第90話 「虚ろな表情」
ある日のホームルーム、がやがやとした喧騒の中でクラス中にプリントが渡される。そこに書かれているのは高校生にとっては一度しかない大イベントについて。
そう、いよいよ三週間後に控えた修学旅行についてだった。
僕達の行先はなんとアメリカ。私立なだけあって毎年修学旅行は海外に行っているみたいだけど、今年はアメリカ・ニューヨークかあ。僕自身海外なんて初めてだしわくわくしている気持ちを感じている。こんな気持ちはいつ以来かな。
そんなことを考えているうちにプリントが回ってきていた。そのプリントには修学旅行の詳細が書かれている。手渡されたプリントを一枚手に取って後ろの席の犬飼さんに渡す。
そういえば夏休みに一足先にアメリカへ行ってきたんだよね。ご両親と会うためにロサンゼルスとニューヨークに行ってきたと聞いたけど、それを話す時の楽しそうな表情が今でも印象に残っている。 きっと今回も楽しみにしてるんだろうなあ。
そう思ってプリントを後ろへ回すと……。
「……はあ」
帆杖をついて斜め下を見ている。加えてどこか上の空でため息までついていた。
何か悩みでもあるのかな? いつもの姿からは想像もできないほど。落ち込んでいるというのもまた違う、無気力というような状態に見えた。こんな姿は見たことがない。
「あ、あの……」
「ん? あ、ごめん」
すぐにプリントを受け取る。特に問題なかったように振る舞ったので僕も前を向く。
けれど何かがあったのは間違いないと思った。それを聞き出すのはさすがに気が引けるしもしかしたら触れられたくないのかもしれない。
何とか力になれるのならなりたいけど……。
それからは特にそういった様子は見せていなかった。お友達や僕と接する時はこれといって気になるところは見せなかったし、僕もそこについて触れることはしなかったんだ。
……だけど、心のどこかにまだ何かが残っている。そんな風に思わせることもあったんだ。
それがなんなのか、それが分からないのがなんとももどかしいけど……。
◇
そうしていよいよ修学旅行当日の朝を迎えた。集合場所の空港には既に多くの生徒が揃っている。修学旅行、それも海外ということもあってかみんなドキドキしているようでそれがひしひしと伝わってきていた。
それは犬飼さんとて同じ。それが伝わるからいっそうもう一つの感情が浮き彫りになるんだ。他のみんなは気づいていないのかな……?
「おーし、もうすぐ出発するぞ!」
先生の一声でみんな飛行機の搭乗準備を始める。出発前に携帯電話をチェックするとLIMEのメッセージが二件入っていて、アプリを開いてみると蓮ちゃんと先輩からだった。
『修学旅行楽しんできてねー! お土産待ってるよ♡』
『怪我や事故に気を付けてね。楽しんで!』
思わず顔が緩んでしまう。二人に感謝の意を込めた返信を送り電源を切る。そして僕も搭乗手続きへ。
いよいよ始まるんだ、僕の――僕達の修学旅行が。
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今回より修学旅行編が始まります。一応長編という扱いにはなりますが話数的にはそこまで長くならないかもしれません。正直描きたいネタが少ないので…。
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