11話 まっすぐおうちに帰ろう
ゴーレムとの戦いの後、暑い日差しを浴びながら俺は来た道を引き返していた。
森の中、出来るだけ木の影を歩いたが、高い気温によって自然に流れ出る汗でシャツが背中に張り付いて少し不快だ。
しかし、大量のアイテムでパンパンになったポケットと、入りきらなかったアイテムを両手に持って、今の気分は上々だった。
使い道のなさそうなオークの首飾りですら、十万円の値段がついていたんだ。
となると、今日獲得した用途のありそうなアイテムはそれ以上の値段がついてもおかしくない。
現在時刻は正午ちょうど。
よし、明日になったら第一階層の街でこいつらを売るとしよう。
え? どうして今日中に行かないのか、だって?
ハハハ、その答えは簡単だ。
今までのお気楽な思考を頭の隅にしまいこんで、俺は自分の周りにある木を一つづつ見る。
正確には木の根本を、だ。
「あれれ〜? おかしいぞ〜?」
あるはずのものがない木の根本を見て、どこかの猫被りの小学生のような声を出した後、俺は悲痛な声を呟いた。
「ホームまでの目印、見失った」
……俺の体中から流れる汗は、どうやら太陽のせいだけじゃないようだ。
◇
一旦近くの木に寄り添って腰を落とす。
「お、落ち着け、俺。まままままだ慌てるような時間じゃない」
慌てる自分に言い聞かせる。
大丈夫だ、今日のスキルなら多少強い魔物が出ても戦える。
今のところ、問題があるとすれば水だけだ。
そういえば、一昨日の夜にクリスと居酒屋で飲み食いして以来、何も口にしていない。
食べ物と言えばさっき拾ったスライムの目玉がポケットにあるが、グロテスクな見た目のやけに柔らかな感触のこれを食べるのには少し勇気が必要だ。
これは最後の手段としてとっておくとしよう。
いや待てよ。
俺は冷静になって思いついた。
夜になれば第一階層への光る扉が目印になるじゃないか。扉からホームまでの方角はわかっているから、暗くなればホームに帰れるな。
うん、それなら何も心配する必要はない。
そもそも、今ホームに戻ったところで何もないし日差しを凌げるくらいの効果しかないよな。それならすぐに戻る必要もない訳だ。
暗くなるまで時間もあるから、そこらをブラブラしてみるか。
そうして、俺はあてもなく道を歩いた。
運良く冒険者にでも会えれば扉の方向がわかるかも、とは思っていたが近くに人がいる気配はまるでない。
さっきあれほど大きな岩山の崩壊があったのに、誰一人として気にしなかったのか? まだ解放されたばかりで、ほとんど情報の無い第二階層にはまだ冒険者は来ていないのだろうか。
森の中でときどきゴブリンや狼男のような魔物は見かけるが、俺の姿を見ると一目散に逃げていく。
たぶんどこかで俺とゴーレムとの戦いを見ていて、俺との圧倒的な戦力差を知ったのだろう。
今戦っても俺に得るものはないため、その点は好都合だ。
歩き始めてしばらく経った頃、俺はいつの間にか森を抜けていた。森を抜けてすぐに大きな洞窟を見つけた。
洞窟の入り口には大きな門がゆく手を塞いでいる。
人工的な建造物を見つけたのは、第二階層に来てホームの次に二つ目だ。
目の前の大きな門を見て、俺は思い出した。
この門には見覚えがある。
門に描かれている禍々しい模様は、第一階層で見たセントールがいたボス部屋の前にあったものと寸分変わらないものだった。
「少しだけ、中を見てみるか?」
今ボスに挑む気なんてさらさらないが、中にどんな奴がいるのかは気になるところだ。
ボスの姿を確認して、有効そうなスキルがわかればそのスキルになった時にまた来るっていうのも都合がいい。
ダンジョン攻略に興味はないが、絶対有利な状態からボスに挑めるというのなら、挑まない手はない。
もしも第一階層に続いて第二階層のボスまで俺が倒したらどうなるだろうか?
カトウカズヤの名は、伝説にだってなりそうだ。
理想的なサクセスストーリーを思い浮かべて、不敵な笑みをした俺は洞窟の門の取手を掴む。そして小さな力で押してみた。
ギギギィーーッ!
重厚な音を立てながら扉が開き、数センチの隙間ができた。
その隙間に顔を近づけて、俺は中の様子を観察した。
暗い室内は第一階層と同じく学校のグラウンドくらいの広さ。
その中に蠢く影が一つ。
姿はよく見えないが長い体でトグロを巻いた生物がいる。アイツが第二階層のボスだな。
その大きさはセントールより一回り小さいくらい。
下半身は蛇のような鱗に覆われていて、上半身は……暗くてよく見えない。
試しに『分析』で見てみよう。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
○名 前:蛇神ナーガ・ラジャ
○スキル:獄炎の息、毒霧、身体再生、鱗硬化、神経毒牙
○アビリティ:火炎耐性、打撃耐性、斬撃耐性、熱探知、スキル捕食
○装 備:双炎剣ナーガ・ラジャ
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
『分析』の効果でボスの頭上に表示されるステータス。
スキルの名前だけだが相手がどんな能力かも読み取れた。
ナーガラジャが持つのは誰もが真っ青になるほどのてんこ盛りスキルとアビリティ。
セントールのステータスは確認していないためどちらが強いかはわからないが、こいつもかなりの強敵だ。
物は試しに、トグロを巻いた下半身に向けて『切断』を試してみるか。
蠢く影を視界に入れて俺は斬撃を飛ばしてみた。『切断』は使うのを忘れていて五時間ほど溜まった威力。
斬撃を放つとすぐに、
ガギン!!
と刃が鋼鉄に弾かれる音がした。硬い皮膚を持つゴーレムを両断した時よりも、さらに強い威力のはずなのに、目に見えない斬撃はナーガラジャには効かなかった。
チッ、ダメか。
斬撃が当たった後、光る二つの目が俺の方を見た。攻撃を受けたナーガラジャは俺の存在に気がついたようだ。
その視線に背筋がゾッとした俺は急いで門を閉めた。今日の俺じゃ勝てそうもない。
……コイツはそっとしておいた方が良さそうだ。
以前テレビで見た情報通りなら、フロアボスは一定の領域からは動かないらしい。ここに入らなければ襲われる心配はない。
門を閉めた後に空を見ると、ほどよく暗くなってきた。
対峙していた門とは反対側の地表から光が溢れ出ているのを見つけると、俺は光のある方へと向かった。
◇
歩き始めてすぐ、光に到達する前に俺は木の根本に付けた目印を見つけることができた。
よかった。これで無事ホームに戻れそうだ。
こうして、暗い夜道の中で見づらい目印を頼りにして、俺はようやくホームへと辿り着いた。
くたくたになった体でもう何かをする気力はない。
明日は第一階層の街に行って、アイテムを売ってから必要な物を揃えるか。
久しぶりの街は楽しみだ。もしかしたら、街中がフロアボスを倒した男『カトウカズヤ』の話題でもちきりかもしれない。可愛い子に言い寄られたらどうしよう。
にやけ顔を浮かべながら頭の中で不純な妄想をした後、ぐるると鳴ったお腹の音を聞いて、俺はまた固い床の上で眠りについた。
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