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21話 はっきり意思を伝えよう

 

 鬼が消えたのを見て、それまで怯え切っていた冒険者の男達がまだ震える足で立ち上がった。


 そして、すぐさま俺の元へと駆け寄ると、


「す、すげぇ! すげぇよアンタ! 俺達が歯も立たなかった化け物をあんなに簡単に倒すなんてさ!」


「ひぃぃぃ、怖かったっス! アニキが第二階層に行こうなんて言うから、こんな目に……」


「うるせぇ! こうして助かったんだからいいだろ! なぁアンタ、何か礼をさせちゃくれねぇか?」


「別にお礼がほしくて助けた訳じゃないんだけどな」


「くぅぅ、欲のない所も渋いっス!」


 褒められ慣れていない俺には、こういう時どんな顔をしていいかわからない。

 だが、こんなにも褒められて悪い気はしない。


 冒険者の一人は三十代くらいの男でもう一人はだいぶ若い。たぶん高校生か大学生くらいだ。

 親子くらい歳の離れた男達。


 一瞬、クズばかりいるダンジョンで今度はどんな冒険者かと心配したが、この二人は普通の人間なようだ。


「なあ、アンタ」


 そう言って年上の男が一歩後ろに下がる。

 何事かと警戒したが、次の男の行動でその考えは消え去った。



「俺達をアンタのパーティに入れてくれ!」



 目にも止まらないほどの速さで地面に頭をつけると、男は俺に頼み込んだ。


「うぉぉ、アニキ! カッコ悪い!」


「うるせえ! 俺はこの人に惚れたんだ! こうなったらなりふりかまっちゃ居られねぇ! どうしても俺はこの人と一緒にダンジョンを冒険してぇ!」


 突飛した展開に頭が追いつかない。

 そもそも俺はパーティなんて組む気はないんだが。


「いや、俺はパーティを組む気は……」


「うんうん。ルミナのパーティは、お兄ちゃんだけで充分だよ」


「頼むよ、アンタ……いや兄貴!」


「兄貴がアニキの兄貴なら、俺はなんて呼んだらいいんスか?」


「うるせえ! 細かいことはいいんだよ! さっさとお前も頭を下げろ!」


「オネガイシアス!」


 二人に土下座で迫られて、返す言葉が見当たらない。

 こんなに熱心に頼まれても、俺のスキルじゃ簡単にパーティを組めないのだ。


 ルミナはといえば、冷めた目で俺達のやりとりを見ていた。


「そんなに頼ま……」

「「オネガイシアス!」」


 拒否の言葉を口にする度に、それを遮る男達。

 このままじゃ話が進みそうもないな。


「はぁ……しょうがない。とりあえず一日だけって条件でならパーティを組んでもいいよ」


「オネガイ……えっ?」


 俺の返答が予想外だったのか、男は土下座をやめると急に立ち上がった。


 男は俺に近寄ると両手で俺の手を握った。


「ああ、ありがとう! 絶対に兄貴の眼鏡にかなうよう、働いてみせるから!」


「アニキがなんか難しそうな言葉を使ってる! カッコいいっス!」


 そう言って、握った手をブンブンと上下に振る。

 すると、男が勢いよく腕を振ったせいか男の腰にあったポーチの紐が切れ、中からアイテムが溢れ出した。


「うおおお、せっかく集めたアイテムがぁっ!」


 悲痛な声で叫んだ後、床に屈んで落ちたアイテムを拾い出した。


「あ、アニキ……やっぱりカッコ悪いっス……」


 床に散らばったアイテムを二人が拾い集めるには、少し時間がかかりそうだ。

 アイテムを拾う二人の様子を冷たい視線で見つめるルミナの機嫌をなだめると、カトウは先に洞窟から出て待つことにした。


 ◇


 カトウが先に洞窟を離れた後、二人の冒険者の男は、


「いやぁ、やっぱり心を込めて頼めば聞いてくれるもんっスね!」


「違えよ! あの人の心が広かったんだって。現に一緒にいた女の子、あんな小さな子まで面倒見て。あの人はきっと弱い人を放っておけないのさ」


「すげぇよアニキ! 出会ってすぐなのにアニキの兄貴の事をもう理解してるなんて!」


「へへ、それじゃあ今日は兄貴に気に入って貰えるよういつも以上に頑張るか!」


 嬉し気な表情で床に散らばったアイテムを集める二人。

 鬼から助けられた事でカトウに心酔して、浮ついた会話を続けている。


「よし、これで最後だなっと。ん? あれは……」


 落としたアイテムを全て回収し終えると、カトウと一緒にいたルミナと呼ばれていた少女が洞窟に戻ってきた事に気がついた。


「おじさんおじさん」


 名前を呼びながら、少女は二人へと歩みを進める。


「おーい、嬢ちゃん! 手伝いに来てくれたのか? 俺らは大丈夫だから、先に兄貴のとこに行っててくれよ」


 遠くにいる少女へと声を投げかけるが、近づく速度を緩める様子はない。


「あ、もしかしてお嬢ちゃんも何か落としたんスか? 俺らのアイテムの中に混ざっちまったかもしれな……」


 若い男が途中までそこまで言いかけて、言葉を止めた。


 なぜなら、


「ひ、ひぃぃぃぃ!!」

「あっああ……」


 少女の背後、暗い洞窟の影から現れた鬼が二人の脳内を埋め尽くしていた。

 少女の背に向かい、息を潜めて忍び寄る青い魔物の姿。


 先ほど倒した鬼と寸分変わらぬ造形をした“青鬼”。赤鬼と違う点はその青い地肌の色と、赤鬼よりも一回りさらに大きな巨体だ。


 突然暗闇から現れた青鬼は、音を立てずに背後から少女との距離を詰め、小さな頭を掴もうと手を伸ばす。


 二人の冒険者はなんとか声を振り絞り、少女に魔物の接近を知らせようと試みるが、うまく言葉が出てこない。


 恐怖で力なく立ち尽くす二人には、震える歯の音で恐怖を伝える事だけで精一杯だった。


 そのまま青色の魔物が伸ばした腕がついに少女の頭に届いた時。


 ぶちゅり。


 と、何かが潰れる音がした。


 気がつけば、鬼の体は洞窟の壁に激突していた。青い鬼の顔からは中に詰まっていたピンク色の肉が溢れ、背後の壁に脳漿を撒き散らして動かなくなっていた。


『青鬼を討伐しました』


 一瞬も目を離さなかったはずなのに、二人の男が見たのはその結果だけ。


 それを目の前の少女がやったのだと気がつけたのは、その現場を目撃したからではない。

 少女の右拳についた血と肉片だけが、紛れもなく少女が鬼を倒した事を物語っていた。


 震えの原因となったはずの鬼が姿を消してもなお、二人の震えは止まらなかった。


 コツリ、コツリと少女が二人に近づく度に、冷たい足音が洞窟内へと響く。


 そして、少女は怯えて崩れ落ちる二人の前まで辿り着く。

「ねぇねぇ、おじさん……ルミナの邪魔しちゃ、嫌だよ?」


 少女の皮を被った何かが、冷たい視線でうずくまる二人を見下ろして洞窟内に佇んでいた。

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