16話 パーティ勧誘されてみよう
大金を手に入れた事で、心にいくらかの余裕ができた。
かつて年収二百五十万だった俺なら四十年は働かなけば得られない金額。
ちなみに以前いた会社ではどれだけ業務を頑張っても昇給はない。社長に気に入られる事だけが出世への道だった。
そう考えると、完全に自分の力量次第で稼ぎの変わる冒険者は素晴らしい職業だ。
もらった一億円の分け前を数パーセント、クリスに渡そうと提案したが、
「いやいやいや! 受け取れませんよ! 珍しいアイテムも見られて、パンドラさんみたいな大物に会えただけで私は充分です!」
と全力で拒否されてしまった。
やはり、ダンジョン内にいる冒険者の中でもクリスは変わった存在だ。
彼女からはあまり欲というものを感じない。
せめてものお礼にご飯でも、と誘ったが今日はもう疲労が限界だと断られてしまった。
短時間で非日常の光景を何度も見てしまったのだから、精神的に疲れたのだろう。
クリスはヨダレを我慢しながら、名残惜しそうにダンジョン外に出て行った。
もう少し話を聞きたかったけど、仕方がないか。
◇
俺は適当に道端に並んでいた露店で食事を取った。
もう少し街中を色々見て回りたいところだが、俺はオラクルベルの事情に詳しくない。
入り口のおばさんのような悪徳な店が他にもあるかもしれないし、今日は大人しくホームに戻るか。
そういえば、軍隊には電磁波を利用したレーダーがあると聞いた事がある。
今日の日替りスキルなら、それもできるだろうか?
全身から微細な電磁波を出すイメージを浮かべてみる。
すると、今いる周囲の情報が瞬時に俺の頭へと飛び込んできた。
およそ三十メートルくらいまで全方位どこでも意識を向ければ、そこにどんな物があるか感じ取れる。これで俺に死角はない。
これなら急に襲われたとしても、即座に対応できるはずだ。
俺がレーダーを発動してすぐに、背後から近づいてくる小さな人型の気配をキャッチした。
ゆっくりと歩くくらいのスピードで近づく人型の塊。
警戒した俺は、振り返りながら皮膚の表面に電気の膜を作り出した。
これで、もしアイツが俺に触れれば感電確実だ。
俺の背後にいたのは小さな女の子だった。
大きなクリクリとした目を持つ可愛らしい少女。
黒い髪をツインテールに結んで、涼しげな青いタンクトップ姿が特徴的だ。腰には長めのナイフが一つ。背はかなり小さい。
少女は俺が急に振り返った事に驚いて、びくりと動きを止めた。
「み、見慣れないおかしな格好をしたお兄ちゃんが気になって、声をかけてみようと思っただけだから! そんなに警戒しないでよね!」
可愛らしい声で俺に告げた。
そんな事言っといて強盗とかじゃないだろうな……。
怪訝な目で少女を見ながら、俺は『分析』を発動した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○名 前:美波 ルミナ
○スキル:獣人化
○アビリティ:なし
○装 備:サバイバルナイフ、布の服
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少女を分析してみたがそれほど脅威に感じる点はない。
「そんなに俺の格好はおかしいか?」
「どう見たっておかしいよ! 普通の会社員さんが間違ってダンジョンに入っちゃったのかと思って。だから、ルミナは心配して声をかけてあげたのっ」
「こう見えても一応冒険者なんだけど……」
「ふーん、そうなんだ! なら、初心者の冒険者さんかな?」
ルミナは元気な口調で首を傾げて聞いてくる。
これまでの実績からみても他の冒険者と比べたら、俺は活躍している方だとは思う。
けど、ダンジョンに入って一週間も経ってないし、俺はまだ初心者って事になるのだろうか?
「まだ入って四日目だ」
「ならなら、すっごい初心者さんなんだぁ! ダンジョン内は恐いところもたくさんあって、冒険するにも色々と心配だよね! ねっ?」
俺が初心者だと分かった途端に声のトーンがあがった。
そして自身の問いへ同意を求めるように、ルミナは俺に顔を近づける。
上目遣いで目を潤ませるルミナが可愛らしく見え、俺は思わず頷いた。
「やっぱりそうなんだ! じゃあじゃあ、ルミナのパーティに入れてあげるね。先輩のルミナが一緒にいればダンジョン内でも安心だよねっ」
少女は何故か俺を勝手に、自身のパーティとやらに入れてきた。
確かにパーティを組めばダンジョン内の活動効率も上がるかもしれないな。
でも俺には入る気なんてさらさらない。
日替りスキルでなんて変わったスキルじゃなければ一考の余地はあったけど。
パーティなんて組んでしまったら、日替りな事がバレるリスクが上がるだけだ。
信頼できる相手とならいざ知らず、出会ったばかりの怪し気な女の子と組むメリットはない。
それにしてもパーティといえば複数人の集団のはずだが、仲間はどこにいるんだろうか。
「悪いけど、今はパーティに入る気はないんだ。できれば他をあたってほしいんだけど……」
俺は優しく断りの言葉を伝える。
すると、ルミナは地団駄を踏みながら、
「もう! 何でみんなルミナのパーティに入ってくれないのよっ。ルミナ一人じゃ冒険なんて行けないのに!」
えぇ……他のパーティメンバーいないんかい。
怒った様子でルミナは俺の胸元に向けて、ポコポコと両腕を振り下ろそうと構える。
「あ、ちょっと……」
だが俺が止めようとした時にはもう遅く、
「あだだだだだっ!」
俺の肌に纏わせていた電気の膜にルミナの手が触れた。
体からプスプスと煙を上げながらルミナはその場にパタリと倒れ込んだ。




