第69話 「帰ってきたギャル先輩」
ミットを打つ鋭い音が響き渡る。それがまた気持ちいい。こんなに快感を感じるなんてね。
「よし、今日はここまでにしよう」
試合から三日後、約束通りボクは先輩のジムで格闘技を教えてもらっていた。今日は初日だから基本的なことだけしか教えてもらってないけど、いい運動になったと思う。
それにこれは物凄く役立つ。先輩がいてくれて本当によかったなあ。
「中々筋がいいじゃないか」
「そうかな?」
「ああ。本心では是非格闘家になって欲しいんだけどね」
そう言ってくれるのは凄く嬉しいけどボクは格闘家にはなれない。だって――――になれる可能性があるんだもの。格闘技を習ってるのもそのためなんだ。
「じゃあ次はいつにする?」
「う~ん、じゃあ――」
そこで言葉は途切れ、心臓がドキドキし始めた。なんでこんな風になるんだろう?
「あ……」
先輩もボクと同じような反応になる。だって、目の前にいるあの人は……!
「ただいま。パイセン、蓮」
「ギャ、ギャル先輩……!」
たった三週間だけなのに、なんだか懐かしい感じがする。別にいなくて寂しかったとかじゃないけど!
けどどこか安心してる自分がいるのも悔しいけど事実なんだ。
「帰ってたんだね」
「うん。昨日ね。で、ジムにならいないかなって思って。けどまさか蓮までいたなんてね」
そのまま三人で並んで歩いていく。こうして三人一緒に過ごすのっていつ以来だろう。ギャル先輩がアメリカへ行っていたのを差し引いても結構久しぶりな気がするな。
こうしてみると仲良しに見える。いや、実際ボク達の仲って悪くはないと思ってるけどね。
そんなことを考えながら歩いているとギャル先輩は紙袋から二つ小さな包みを取り出した。
「先輩、この前の試合勝ったんだってね。おめでとう」
「ああ。ありがとう」
「で、二人とも。はいこれお土産」
「おお、いいのかい?」
「気が利くじゃん先輩」
「そりゃあこんくらいはね。それと……」
言葉を濁す。はっきりと言葉を言えないのか、どこかよそよそしい。
すると先輩はいきなり頭を下げてきた。本当に突然だったからボクも先輩もびっくりして反応できずにいる。
「ちょ、先輩!?」
「ありがとう、あたしの我が儘聞いてくれて!」
なんのことかと思えばそのことだったのか。けどそれは出発前にも話したし、あくまでもるか先輩のためにという思いがあったから了承したんだ。それにボクも前に……。
と、とにかく! 今になって頭下げられても困るだけなのに。
「もう、前にも言ったが――」
「それでも、あたしはマジに感謝してるの。二人がああ言ってくれなかったら、きっとあたしあんなに楽しめなかった! だから二人にはすっごい感謝してるの!」
「もう分かったから先輩」
何とか顔を上げさせる。ボクにも先輩の気持ちは十分伝わった。だからもうこんなことはしないで欲しいんだ。だって、先輩らしくないんだもん。ボクもるか先輩もこんなギャル先輩を見たいとは思わないしね。
「ありがとう二人とも」
「まったく……」
「しょうがないなビッチギャルは……」
「それと、さ……」
頬をポリポリかきながら視線を下げ話す。何を言おうとしていたのかは分からないけど、多分軽いことではないのは間違いないと思う。
「ん?」
「あ、ううん! なんでもない! じゃあね!」
「あ、ちょっと!」
そのままそそくさと走って帰ってしまった。先輩は何を言いたかったのかな? 本人が帰ってしまったから分からないまま。
けどまあ、ようやくギャル先輩は帰ってきたんだ。なら、もう我慢する必要はないんだよね。
「ねえ先輩」
「ん?」
「ギャル先輩が帰ってきたってことは、もういいんだよね」
「そうか……! ……そうだね」
先輩もボクの言いたいことを察したみたい。そう、もうギャル先輩は帰ってきたんだからボク達二人は我慢しなくていいんだ。
今日この瞬間からいっくん争奪戦の再開なんだ。
「じゃあ先輩、ボクもここで」
「ああ。じゃあまた」
お互い言葉にはしなかった。けどその意志は十分理解している。格闘技を教えてもらっていても、先輩はボクにとっては恋敵なんだ。そしてそれはギャル先輩も同じ。
だからボク達二人の目は互いに訴えていた。絶対にいっくんを渡さない、って。
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