第8話 「私の……!?」
連続投稿2話目です!
それは二学期最後の日、つまり終業式の朝。
「あたしクリスマスは彼氏と旅行してくるから」
そんなお姉ちゃんの一言が始まりだった。
今朝は家族全員で揃って朝食。週に一、二回はこういう日がある。お父さんとお母さんは仕事があるしお姉ちゃんも大学の講義によって起きる時間が違うから今では滅多に揃わないんだ。
「あらそう。すっかり大人になっちゃって!」
「毎年だが父さん達もちいと泊りに行ってくる」
僕のお父さんとお母さんは未だに仲がいい。それ自体は凄く良いことなんだけど、仲が良すぎて困るっていうか……。
しょっちゅう夫婦水入らずで旅行に出かけてるくらい。
「いやあ楽しみだなあ」
「本当ねえ」
「……バカ夫婦……」
「はは……」
そうか、今年はお姉ちゃんまでいないんだ。
「ということは僕一人?」
「そっ。留守番よろ」
まあ、それでも困ることはないんだけど。でもせっかくのクリスマスに一人ぼっちはちょっと寂しいな……。こういう時に友達がたくさんいる人は困らないのかな。
「で、一和はどうなんだ?」
「ごほっごほっ!!」
思わずお味噌汁を一気に飲み込んでむせてしまった。いきなりそんなこと聞かれるなんて思ってもみなかったから……。
「ど、どうって?」
「お前くらいの年齢ならどんどん青春しないともったいないぞ。なんせ父さんがお前くらいの頃には何人もの女子を――ごふうっ!!」
「過去の女の話はやめてくださいね? あなた」
お父さんの昔の話を聞かされる前にお母さんのチョップが首筋に命中した。お母さんは昔色んな格闘技を習っていたとかいないとか……。何よりも顔が怖い……。
「けどそうねえ。ねえ、好きな人くらいいないの?」
「えっと、いや、僕は……」
お母さんは楽しそうに僕に聞いてくる。答えに困ることを平然と聞いてくるなあ。確かに両親としては息子の恋愛には興味があるんだろうけれど。ましてお姉ちゃんは中学生の頃には彼氏さんがいたくらいだし。
けど好きな人か……。今までは考えたこともなかったけど、ちょっと気になる人なら――いや、僕とじゃどう考えてもレベルが違うや。
僕じゃあの人とは明らかに釣り合わない。だから僕もペットで満足しているんだと思う。
「父さんも母さんも、一和にそんな勇気あると思う?」
「……ごもっともです……」
そうだ、お姉ちゃんの言うとおりだ。僕にそんな勇気はない。今のままが一番良いのかもしれない。そんなんじゃダメなのかもしれないけど、実際釣り合わないよね。
本音を言えばちょっとお姉ちゃんが羨ましいとこもあるけど……。
◇
「じゃあ以上! 冬休みに入っても羽目を外しすぎないように!」
先生のホームルームが終わり二学期が終わった。明日から冬休みの始まり。
といっても僕には大した予定なんてないんだけど。
「は~終わった~」
「ねえ、今度ディスニイ行こうよ!」
「いいね!」
「どっか寄ってかね?」
「そうだな、マップ行こうぜ!!」
「また連絡するわ」
「おお、またな!」
クラスのみんなの様々な声が耳に入る。みんな楽しそうだなあ。僕もみんなとああいう風に話せたらよかったんだけど……。
そっとため息をつき帰り支度をする。
「一ノ瀬、この前のテストのことでちょっと聞きたいことがあるんだが。後で職員室に来てくれるか?」
「あ、はい」
先日のテスト、それはあの僕が痴漢にあった日のことだ。
さすがにそのまま学校へ行くわけにもいかず、次の日に追試という形で受けさせてもらえることとなった。一日伸びたおかげか、自分の中ではかなり高得点を取ることができたのは不幸中の幸い。
けど、もうあんなことのないように祈っている。
「冷えるなあ」
喧噪の残る教室を後にし職員室へ向かう。今日は犬飼さんからの呼び出しがない。多分お友達と一緒に帰るんだろう。
と、思っていた矢先――。
「失礼しゃーす! あ、わんこ」
「い、犬飼さん!?」
まさかの遭遇……!
職員室にいるということは何か用事があったのかな。
「どうしたんですか?」
「いや~ホームルーム中に携帯いじってんのバレちゃってさ~没収されちゃったんだよね。マジ厳しすぎじゃない?」
「さすがにダメですよ……」
特に悪びれた様子もなく答える。反省は全くしていないみたい。けどまあその方が犬飼さんらしい。
「じゃああたしは友達待たせてるから。またねっわんこ!」
「は、はい!」
そう言い残し去っていく姿を見て何だか心が和らぐ。あの人は変わらないなあ。
僕がもっとかっこよかったら、自分に自信が持てていたら、学校でも普通に会話してたりしたのかな……?
「あ、そうだ」
僕も先生に呼ばれてたんだった。早く行かないと――と思ったその時、職員室から出てきた人物の姿が目に入った。
その人は僕が会いたかった人でもある。
「失礼します」
「あ……」
「あ」
その人は先日僕を助けてくれた人。
「せ、先輩!」
「やあ!」
颯るか先輩、二年生で先日の騒ぎの時出会った。会ったのは今日で二回目だけど、間違いなく優しい人だ。
今日も今日とて爽やかで凛々しいその姿が絵になる。
「君も呼び出しかい?」
「ええ、まあ……」
「心配しなくてもいいよ、ちょっとした確認だけだったから」
健やかな笑顔で僕を見る。照れているのだろうか、僕は思わず目を逸らしてしまう。犬飼さんが可愛いというなら、先輩は美人という言葉が似合うようなタイプだった。
「じゃあ行ってきますね」
「あ、あの!」
職員室に入ろうとする僕を引き留める。その声のボリュームに少し驚いてしまう。
「な、何ですか?」
「あ、す、すまない……。その、終わったらでいいんだが君に頼みたいことがあるんだ……」
「僕に……ですか?」
先ほどまでとは全く違った雰囲気でこくりと頷く。何を考えているのかは僕には分からない。けどこの前助けてもらった恩もあるし無下にはできない。
しかし頼みとはなんだろう?
「わ、分かりました」
◇
「失礼します」
「ああ、気を付けて帰れよ」
深くお辞儀をし職員室の扉を閉める。外にはもう生徒はほとんど残っていないようで、周囲には静けさが漂っていた。僕の足音が職員室前に響くほど。
そんな状況の中でただ一人残っている生徒がいた。
「お待たせしました」
「ああ」
「それで、頼みというのは……」
「……ここじゃなんだ、場所を移ろう。時間は大丈夫かい?」
時刻はお昼時。とはいえ今日は特に用事もない。何もなければ家に帰ってゆっくりしようとしていけど、先輩のお誘いを無下にはできない。
「大丈夫です」
そう伝えると先輩はほっとしたような表情を見せた後、ついてくるように言ってきた。どこまで行くんだろう?
道中、互いに言葉を交わすことはほとんど無かった。それも無理はない、なんせ数日前に出会ったばかりでお互いのことをほとんど知らないんだから。
そんな状況のまま電車に乗り、数駅先で降りた。そのまま歩いて十分から十五分くらい経ったかな? たどり着いたのは住宅街。
「あの、ここって……?」
「……私の家だ」
「先輩の?」
……この状況が僕自身信じられなかった。ついこの前も女子の家に行ったけど、その数日後に同じようなことが起きるなんて。
けどあの時とは違う部分が一つある。あの時は濡れた僕が風邪をひかないように犬飼さんが家に上げてくれた。言わばハプニングのようなものだった。
けど今回は先輩自身が僕を誘ってきたんだ。その理由は分からないけど……。
「あの、颯先輩――」
「るか、でいいよ」
「その、るか先輩。頼みたいことって何ですか?」
「私の部屋で説明する」
そう言うと鍵で扉を開け中に僕を招き入れる。そのまま先輩の部屋に招かれた。ドキドキしてきちゃった……。
「し、失礼します」
部屋の中は綺麗に整頓されており仄かに甘い香りが漂う。これが女子高生の部屋……なんだ……。
そう関心していると先輩が部屋へ入ってきた。
「烏龍茶でいいかい?」
「あ、ありがとうございましゅ……」
慣れないおもてなしを受けたせいか若干噛んでしまった。けどそれを見て先輩はふっと優しく微笑む。
「そんなに緊張しないでいいよ。女性の部屋は初めてかい?」
「小さいころにはありました。一つ下の幼馴染なんですけど、よく一緒に遊んでて……」
「そうか」
学校で会った時はそうでもなかったけどここだと話が続かないな……。僕にもっとそういう話せる能力があれば……!
何とか話を繋げようと部屋の中を見回してみる。そこで目に入ったのは本棚にあった雑誌類だった。
「格闘技、お好きなんですか?」
「あ、ああ。君は……嫌いかい……?」
「い、いえ。ただよく知らないっていうだけで、その、良い趣味だと思います!」
正直な気持ちを言うなら僕はあまり好きではない。昔ちょこっとテレビで見たことがあったけど、殴り合うような光景は見ていられなかったんだ。けど先輩に対してそんなことは言いたくない。他人の好きなものを否定なんてしたくないから。
好きなものを否定されたら誰だって嫌な思いをするよね。僕にも似たような経験がある。だから僕は否定するようなことは絶対に言わない。先輩に嫌な思いをさせたくないんだ。
と、思っていたのだけど……。
「君は優しいな」
「え?」
突如として発せられたその言葉に固まってしまう。何かを見透かされたような気分になった。
そしてそれはその通りだったんだ。
「本当は好きじゃないんだろう?」
「……っ!?」
「反応を見ていれば分かるよ。けど私に気遣って敢えて何も言わなかった、そんなところかな?」
本当に見透かされてたなんて……! 図星を言い当てられて僕は何も言い返せずにいた。
「すいません……」
「なぜ謝るんだ? むしろ変に気遣って嘘をつき続けるよりも正直に言ってくれた方がよっぽどいいさ」
「先輩……」
沈黙が二人っきりの部屋に訪れる。気まずいわけではないこの空気、どうしよう……。
「あ、あの、それで本題に……」
「あ、ああ。そうだな……」
先輩は一息入れると同時に僕に近付きぎゅっと両手を握る。いきなりのことで僕は驚くとともに火が出るほど顔が熱くなった。
「あの……いきなりこんなこと言って、私を変な人だと思うかもしれないが、その……」
先輩が口を開く。そこで発せられた言葉、それはほとんどの人が耳を疑うものだと思う。普通なら頭にクエスチョンマークを浮かべてしまうだろう。
けど僕にとって、それは前にも聞いた言葉だった。
「私の……ペットになってくれないか!?」
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