度かあったはずだけど、もう少し様子を見てもいいだろう。
◇
「お兄ちゃん、そっちに行ったよ!」
森の中で狼男のような風貌の魔物「コボルト」を追い回してルミナが叫ぶ。
ルミナから逃げるコボルトは手に持った長剣を振り回しながら、俺の方へと向かって来た。
俺とコボルトの距離はすぐに縮まって、コボルトが払った剣は俺の腕へと直進した。
今日の俺のスキルは『変換』だった。
このスキルの効果は視認したモノとモノの強度を入れ替えるというものだ。
三日間、ホームに引きこもってばかりだったが、稼げる日には稼いでおきたいという考えでルミナとこうして近くの森に狩りに来ていた。
今日のスキルなら使う所を見られても、あまり問題はなさそうだ。
俺は腕に向かって突き進むコボルトの剣と、自身の腕の強度を『変換』した。
鋼でできた剣が俺の皮膚に触れると、剣は刃の真ん中からポキリと折れた。
「オラァ!」
そのままコボルトの顔面に向けて正拳をお見舞いした。
剣の硬度となった拳がコボルトの顔にめり込んで、体を後ろへと吹き飛ばした。
コボルトが飛んだ先に、ルミナが走って回り込む。
そして、飛び込んでくるコボルトの胴体に狙いを定めた。
ドゴォッ!!!
ルミナが放った一撃は俺のパンチよりも数段大きな音を発して、コボルトの腹を貫いた。
『コボルトを討伐しました』
アナウンスが聞こえると魔物の体が粒子となって消えていき、アイテムだけがその場へと残る。
「いい連携だったよね、お兄ちゃん! それにしても、スキルも使わずに魔物を倒しちゃうんだから、お兄ちゃんは凄いよね! 外ではきっと有名な格闘家さんだったのかな?」
「はははは……」
アイテムを拾いながら俺へと羨望の眼差しを向けるルミナの問いに、乾いた笑いで誤魔化した。
外では会社をクビになった無職だなんて、とても言える雰囲気じゃない。
「アイテムもたくさん集まったし、そろそろ帰るか?」
話題を変えるため、俺はポーチにいっぱいになったアイテムに視線を向けてルミナに提案した。
「えー、ルミナはまだまだやれそうなんだけどなぁ」
「これ以上魔物を倒しても、アイテムを持って帰れないだろ?」
「うーん、しょうがないなぁ」
まだ体を動かしたりないのか、少し不満気な声を含んでルミナは渋々と了承した。
ポーチの中にはパンパンになるほどのアイテム。
今日手に入れたのは、
コボルトの爪を七個、
コカトリスの胸肉を三個、
ブルースライムの目玉を二十個、
コブラの牙を十二個、
ホーンスネイクの角を十個、
大魔樹の根が一個だ。
見た事のあるアイテムも多かったが、一日の収穫にしては中々の戦果だ。
「さっき倒した鳥さんのお肉、帰ったらルミナが調理してあげるね!」
「うぇぇぇ……」
緑色の羽とギョロリと飛び出した目を持った、鳥と蛇を合わせた魔物の姿を思い出して、俺は空返事をした後に重い足取りでホームへと向かった。
近場で狩りをしていたため、それほど時間もかからずに帰ってきた俺達は庭に木と鍋を用意した。
鍋はオラクルベルに行ったついでにルミナが買ってきたらしい。
正直、ルミナが一人で第一階層と第二階層を移動されると、心配でヒヤヒヤしてしまう。
足は速いから強い魔物に会ったとしても、逃げられるとは思うけど小さな女の子だしやはり心配だ。
少し注意してやろう、そう思って手に入れたアイテムを部屋に置いてきた俺は、鍋に材料を入れるルミナに声をかけようとしたが、
「ルミナがご飯の用意をしておくから、お兄ちゃんは水浴びでもしてきなよ。言っちゃ悪いかと思ったけど、お兄ちゃんあんまり良い臭いはしないかも」
「……そうさせてもらおうか」
自分では気がつかなかったが、あまり水浴びをしていない俺の体は臭うらしい。
注意しようと思った矢先に出鼻を挫かれてしまった。とりあえず飯の前に体を洗っておきますか。
ホームの裏手にある川で、体についた魔物の血と汗を洗い流す。
手でゴシゴシと体を擦りながら、俺はこの後の事を考えた。
ルミナがホームに来てそろそろ五日だ。
いくら法のないダンジョン内だからといえど、女の子が男の家に長い間いるのはよろしくないんじゃないだろうか?
ルミナのお父さんにでも、この事が知られたとしたら鉄拳程度では済まない気もする。
それに、二人で魔物を狩る分には多少効率はいいが、日替りスキルがバレるリスクがある日には狩りに行けない事を考えるとマイナス要素の方が大きいか。
「戻ったら帰るように言ってみるか……」
誰に言う訳でもなく、小さな声で呟いた。
川から上がった俺は、体についた水を拭き取るとホームへと歩き出した。
◇
帰ってきた頃にはすっかり日も暮れていて、鍋の下で燃える火の光が周囲を照らしている。
辺り一面に響くよくわからないセミのような鳴き声を聴きながら、ルミナが鍋をかき回して俺の帰りを待っていた。
「あっ、今ちょうどルミナの特製魔物鍋ができあがる所だよ。ナイスタイミングだね、お兄ちゃん」
ルミナの前にあるグツグツと煮える鍋からは、美味しそうな匂いが漂っている。
魔物の肉を食うなんてあり得ないと思っていたけど、食べてみたら案外美味しいのかもしれない。
オラクルベルには魔物料理の店もあるって噂だし。もしかしたら俺の行きつけだった定食屋のおばちゃんも、ダンジョン内で店を開いてたりしてな。
「早く早く、ここに座るといいよ!」
ルミナは隣にある木の切り株をポンポンと叩いて、俺に座るように促した。
「お兄ちゃんも今日はたくさん動きまわって疲れたよね? なんだか元気が無さそうだから、力の付く具材をいっぱい入れたんだぁ」
「ああ、色々とありがとな」
俺が切り株に座るとすぐに、ルミナは大きなオタマで鍋から料理を掬いとる。
鍋の中身に目を向けると、白色の液体にたくさんの具材が入ったスープが見えた。
シチューのようなものだろうか?
木の器にスープを入れると、ルミナは笑顔を見せて俺へと器を手渡した。
器の中からは湯気と一緒に、ミルクのような香りが俺の顔へと登ってくる。
「ルミナの作るスープはすっごく美味しいんだよっ。よくお父さんに褒められたんだぁ」
自身たっぷりにない胸を張って、誇らし気な様子だ。
せっかく作ってくれた熱々のスープだ。
ルミナに帰る話を切り出す前、熱いうちに食べてしまおう。
俺は一緒に手渡されたスプーンを手に持った。そして、細切れにされた肉と一緒に白色の熱い液体をスプーンに乗せ、ふうふうと少し冷ました後に口へと運んだ。
最初に感じたのはピリリとしたスパイスの香り。それと同時にクリーミーな味わいが口いっぱいに広がった。
その後に口内に含んだ小さな肉を噛み潰すと、中から甘い脂が溢れ出し、噛むたびにスパイスの辛味と甘さが交わっていく。
肉はホロホロと口の中で溶けていき、飲み込んだ後にはハーブのようなすっきりとした風味が鼻を突き抜けた。
あのグロテスクな鳥の魔物からは想像もつかないような上品な味わいだ。
確かに、自分で美味いと言うだけのことはある一品だ。
何度かスープを口に運んだ俺は、ニコニコと俺の食べる様子を見ていたルミナに切り出した。
「美味しいよ。ルミナにこんな才能があるなんて、びっくりした」
「ルミナも役に立つでしょ? まだたくさんあるし、どんどん食べていいからね」
「ああ、それはありがたいんだけどさ……。ずっとここにいるのはまずいんじゃないのか? 親も心配してるだろうしさ」
俺の言葉にルミナの表情が固まった。
何かまずい事を言ってしまったか?
俺は発してしまった言葉から、思い当たる部分を模索していると、
「それなら大丈夫だよ。ルミナ、お父さんもお母さんもいないから」
少女の口から出てきたのは悲痛な言葉だった。
ダンジョンができた後、一攫千金を狙った冒険者はたくさんいた。その冒険者の中には子どもを持つ親も多くいたと聞いた事がある。
ルミナもたぶんそんな冒険者の子どもなのだろう。俺に付き纏ってきたのはそういう理由があったからかもしれない。
笑顔を崩さずに両親の不在を伝えたルミナに、なんて返したらいいかわからない。
「わ、悪い。まさかそんな理由があるとは思わなくて……」
無神経に酷い内容を口にしてしまった事に、謝罪の言葉を並べようとした時だ。
「大丈夫、気にしてないよ。だってーー」
小さなルミナの呟きは俺の頭に入らなかった。
突然、俺は自分の体に起こった異変に気がついて、頭がうまく働かない。
手に持った器を握る指先に、何故か力が入らなくなる。
反対の手に持っていたスプーンは俺の手から溢れ落ち地面へと転がった。
体の奥からビリビリと筋肉が痺れる感覚を覚えて、切り株の上からドサリと地面に力なく倒れ込んだ。
倒れたまま虚な視界で上を向くと、目の前には小さな少女の冷めた視線。
「だって私はこれから貴方に……もっと酷いことするんだから」
最後に冷たい言葉を耳にして、俺の意識は無くなった。
これまでの設定を生かして、30話までに熱いボス攻略を行いますのでどうかお付き合いをよろしくお願いします!!