15話 二つのコアを売ろう
「ん〜ん、いい困り顔だねぇ。それで、一体どんなトラブルがあったんだい?」
青髪の男は警備員を一瞥した後、俺達の方を向く。そして、男は不思議そうな顔をしながら首を傾げた。
肌には何も身につけていないのに、恥ずかしがる様子はない。
困っていたのは確かだが、オークション会場が満席で入れなかっただけという小さな問題だった。
だがそんな小さなトラブルは、もはや俺達の頭にはない。
今や俺達にとってはコイツの存在こそがトラブルだ。
「ど、どうして裸なんですか!?」
「んー? 今日は面白いアイテムが出品されるらしくてねぇ。ボクも早く中に入りたくて、こうして久しぶりにスキルを使ったんだけどさ。でもねぇ、調整を失敗してこの通りってわけ」
そう言って、手を横に広げて俺達へと裸体を見せつける。
鍛えられた体は俺とは比べものにならない程に引き締まっていた。
ていうか、服が脱げるスキルってどんなスキルだよ! ハズレにもほどがあるだろ。
『分析』でコイツのスキル名くらいは見ておくか?
「もう! 何してるんですかっ。は、早く隠してくださいっ」
考えていると、急にクリスの怒声が聞こえた。
両手で目隠しをしていたのに関わらず、青髪の動作がまるで見えているかのように言って、クリスの顔から湯気が出た。
クリスの奴、よく見ると指の隙間から見てやがる……。
「パンドラさん! 何してるんですか! また外で裸になるなんて……。いや、とにかく今はこれを着てください」
警備員は一旦何処かに行った後、急いでローブのような物を持ってきて、そのままローブを男の肩にかけた。
まだ時々ローブの隙間から、男のものがチラチラと見えるがさっきよりはだいぶマシになった。
「今、パンドラさんって言いましたか!? もしかして、そこにいるのは一線級の冒険者として新アイテムを次々と発見して資金を集め、その巨万の富を使ってゾディアックを立ち上げたあの有名なパンドラさんですか!?」
「……すっごい説明口調だな」
今まで顔は見ていなかったようで『パンドラ』という名前を聞いたクリスが興奮した声を上げた。
両手で目を隠したまま説明する姿は、側から見たらとてもシュールな光景。
まあとりあえず、詳細に説明してくれたのはありがたい。
「おやぁ、女の子の方はボクの事を知ってるみたいだねぇ。こぉんな可愛いらしい子の頭の中にもボクの姿があるなんて、嬉しいなぁ」
言いながらオーバーなリアクションで涙ぐむパンドラ。
パンドラの名前くらいは聞いた事があったが、まさかダンジョン内の有名人とはな。
これほど変わった奴だとは思わなかったけど。
「それで、君たちは何を困ってたのさぁ?」
「次のオークションへ出品するアイテムを持ってきたんですけど、なんか今日は忙しいみたいでして……」
「うーん、悪いねぇ。今日はトクベツ忙しいからさぁ。また明日来てくれるかな?」
手をヒラヒラと振るパンドラは、これ以上は時間を割けないといった雰囲気だ。
くそっ。
わざわざここまで歩いて来たのに無駄足になってしまう。
仕方のなくなった俺はダメ元で、
「ハァ、せっかく第二階層で手に入れたアイテムなのにな。しゃあない、別の奴に売るか」
そう言ってポケットからコアを取り出して、突きつけるようにパンドラへと見せつけた。
コアを見た途端に、今まで笑みを浮かべていたパンドラの顔が一瞬だけ強張ったのを俺は見逃さなかった。
「あれぇ〜? そう言えば、会議室なら一つ空いてたような気がするなぁ」
わざとらしく今思い出したかのように、額に指を当ててパンドラが呟いた。
ふざけた格好をしているが、さすがオークションのオーナーといったところか。一眼見ただけで俺の持つアイテムの価値に気がついたようだ。
「いえ、今の時間は会議室も打ち合わせで満室でして……!? モガァ!」
パンドラの言葉をすぐさま訂正しようと、警備の男が何か言いかけたが、パンドラの大きな手で口を押さえられる。
「よっしゃ!」
予想以上にうまく事が運んだ喜びで、大きくガッツポーズを決めた。
「ボクもこう見えてあまり時間がないからねぇ。急いでボクについてきてよぉ」
そして、未だ目隠ししたフリを続けるクリスの背中を押して、俺はパンドラの後に続いた。
◇
俺達は赤い絨毯が敷かれた通路を歩いた。
パンドラの後をついて階段を何回か登って進むと、小さな部屋の前にたどり着いた。
パンドラが部屋のドアを開けると、まず目に入ったのは一面ガラス張りの窓だった。
透明なガラスの奥には、コンサートホールのような景色が広がっている。
部屋の中には高級そうなソファーが二つと大きなテーブルが一つ。
部屋に入りソファーに腰を落とすと、パンドラはすぐに切り出した。
「それで早速なんだけど、君のアイテムを見せてくれるかなぁ」
「えーっと、コレなんですけど」
俺は机の上にゴーレムのコアを二つ置いた。
二つのコアからは、未だに不思議な光が漏れ出している。
「へぇ。なるほど、素晴らしいねぇ……」
コアを見たパンドラはその一つだけ手に取る。
「オークションなんかに出さず、ボクが買い取りたいくらいだよぉ」
「俺としてはそれでもいいんですけど? ちなみにおいくらくらいで?」
「そうだねぇ、値段をつけるとするなら一つ五千万円ってところかなぁ」
「ご、五千万!?」
あまりに大きな金額に俺は取り乱す。
ゴーレムを倒すのにかかった時間は数分程度。
コイツで金稼ぎをするのなら、オークの首飾りとは比べ物にならないほどの効率だ。
「どうしてそんなに簡単に値段がわかるんですか?」
とクリスが問いかける。
「これほど純度の高い“魔素”が出てるアイテムも珍しいからねぇ。なぁに、このアイテムは誰が見ても一級品のレアアイテムだよぉ。新しいアイテムはなるべく早く売らなきゃ価値が下がっちゃうからさ! どうするかな?」
急かすように言ってはいるが、パンドラの言葉にも一理ある。
そうか、他の冒険者が同じアイテムを見つけてしまったらそれだけでコイツの価値が落ちそうだ。
俺は肯定の意味を込めて、パンドラの目を見て頷いた。
百パーセントの確率で一億円が手に入るボタンと五十パーセントで二億貰えるボタンがあるのなら、俺は迷わず一億の方を押す性格だ。
一億も金があれば当分働かなくても良さそうだしな。
「交渉成立だ、それじゃあお金を用意してくるから、すこぉしだけ待っててねぇ」
そう言ってすぐに、パンドラは姿を消した。
かと思えば、一瞬後には重たげなアタッシュケースを持って元の位置に座っている。
これまでみた結果から推測するに、パンドラのスキルはおそらく瞬間移動の類といった力のはずだ。
「待たせたねぇ、それじゃこれが約束の金額だよ」
テーブルの上に開かれたアタッシュケースには、見たことのない程の札束が詰められている。
その箱を受け取って、俺の取引は無事終了した。
◇
「できれば今後とも、君達とはお付き合いしていきたいなぁ」
最後にそう言われた後、俺はパンドラに頭を下げて別れを告げた。
両手に持ったアタッシュケースの重みは幸福感を含んだ重さだ。
あまり動くのも疲れるし、オークションは今度にするか。
よくわからない二つの玉がこれほどの大金になるなんてーー。
こうしてダンジョンに入って一週間とたたずに、俺は大金を手に入れた。