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1話  そうだ、ダンジョンに行こう

 

 外回りから帰ってきた俺が最初に見たのは、机の上に積まれた大量の書類。

 書類の表紙には締切日である今日の日付と、担当者の欄には消しゴムで消されたような痕跡の上に、黒のボールペンで俺の名前が書かれてあった。


「え? この案件は確か先輩の担当でしたよね?」


 俺は隣の席に座りパソコンで動物の動画を見ていた先輩に声をかけた。


「ハァ? 俺は昨日、お前にやれっていったはずだけど? みんなも聞いてたよなあ!」


 俺より歳上のイカツイ顔をした先輩“コジマ”が大声を張り上げる。俺はフロアを見渡すが、揉めている俺達に対して誰も反応する様子はない。みんなコイツと関わりたくないのだろう。


「聞いてませんよ。それにこの量だとどう考えても一日じゃ終わりません!」


「できませんが通じるのは小学生までなんだよ! いいからさっさとできる方法を考えろよ! それがお前の仕事だろ?」


 コジマの中では既に、この仕事の担当は俺になっているらしい。コイツがここまで焦っている理由は簡単だ。コジマは無能である癖にプライドだけは高い。

 要は納期が遅れて自分の評価が下がるのが嫌なのだ。


「どれだけ急いでも二日は掛かります。一日でできる方法があるなら、俺が教えて欲しいくらいです」


「お前さあ、わかンねぇならもっと早く聞けよ! 子どもじゃないンだからさぁ!」


 この口論ももはや何度目かはわからない。こんな子どもみたいな真似ばかりして、コジマがまともに仕事をした事があるのだろうか? いや一度だってないはずだ。


 そんなやり取りをしながら一人ヒートアップするコジマの声を聞いて、遠くで作業をしていた社長が近づいて来た。


「コジマくんどうしたの、そんなに叫んでさ。何か問題でもあったの?」


「社長! 聞いてくださいよぉ、コイツが……」


 社長が近くにきた途端、コジマは声色を変えてある事ない事を社長に説明しはじめた。

 コイツは仕事の腕は半人前だが、こうした責任転嫁だけは一人前だ。

 嘘ばかりの説明を社長は首を縦に振りながら聞いている。


 コジマがあらかた説明を終えると、社長は俺へと近づいた。


 そして、俺の肩に手を置いて、


「カトウ君。君、もういいわ。明日から来なくていいから」


「は? ちょっと待ってください! 俺の話も聞いてくださいよ!」


 俺は慌てて弁解しようと声を上げるが、社長の前にはコジマが立ちはだかる。


「後はオレが聞いておくんで、社長は仕事に戻ってください」


「ああ、助かるよ」


 前に出ようとする俺をコジマが体を使って防ぐ。そして、社長は俺の言葉を聞く事なく、自分の机に戻っていった。


「嘘……だろ?」


 突然言い渡されたクビの言葉に、頭の回転が追いつかない。今職を失って、俺はこれからどうやって生きていけばいいんだよ。


 しかし、目の前でニヤニヤと笑うコジマを見て、俺の意思は変わった。


 残業代も出ないし、有給も取れない。その上先輩は使えない。

 よくよく考えてみればこんなふざけた会社、こっちから願い下げだ。明日から来ないで良いなんて最高だ。


 俺は早速机の荷物をまとめて帰る準備をはじめる。すると、


「ああ、この仕事はお前の担当だったよな。なら最後まで責任持って終わらせろよ? 今日まで無能なお前を雇ってくれた会社に感謝しながらな!」


 コジマは威圧するように書類の山を叩いて俺に命令した。



 ◇



 現在の時刻は三時ちょうど。

 昼間の十五時ではなく、深夜の三時だ。


 あれから必死になって書類の山を消化した俺は、くたくたになった体で帰路についていた。


 仕事をしたのはコジマのためではない。俺がやらない場合、コジマが別の社員に仕事を押し付けるのは目に見えていたからだ。


 会社に恩など感じていなかったが、時折俺を心配してくれた同僚に対しては迷惑をかけるわけにはいかなかった。


「どうしてこうなったんだろうな」


 暗い夜道を歩きながら、俺はぼんやりとした頭で考える。


 決して裕福とは言えない家庭の一人息子として、両親には大学まで行かせてもらった。

 それで初めて入ったのがこの会社。


 仕事もキツく、給料も安い。残業だって毎日だ。先輩からはいじめられ、ろくに評価なんてされやしない。


 思い返すだけでくだらない、最悪な人生だ。


 ただ一つ良い点をあげるとすると、帰り道に美味しい居酒屋があるくらい。

 遅くまでやっているその居酒屋で日替わり定食を食べて帰るのが、俺の日課になっていた。


「……とりあえず腹も減ったし、メシでも食いながらこれからどうするか考えるか」


 居酒屋に向かって歩く俺は、明日の事を考えた。

 突然仕事がなくなったんじゃ、何か他の仕事を探さないと生きられない。


 もしかしたら、社長と先輩に土下座でもして謝ればクビを取り消してくれるかもしれないか?


「いや、ないな」


 そう呟いて一瞬頭に沸いた案を一掃する。


 仮にそんな事をするくらいなら、五年前に近所にできた怪しいダンジョンを探索する冒険者にでもなった方がまだマシだ。


 横に顔を向けると雲より高い巨大な塔が見える。


 五年前突如として埼玉県に現れた建造物。

 人はその建物をダンジョンと呼んでいる。


 中にはアニメや漫画にでてくるようなモンスターがいるらしい。ダンジョンを探索する冒険者になると、モンスターと戦うためのスキルを得る事ができるとか。


 ダンジョンでアイテムを集めてそれを売り、億万長者になった人もいると聞く。


 しかし、冒険者という職業は危険も多い。

 だから冒険者になるのは自分に自信のある人間か、失う物のない底辺の人間ばかりと言われている。


 そういえば、俺も明日から底辺の仲間入りだったか。なら、冒険者になるのも悪くはないな。


 そんな事を考えながら歩いていると、行きつけの居酒屋が見えて来た。……だけど、何か様子がおかしい。

 居酒屋に近づくと俺はすぐに異変に気がついた。


 営業時間にも関わらず、中の電気がついていないのだ。


「あれ? 今日休みだっけ?」


 そう思って腕につけた時計を見ると水曜日の文字がある。今日は平日で定休日ではないはずだ。


 店の前でキョロキョロしていると、一人の男が俺に声をかけてきた。


「お兄さんもしかして、ご飯食べに来たの? 残念だったね。ここの店主がさ、今日の朝一攫千金を狙って冒険者になったんだって。いやあ、俺も驚いたよ」


 マジかよ。確かこの店の店主は六十くらいのおばちゃんじゃなかったか?


 冒険者から程遠いイメージのおばちゃんですら、安定を捨てて夢を追う一攫千金のダンジョンか。


 ここから俺が成り上がるには、持ってこいの場所かもしれないな。


 男にお礼を言って、俺は足早にダンジョンの方へと急ぐ。ゆっくり休んでなんかいられない。

 ダンジョンの事を考えると、体の疲れや空腹なんて、少しも気にならなくなっていた。



 ◇



 俺がダンジョンの入り口を目指して二時間ほど。

 終電もない時間に足を動かして、ようやくダンジョンの入り口に辿り着いた。

 時刻は朝の五時。辺りはうっすらと明るくなっている。


 目の前には固く重そうな鉄のトビラ。

 このトビラを開けば俺は冒険者になる。


 流行る気持ちを抑えきれず、冷たいトビラに手を当てて力を入れる。

 すると、トビラは低い音をたててゆっくりと開いていった。


 俺が中に入るとまず、八畳くらいの広間があった。

 広間の先には細い通路があり、奥からは光が溢れている。


 先に進もうと足を踏み出した瞬間、背後のトビラが勢いよく閉じられた。


 同時に俺の頭の中には機械的な声が流れ込んでくる。


『ダンジョンへようこそ、カトウカズヤさん。アナタに与えられたスキルは『日替わりスキル』です。それでは、素敵なダンジョンライフをどうぞお楽しみください!』


 爽快な声が頭の中に響き渡る。ネットで聞いていた通りダンジョンに入った途端、俺にスキルが与えられたらしい。

 ダンジョンでは初めて入った冒険者にスキルが付与される。

 このスキルは一人につき一つ。また入り直してもスキルが変わることはない。


 ダンジョン内での命運を分ける一大イベントだ。それがあっさりと終わってしまったらしい。


 ちなみに、ダンジョンは全部で十階層だと言われている。どの階層にもモンスターが数多く存在し、次の階層へと進むにはフロアボスを倒す必要があるので、最初に与えられるのは戦闘系のスキルが当たりだともっぱらの噂だ。


「日替りスキル?」


 俺は聞こえてきた声を繰り返した。

 すると、再び頭に声が流れた。


『カトウさんの本日の日替わりスキルは、『消滅』スキルです』


 《消滅(デリート)


 視線または意識を向ける事で対象を消し去る。対象の強さに比例して消し去るまでにかかる時間が変わる。




毎日更新を目標にがんばります。

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― 新着の感想 ―
[一言] 朝の3時過ぎの居酒屋で日替り定食って、夜の接客業向けのお店かぁ。 店の経営状態なんてお客に分からないもんね。 まぁそんな元気なおばちゃんだからこそダンジョンに行くのか。
[一言] 何故馬鹿みたいに仕事やってから帰るのか?
[一言] 正直こんなクソ会社だったらこなくていいよじゃなくて辞表出せって言われると思うわ
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