第79話 「一員」
「ちゅ、中止って……?」
「相手選手が練習中に眼下底を骨折してな、試合まで一週間を切っていたこともあって代理の選手も見つからなかったらしい。申し訳ないが今回の試合は見送って欲しいとのことだ」
怪我で試合が流れた……。
「まあ運営直々に謝罪してきたし、事情が事情だからな。今回は仕方ないことだ」
「分かりました」
「というわけで日曜の試合はなしだ。せっかくなら学園祭楽しんでこい」
「は、はい!」
試合がなくなればなんてことはもちろん思っていなかった。だがこれは神様が与えてくれたチャンスなのかもしれない。
災い転じてではないが、これをいい機会だと開き直ってしまおう。そう、これで彼と……。
◇
翌日、私らしくもなくワクワクとした気持ちを感じながら学校へ行く。そわそわとしていたから結局昨日は試合がなくなったことは伝えられなかった。
表情がついつい緩んでしまう。いけない、こんなでは気味悪がられてしまうな。
「よし」
クラスのみんなには何と言おう……。ろくに練習にも出ていなかったのにいきなり参加させてくれだなんていうのはあまりにも都合がいい話だ。
だが最後の学園祭、どんな形でもいいから協力したいと思っている。しかしみんなからすれば気持ちのいい話ではないだろうし……。
そんな風に悩みながらクラスへ入った私の耳に突然大声が突き刺さった。
「ええ、本当かよ!!」
驚くように視線を声のした方へ向けると人だかりができていた。見ればクラスの一員でありダンス部に所属している林さんが椅子に座って泣いていた。その足にはギプスがつけられている。何があったのかはこの時点である程度察していた。
「ごめんみんな……!」
「ど、どのくらいで治るんだ?」
「バカ、骨折してるんだぞ!」
話の流れを聞いていた感じで推測するなら今度のダンスでセンターの立ち位置であった上に見せ場であるメインのダンス部分があった彼女は家で個人練習をしていた際に足を怪我してしまったらしい。当然そんな状態で踊れるわけがないのだが、メインのダンス部分を代わりにできるメンバーが他にいないのだ。そういうったことになってしまったため八方塞がりになってしまっている。
なぜなら彼女のメインパートはなんとその場で宙返りをするというものだからだ。
「じゃ、じゃあ個人パートはどうすんだよ?」
「ちょっと、何その言い方!! 真里菜の気持ち考えてよ!!」
「あ、悪い……」
「少し落ち着けって。拓真だって悪気があって言ったわけじゃないだろ?」
「やめて……全部私のせいだから……!」
こんな状況であるが故に誰もが不安を抱えている。そのせいで目に見えて空気が悪くなっていた。
「もうよせ、誰も責めたりしないよ」
「俺も、悪かった……」
「けど実際ダンスはどうするの?」
「振付を変えるしかないだろ」
「けど本番まで時間も……」
「でも誰も真里菜の代わりなんてできないでしょ?」
「それにあたし達がやって欲しいって頼んだんじゃん! そんな簡単に変えるのは……」
こうなるのは無理はない。宙返りなんてそう簡単にできるものではないし、ダンス部所属の林さんだって練習に練習を繰り返してできるようになったのだろう。それをたった数日でできるようになるなんてあまりにも荒唐無稽だ。
……だが私には宙返りのできる人間に一人だけ心当たりがある。
「ん?」
「どうした?」
みんながどんどん私の方を向いてくる。それもそのはず、私が大きく手を挙げているからだ。
「颯さん、なにか?」
「私なら……私なら代わりになれる!」
「ええ!?」
一斉にざわつき始めた。それも当然の反応だろう。
だが私は宙返りができる。あまり人前でやったことはないが、以前試合の勝利後のパフォーマンスとしてジムの先輩の選手に教えてもらったことがあったからだ。
そう、私なら代理も務められるだろう。
「だ、代理になれるって……」
「彼女のパート、私なら宙返りできる」
「ほ、本当!?」
正直言って思い付きに近かった。だが私にとっては千載一遇のチャンスでもあるんだ。最後の学園祭でクラスの一員として協力できる……!
「確か試合があったんじゃないのか?」
「し、試合は中止になった」
「でもよ、今から振り付けを覚えるのは……」
「ある程度なら分かる。みんなとは練習していないけど、この前の全体練習で撮影係もしてたし」
それになによりあれだけ音楽番組やらなんやらで大ヒットしている曲だ。いかに私がそれらに疎くてもある程度の振り付けは知っている。もちろん練習は必要だろうけど、メインのパートを重点的に練習すれば私でも踊れるだろう。
「おい、これならイケるんじゃないか……?」
「うん、振り付けも変えなくて済むし!」
「あと四日しかないけど、覚えられさえすれば……」
みんなが段々好意的になってきていく。それが私には嬉しく思えた。これまでこんな風に見てもらえたことなんて殆どなかったからだ。
「ちょ、ちょっと待ってよ!!」
声を荒げたのは林さんの親友である黒田さんだった。
「みんな簡単に言ってるけど、それじゃあ真里菜はどうなるの!!」
「ちょっと陽菜子……」
「真里菜はさ、クラスのために頑張って、私達の頼みも聞いてくれて……! それなのにこんな簡単に変えられちゃったら真里菜はどうなるのよ!」
「陽菜子、私は大丈夫だから!」
その言葉には様々な重みがあった。親友への思い、クラスメイト達への怒り、そして私への憎しみ……。
「颯さんもだよ!」
「!」
「今まで練習に参加してなかったのは仕方ないにせよ、中止になったからっていきなり参加してきて代理でやらせろなんて虫が良すぎるわよ!」
「……」
「陽菜子!」
「色々言ってるけど、ただ目立ちたいだけなんじゃないの!?」
目立ちたいだけ……。
その言葉は私の胸に鋭く突き刺さった。まるで鋭い針で胸を刺されたような痛みが襲う。言い訳も反論もできず私はただただ俯いている。
それに、きっとそれは事実でもあるだろうから。
「ひ、陽菜子!!」
「おい! いくらなんでもそんな言い方は……!」
「私は……」
それは痛みをこらえてようやく吐き出せた言葉だった。
「私はどう言われようが、どう思われようが構わない」
これが私の本心なんだ。今回のことはどう考えても黒田さんの方が正しい。逆の立場であれば私も同じように思っただろう。筋が通っていないのは私の方だ。
それでも……それでも!
「全ては行動で示す」
「そ、そんなこと言われても――」
「じゃ、じゃあ私が教えるよ!」
指導役を買って出てくれたのは林さんだった。
「真里菜、いいの……?」
「うん。そもそもは私がみんなに迷惑かけちゃったんだし、代理を引き受けてくれたんだもの。このくらいは……ううん、このくらいしかできないから!」
口調は明るかったがその奥底には悔しい気持ちが滲み出ていた。きっと私には想像もつかないような思いなのだろう。
ならばその思いも背負おう。私のためだけではない、クラスのため――林さんのため!
「お……お願いします!」
「うん……うん!!」
きっと言葉にしなかっただけで同じように思っている人はいるだろう。しかしそんな中でも林さんは私を受け入れてくれた。悔しくて悔しくてしょうがないはずなのに。
だから私はやるしかないのだ。
「いいよね、陽菜子?」
「ま、まあ、真里菜がそう言うなら」
「よおし、林の分まで頑張ろうぜ!!」
「おおお!!」
それはきっと綺麗な形ではないかもしれない。けれどクラスが曲がりなりにも一つにまとまっていたような気がした。それは私のおかげではなく林さんの存在があってこそだろう。だが私もその一員になれた、私自身はそう思っている。
見ていてくれ、一ノ瀬君。きっと君に今までとは違う私を見せてみせる。
閲覧ありがとうございます!
学園祭編というよりもう先輩編ですね、はい。
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