第73話 「今までよりもあまあまな時間」
「はあ~……やっぱいいわ~」
放課後の教室に残っているのは僕達だけで静けさに包まれていた。外から微かに部活動の声や談笑が聞こえるくらい。
そんな中で僕は何をしている――いや、何をされているのかというと……。
「超落ち着くんですけど」
そう、誰もいない教室で犬飼さんに思いっきり抱き着かれているんだ……。確かに今までこんなことは何回もあったけどここ数日の、特に新学期が始まって以降は前よりもいっそう激しくなってきているような……。
「い、いつもより激しくないですか……?」
「そっ! 夏休み会わなかった分今まで以上に補給してるの!」
こ、この体勢は危ない……! 僕はこんな見た目でも男だし、こんなの理性が保てないよお……! やっぱり僕はこの人には永遠に勝てそうにない。
すると幸か不幸か、ちょうどチャイムが鳴った。これが鳴れば下校しないといけない。きっと普通ならもっとって思うだろうけど僕にとっては正直に言って助かった。だってあんな状態あと数分でも続いていたら僕は……。
「ちぇ~マジ残念」
「はあ、はあ……」
ど、動悸がする……。こんなの耐えられる人は世の中にいるのかな……? 少なくとも僕には自信がないや。
「じゃ、帰ろっか」
「は、はい」
完全下校時間である以上僕達も下校せざるを得ない。二人で帰り道を歩く。ちなみに今日は蓮ちゃんは先輩のとこへ練習に行っているみたい。
けど今日はそれでよかったように思う。夏休みに会えなかったことで犬飼さんの僕への気持ちはいっそう強くなっていたみたいで、さっきみたいな状況をもし蓮ちゃんに見られたら……。もちろん僕のことをそこまで想ってくれているのは凄くうれしいんだけどね。
「あ、ちょっと寄り道してっていい?」
「いいですけど」
「あざまる!」
連れられるように訪れたのはとある屋台のある公園だった。前にタピオカティーを飲みに行ったことはあったけど、今回はどうやら別なお店みたい。このお店は何だろう……?
周りを見ると若い女性客が中心で男性客は数えるほどしかいなかった。僕もその少ない男性客なんだけど、今まで女子と間違えられたりなんて慣れっこだったから気にならない。
「これは……はっとぐ?」
「知らない? チーズハットグって言って最近めっちゃ人気なの」
「う~ん、聞いたことないです」
お店のメニューが書いてある立て看板を見ると写真が載っていた。アメリカンドッグのようなものの中にチーズが入っているみたいで、初めて見るけど美味しそうな食べ物だと思った。
「じゃあ買いに行こっか」
「はい」
前回のタピオカの時は恥ずかしながらもお金を出してもらったから今回はちゃんと自分の分を出させて欲しいとお願いした。いくらなんでも二回もご馳走してもらうわけにはいかないもの。
夕方ということもあって少し落ち着いていた時間だったのか、長い時間並ぶことなく買えることができた。
「い、いただきます」
全く味を知らない未知の食べ物にドキドキしながら口をつける。すると衣のサクッとした感触がした後、チーズの味が口の中に広がっていく。
お、美味しい……!
「どう? ウマいっしょ!」
犬飼さんの問いに僕はこくりと頷く。そのまま噛み切ろうとすると中のチーズが伸びてしまう。何とか切れるように棒を動かしてみるけどチーズはさらに伸びてしまう。
「んん……」
「ヤバ、鬼きゃわ……! ほらわんこ、こっちこっち!!」
チーズに苦戦していると犬飼さんに呼ばれたので横を向く。するとパシャパシャと写真を撮られてしまった。まあ嫌ではないんだけど……。と同時にようやくチーズが切れてくれた。
「へへ、鬼きゃわショットいっただき~!」
嬉しそうな表情でスマートフォンを眺めている。それを見る僕もただ照れくさそうに笑うしかできなかった。
そうして犬飼さんも自分のチーズハットグに口を付ける。どうやら僕のものとは味が違ったものみたいでチェダーチーズを使ったものとのことだった。
「チェダーお初だけどこっちもイケるなあ」
「美味しいですか?」
「うん! あ、食べてみる?」
そう言うと犬飼さんは自分の食べていたチェダーチーズ味のハットグを僕に差し出してくる。こ、これは俗にいう……関節キスというものでは……!?
けどチェダーチーズ味の方のも凄く美味しそうだなあ……。
「い、いいんですか?」
「いいよ。はい、あ~ん」
「え、ええ!?」
突然の行動に驚愕する。ま、まさかこんなこと……これはよく恋人同士がやるものでは……!
憧れがあったわけでもないけど、求められているのも事実だよね。さすがに周囲の目も少し気になるけど。
僕はゆっくりと口を開く。頬が熱くてたまらない。
「ほいっ」
ハットグを僕の口の中に入れる。チェダーチーズの濃厚な風味が口いっぱいに広がっていく。こんなに濃厚でまったりとした味わいな上に衣のサクサクとした感触が加わっているのだから美味しくないわけがない。
「ふぉ、ふぉいひいふぇす!」
あまりの美味しさに感激したせいか、飲み込まずに話してしまう。
「ははは、ちゃんと飲み込みなよ」
「あ」
気が付いていなかったから指摘されて顔が赤くなる。みっともない姿を見せてしまったのがとにかく恥ずかしくてしかたなかったんだ……。
「じゃあさ、それも一口ちょうだいよ」
「こ、これですか?」
「モチ!」
これはつまり僕にも……。それが分からないほど僕も鈍感ではない。
緊張で震えながらハットグを近づける。
「あ~ん♪ はむっ」
僕の買ったハットグを一口かじりつく。それはそれは幸せそうな顔で。
ハットグは何度も食べてはいるみたいだけど本当に美味しそうな食べ方をしている。
「あ~やっぱ鬼ウマだね!」
「そうですね」
実際ハットグは凄く美味しかったし、こんなに美味しいのなら人気が出るのも納得がいく。だけど僕にとっては味の美味しさよりもか、関節キスや……食べさせあいっこした方がどうしてもそれ以上に焼き付いちゃうんだ……。
夏休み会えなかった分の反動が僕をいっそうドキドキさせてくる。
その日一日僕は頭から今日の光景が離れなかった。いや、しばらく離れないし忘れられるわけがないだろうなあ。
これまでよりもよりいっそう僕はこの人に……。
閲覧ありがとうございます!
2日連続投稿です!コロナで大変な状況ですが皆様は大丈夫でしょうか?
久しぶりにこういう話を描いてみると本当面白くてしょうがありません笑
さて、次回からは学園祭編です。ラブコメのド定番ですね。
あまり言えませんが学園祭編はほぼ一人にスポットを当てるつもりです。しかしそれが誰かは今は秘密です!
あと思ったこと、要望等があれば感想いただけるとすごくありがたいです。
感想、評価、レビュー、ブクマ大歓迎です!
次回もよろしくお願いします!




