第80話 「私にはないもの」
学園祭まであと二日。私達のクラスは金曜日の校内日は披露せず練習に費やすこととなった。それは私が代理を務めることになったことと、できる限りはブラッシュアップしたいという気持ちからだ。
『――♪』
ここまではうまくできた。
よし、これで最後の……!!
「――――!!」
ズシンとした衝撃が下半身に響く。だが着地はうまくいった。いけた……のか!?
「はあ……はあ……!!」
「すげえ姉ちゃん!」
疲労を感じその場に座り込んでしまう。
今は自宅の庭で個人練習をしているのだ。曲は音楽プレーヤーに入れたし、私の携帯で瑞人に動画を撮影させている。
「ど、どうだった?」
「今までで一番良かったんじゃない? ほら」
携帯を受け取り動画に目を通す。この数日練習を積んできただけあってかほぼ通しで踊れるようにはなっていた。さらに最後の見せ場である宙返りもうまくいっている。
これなら大丈夫――いや、ダメだ。
「瑞人、もう一度頼む」
「え、もう一回?」
「ああ」
「まあいいけど」
もう一度最初から曲を再生する。その日の個人練習は零時近くまで続いた。
◇
「はあ、はあ……」
「す、凄い! 凄いよ颯さん!!」
「そ、そうかな?」
本番までいよいよあと二日。私は徹底して個人練習を積んでおり今は空き教室で林さんと二人だけで練習している。
「もうほぼ完璧に踊れてるもん! これならすぐに全体練習にも混じれるよ!」
「そうか、ありがとう」
今までは話したりする機会がなかったが、彼女は凄く優しくかつ真面目で好印象がもてた。丁寧に教えてもらえたことが踊れるようになった大きな原因だろう。
それは言い換えれば彼女の真剣な熱意が表れていた。ダンスに対して本気で向き合ってきたのはこの数日でよく分かる。格闘技に対し真剣に向き合ってきた自負のある私だから理解できるものもあるのだろう。
「午後からはみんなと一緒に練習しよ」
「ああ」
「それと……」
何かを言おうとして口ごもる。
「?」
「この間のこと、ごめん」
「この間?」
「ほら、陽菜子のこと……」
「ああ……」
先日私が代理を申し出た時に私に対して林さんと仲のいい黒田さんが意義を唱えた。そこで私に浴びせられた言葉は確かに突き刺さるものではあったが、私自身はそう言われても仕方ないと思ったし甘んじて受け入れていた。だから彼女が謝る必要なんて一切ないはずだ。
「いや、気にしてないよ。今回は私に非があるし」
「ううん。元々は私の落ち度だし、むしろ颯さんには感謝してる。でも、陽菜子のことは嫌いにならないで欲しいんだ」
「いや、そんな……」
「陽菜子は幼馴染だけど、凄くいい子なんだ。ただちょっと冷静じゃなかっただけで、私のことを思ってくれての発言だったから。だから嫌いにはならないで欲しい」
お互いを大事に思っているその関係は私には眩しく見えた。私は孤立していたし、個人競技の選手でもあるから中々こういった繋がり――同世代の友情というものには縁がなかったんだ。そんな関係が羨ましい、そう感じていた。
それはきっと私にはないものだから。
「嫌いになんてならないさ」
「……ありがとう!」
◇
「よおし! 今日は校内だけではあるけど、明日の試運転にもなるから気合入れてこう!!」
「おおー!!」
いよいよ金曜日、今日は生徒達に対して出し物を行う。だからといって大事じゃないというわけではなく、明日の練習という意味合いも含まれている。そのためみんな本番のつもりで臨んでいる。
うう、緊張するなあ……。今日でこれだけドキドキしてるなら明日はどうなるんだろう……。
「いいかねいっちー。我がクラスの売り上げは君の両肩にかかっている」
「そ、そんなこと言われたら余計緊張しちゃいます……」
「ちょっと比奈、ガチガチにさせてどうすんのよ」
まるで金縛りにでもあったかのように体は固くなっていた。アルバイトのおかげで接客自体は問題ないけど、この格好だしなあ。その上期待されてるなんて考えたら僕はもう……。
「しゃ~ないな~もう」
「ひいっ!!」
「こうすれば落ち着けるっしょ?」
何が起こったのかというとガチガチになった僕の肩を後ろから犬飼さんが優しく揉んでくれた。力加減は絶妙で痛すぎず、それでいて力が抜けていくような和らぎを与えられるような。さっきまでの緊張はどこへやら、今は柔らかな感覚に包まれている。
凄い上手だなあ……。
「はい、こんなんでどう?」
「あ、ありがとうございます……」
「く~羨ましい……!」
「お、俺もお願いします!」
「うわ……」
「男子……」
以前と違い僕に危ない視線が向けられることはなかった。その代わり羨望の目が向けられている気がするけど、これでも僕にとっては大きな変化だと思う。
「ほらほら、もうすぐオープンなんだから!」
こうして学園祭一日目はスタートした。クラスの中心にいる人達は知り合いが多いため、他のクラスからたくさんのお客さんが訪れている。僕は顔を赤くしながらもなんとか接客を続けていた。
普段目立たない存在の僕は名前すら知られていないし――体育祭の一件で顔は知られている――知り合いもほとんどいない。だから去年同じクラスでない限りはやってくるお客さんは知らない人ばかりで、どうしても冷静でい続けられなかった。
「あの子かわいい~」
「ほら体育祭のときの」
「え、じゃあ男なの!?」
う~ん、褒められてるのかそうでないのか……。
そんな風に丸一日過ぎていき、校内日は終了した。
約束していた先輩のクラスのダンスだけど、プログラムによれば今日はやらなかったようで明日一日だけの発表みたい。時間はお昼の二時から。その時間はきっちりシフトを空けてもらったから問題なく観に行ける。
それに今日はシフトの都合が会わなくて行けなかったけど、蓮ちゃんのクラスにも行かなきゃ。
……できれば先輩に直接会ってみたかったけど……。こればかりは仕方ないことだもんね。
◇
「よし、今日はここまでにしよう」
「この感じならいけるぞ!」
「ああ!」
ついに最後の全体練習が終了した。とうとう明日の本番を残すだけ。
この数日間自分で言うのもなんだができる限りのことはしてきたと思う。全体練習でもみんなとはうまく合わせられていた。
「いよいよ明日だな」
「ああ」
「緊張する~」
みんなも本番を明日に控えて気が気でないようだった。それは私自身もそう。様々な感情が頭の中を駆け巡っている。当然不安が最も大きいのだが。
練習は十分してきたがだからといって本番でうまくいく保証なんてどこにもない。私もみんなも未経験者がほとんどだしね。
「大丈夫?」
「ああ、大丈夫……とは言い難いかな……」
強気でいられればよかったのだけどな……。
「そんなことない、大丈夫だよ!」
「ありがとう……ありがとう!」
励まされるということがこんなに心強いものだと感じたのはいつ以来だろうか。それも学校行事でなんて。不思議と力が沸いてくるようなこの感じ。
だから信じよう、自分自身を。
そして……絶対に彼は約束を守ってくれる! 多くは望まない。ただ見ていて欲しいんだ、私のことを!
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