第82話 「約束を守るため」
「いらっしゃいませー!」
「おーい、料理できたか!?」
「ほれ、六番テーブルお待ち!!」
十三時頃になると客足がピークになっていた。お昼ごはんをここで済ませようとする人達が多いようで外には待ち列ができているくらい。
それと気になるのは足を運んでくれたお客さん達がひそひそ話しながら僕を見ていたこと。
「あの子じゃね?」
「噂通りだな」
「超かわいくない?」
「本当だね~」
噂通り? いったいどこからそんな話が出回ったんだろう……。そもそもどんな噂が出回っているのかな……。
「色々話を聞いてみた結果どうやらさっきのいっちーの一件が出回ってるみたいね」
「そ、そうなんですか……」
キッチンで料理を待っている間に宇藤さんから話を聞いた。噂に尾ひれのような感じに僕達のクラスの噂が学校中に広まったみたい。
それは僕のせい……ではないですよね?
「忙しいけどこれは売り上げを獲るチャンスだからね。いっちーも気合入れてこ」
「は、はい」
さすがに疲れてきてはいたけど頑張らなきゃ。宇藤さんの言った通りこれは売り上げを伸ばす絶好の機会なんだ。それに今は犬飼さんが大量の鼻血でダウンしてしまったのでホールは人手が足りていない。
だから僕もみんなも倍頑張らないと。
けど想定外、というより僕の想定が甘かったんだと思う。こんなに沢山のお客さんが来るなんて思ってもみなかったんだ。
だから人手が足りないせいで僕が自分のシフトを過ぎても終われない、いわゆる残業をしてしまった。
もうすぐ十四時になる。二年生の教室は体育館から一番離れてた場所にあるから急がないといけない。
「も、もうすぐ時間に……!」
けれども客足は一向に途絶えない。何人かは交代で入ってきたけど、それでも捌ききれなかったから総動員している。
約束したのに……! 観に行くっていったのに……!
限界が訪れそうになったその時、ふと外の方へ目を向けると列は少なくなっていた。ピークの時間を過ぎたことと、みんなが頑張っていたおかげでお客さんが減ってきたんだ!
そしてそんな状況で僕の耳に入ってくる声があった。その声を聴いた瞬間に一瞬力が抜けていきそうになってしまう。
だって、声の主は――。
「たっだいまみんな!」
「おお……」
「帰ってきたか!」
「おかえり!」
鼻血でダウンし別室へ運ばれていた犬飼さんが戻ってきてくれたんだ。これを機にシフトの入れ替えが行われようやく僕も休みになった。
時計を見るとあと十分しかない……! そうなると着替えている暇はないや、この格好のまま行くしかない。
「す、すいません! 僕行かなきゃいけなくて……後はお願いします!」
「おけまる、任せて!」
肩をポンとされ犬飼さんは接客へ。
僕はそのまま体育館へ向かう。急がないと!
「はあ、はあ……!」
踊り場で息を切らしてしまう。こんな時に体力が……! うう、なんで僕は……!
人通りの少ない踊り場で息を切らし膝をついてしまう。うまく呼吸できず苦しい……。
あと何分くらいだろう? 腕時計を持っていないから時間が――そうだ、スマートフォンなら!
「あ……」
そっか、着の身着のままだったから教室に携帯電話は置いてきたままだったんだ……。膝も笑っていて今すぐには回復しそうにない。
い、行かなきゃ……!
「あの、大丈夫ですか?」
「は、はい……大丈夫です……」
息を切らし顔を上げることすらままならない僕に男性が声をかけてきてくれた。
「す、すいません、大丈夫ですので……」
「そうですか。じゃあ……一枚だけ写真を撮らせてもらえませんか?」
「しゃ、写真……?」
写真……。これが仕事中なら写真を撮ったりしてたけどあいにく今は急がないといけない。申し訳ないけどここはお断りしよう。
僕には行かなきゃいけない所があるんだ。
「す、すいません。今は――」
息を整え顔を上げる。しっかりと断るために。
――と思ったけど、男性の顔を見た瞬間妙な違和感がした。なんだろう、うまく言い表せないけど、何かが引っかかるこの感じ……。
もしかして、前に……どこかで……?
次の瞬間、一気に記憶がフラッシュバックする。そう、あれは約一年前のこと。忘れるわけがない、だってそれは僕と先輩が始めて会った日だったから。
「あ、あー!! 前に僕のこと痴漢した人!!」
「ん? あ、あの時の!」
こ、こんなことが……!
「あ、あの……」
「こんな所で会えるなんて偶然ですねえ!」
段々と僕に近づいてくる。踊り場の角に追い詰められてしまう。
あの時の記憶が鮮明に浮かび上がったせいか、体は動かない。いや、動かせない……。
「いいでしょう? ね?」
「い、いや……」
め、目が怖い……。このままだときっと僕は危ない目に遭う……。
約束の時間は過ぎてしまったのかな。それとも走れば間に合うのかな。どっちにせよ、このままでは先輩との約束は果たすことはできそうにない。
「や、やだ……」
「一枚、いちま――ぐふう!」
「!?」
いきなりうめき声を上げその場に蹲る。何があったの!?
「なあにしてんだこのオッサンは」
「大丈夫一ノ瀬?」
座り込む僕の前に現れたのは僕と同じシフトで休憩中だった龍崎さんと朝桐さんだった。
た、助かった……!!
安堵からか目からぽろりと涙が落ちてくる。
「うう……ありがとうございます……!」
「ちょ、大丈夫!? ま、まあ泣いてる姿も私は――」
「おい。じゃあ、先生に報告を――」
「あ、それは……!」
先生に報告しに行ったら確実に間に合わない。約束を破ってしまうことになる。
「すいません、今何時ですか?」
「今?」
「えっと、二時五十八分ね」
あと二分……!! 急げばギリギリだけど間に合う!!
「あの、僕用事があって!」
「そうなの?」
「じゃあ私に任せなさい」
「達を付けろよ」
「あ、ありがとうございます! よろしくお願いします!」
「あいよ! おら、立ちなこの変態!」
お二人に任せて僕は先を急ぐ。任せてしまうのは後ろめたいけど、僕はどうしても譲れないんだ。
時間が経ち少しだけど足が動くようになった。苦しくても体育館を目指して走る。
そうしてようやく体育館にたどり着いた。ちょっとの距離を走っただけで息は切れて顔は汗だく。自分の体力のなさが嫌になってしまう。
……でももういいんだ。ギリギリだけど、間に合ったんだ!
「ま、間に合った……」
「あれ、一和じゃん!」
「瑞人君!?」
体育館の中に入った僕に声をかけてきたのは先輩の弟である瑞人君だった。
「って、どうしたんその格好?」
「いや、これは僕のクラスの出し物で……」
「へえ、すげえ似合ってんじゃん」
「そ、そうかな……って、そんなことより、どうしてここに?」
「どうしてって、そりゃあ観に来たからだよ」
観に来たって、先輩のクラスのダンスを観に来たということなのかな?
先輩が参加しないのにわざわざ観に来るなんて。
「もしかして、聞いてないの?」
「え?」
「姉ちゃん――」
「みなさん、お待たせいたしました! ただいまより――」
「あ、始まるみたいだぜ」
「う、うん」
体育館内が暗くなりステージにライトが当たる。同時に幕がゆっくりと上がっていった。
その後ろにいたクラスの人達が姿を現す。みんなお揃いの青いクラスTシャツでバッチリと決まっていた。
でも僕の目はすぐにその中心に釘付けになる。だって、そこにはいるはずのないその人がいたのだから。
そんな、なんで……!?
「三年二組です、よろしくお願いします!!」
一人の生徒がマイクで挨拶をする。声は聞こえるけど姿は僕の目に入ってこない。さっきからずっと僕の目には一人しか映っていないんだ。
「先輩……!」
閲覧ありがとうございます!
今回の展開はかなり迷いました…笑
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