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第72話 「夢から目標へ」

「お待たせ!」

「じゃあ帰ろうか」

 

 新学期が始まって数日。夏休みで自由奔放な生活を送っていた生徒達も日々以前の生活を取り戻しつつあった。

 その一方暑さは九月になっても収束する気配が一切なく、未だに照り付けるような暑さは僕らに降りかかってきている。

 

「今日も暑いね」

「うん」

 

 蓮ちゃんと下校してる最中も必然的に話題は暑さになってしまう。

 

「昨日なんて夜中に起きちゃってさ」

「あ~。昨日は熱帯夜だったもんね」

 

 お昼過ぎの今でも大分暑く、ワイシャツの下のシャツは汗でべっとりしてしまっている。うう、早く帰って着替えたいな……。

 そんな時、通学路の途中にある公園に目がいった。あ、この公園って昔蓮ちゃんを助けようとして僕が肋骨を折ったあの時の公園だ。

 

「ん?」

 

 見れば二人の子供が木の近くで何やら話していた。その木の上の方を見ると赤い風船が枝に引っかかっていた。そっか、あの風船を取ろうとしてるんだ。

 その姿はあの頃の僕達を連想させるものだった。気の弱そうな男の子と励ます女の子。まるで僕達の子供の頃を見ているよう。

 

「どうしたんだろう?」

「ほら、あの風船」

「あ」

 

 蓮ちゃんも風船に気が付いたみたい。

 すると女の子が木に登り始めた。その姿は僕の頭の中であの時の蓮ちゃんと完全にリンクしている。

 

「あっ」

 

 けど木を登れずに落ちてしまう。高くまで登れなかったから怪我もなさそうだけど、その後も登ろうとしては落ちてを数回繰り返している。

 過去の自分が同じような状況を経験しているからか、何とかしてあげたいという思いはある。でもあそこまで高いとこまでいってしまったら悔しいけど僕には――。

 

「いっくん、これ持ってて」

「え?」

 

 蓮ちゃんは僕に鞄を放り投げるように渡す。すると木の方へ走っていった。何をする気なんだろう?

 

「れ、蓮ちゃん!?」

「よ――っと!」

 

 あの時以上の軽快な動きで一気に木を駆け上がっていく。その一連の動きがあまりにも見事で、そして綺麗で釘付けになってしまう。

 一瞬にも思える速さで風船の引っかかっている枝まで着いてしまった。やっぱり蓮ちゃんの運動神経は物凄いなあ……。そしてすぐに風船を持ったまま飛び降りてくる。

 

「はい!」

「あ、ありがとうお姉ちゃん!」

「ありがとう!!」

「よかったね」

 

 昔はあそこで足を滑らせたんだよね。それが今では……。成長を感じて何とも言えない気持ちになる。

 嬉しそうに去っていった子供達の表情が凄く印象に残った。やっぱり蓮ちゃんは凄いなあ。

 

「凄かったね蓮ちゃん」

「でしょ? 最近は先輩に格闘技も習ってるから色んな動きできるよ」

「そうなの?」

 

 先輩に習っていたというのは初めて聞いた。けどなんで格闘技を習い始めたんだろう?

 

「なんで格闘技を?」

「うん……実は、さ」

 

 視線を斜め下に逸らしながらそわそわとしている。何を言おうとしているのか、予想の付かない僕はごくりと生唾を飲み込む。

 そんな僕に対して蓮ちゃんが語る理由、それは――。

 

 

「実は、芸能事務所からスカウトされたんだ……」

「す、スカウト!?」

 

 思いもよらなかった言葉に大きな声を出してしまう。げ、芸能事務所って、つまりは有名人になるってことだよね……!?

 頭の中が困惑しているせいで何を言えばいいのか、どう反応すればいいのかが全く分からなくなっていた。目は泳いでいるしあわあわと落ち着きもない。むしろこんな状況では冷静でいられない方が普通なのかな。

 

「そ、それってどういう……?」

「うん、前に体育祭あったじゃない?」

「う、うん」

 

 忘れもしないあの体育祭。確かに蓮ちゃんはあの時も見事なまでの身体能力の高さを見せていた。……まあ僕もみんなもその後の方が目に焼き付いてるけど……。

 ……で、その体育祭からどういった経緯があったんだろう。

 

「あの日、保護者の中にボクのクラスメイトのお父さんが来てたらしいんだけどさ。その人が計音のスタッフらしくて」

「計音って……」

「ほら、リュウケンレッドとかヨクリュウレッドとかがいる事務所」

「そ、そうなの!?」

「そう。でね、高校を卒業したら是非契約して欲しいって言ってるらしくてね。アクションのできる女優になって欲しいんだって」

「てことは……」

「うん」

 

 蓮ちゃんは小さく頷く。

 

「ボクがヒーローになれるかもしれないんだ」

「す、凄い……!」

 

 小さかった頃、僕達はよくテレビの特撮ヒーローになりきっていた。けれどもそれはあくまでも子供特融のごっこ遊びみたいなもの。あくまでふりに過ぎなかった。

 でも蓮ちゃんは本物のヒーローになれる、その第一歩目を踏もうとしてるんだ。なんだかこの一瞬で凄い遠くの人になったような気がして、少し寂しくも思った。

 でも当然ここは素直に応援したい。

 

「じゃ、じゃあ卒業したら事務所に入るの?」

「……うん、今のとこはね」

 

 暑さすらすっかり忘れてしまうほどの衝撃だったからか僕達は公園で立ち止まったままだったことにようやく気が付いた。二人して再び歩み始める。

 

「ねえいっくん」

「なに?」

「ボクが本当に特撮に出れたらどうする?」

 

 どうする……か。色々返事は考えられるけど、ハッキリ言えることがあるとするのならそれは……。

 

「う~ん、確実に言えるのは……毎週チェックして録画もして……あと顔出しのショーにも絶対行くよ」

「そっか……そっかあ!」

「わっ! れ、蓮ちゃん!」

 

 嬉しそうな反応を見せると共に僕の腕に抱き着いてくる。ひ、人が少ない時間帯だからまだいいけど……。

 

 でも、そっかあ……。蓮ちゃんにも夢――いや、明確な目標ができたんだ。

 考えてみると僕だけ何も進路を考えていないような気がする。犬飼さんは自分の夢のために海外にまで勉強しに行ったし、先輩は言わずもがな。それに加えて蓮ちゃんまでも明確な進路を決めているんだ。

 もちろん僕はまだ二年生だし今すぐに考える必要はないのかもしれない。それに先に回答しなければならないことが今の僕にはある。それでもいつまでも悠長には構えていられないよね。

 恋に進路に、答えを出さなければならないことが今の僕にはあるんだ。

 

 蓮ちゃんと別れた僕はこれまで考えもしなかった進路のことを思いふと空を見上げてみる。

閲覧ありがとうございます!


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