第67話 「その頃の2人は」
「へえ、こんな風になってるんだ」
ギャル先輩がアメリカへ旅立ってからもう二週間以上経ったかな。ボクは後楽園ホールへ来ていた。今日はるか先輩の試合の日、ボクもチケットを買って応援しに来たんだ。
格闘技の会場って初めて来たけど、独特な雰囲気があるんだなあ。それにしてもあの金網、あの中で試合をするなんてるか先輩は凄いや。
色々調べたところ今日の第六試合にるか先輩が出場するとのことだった。
「あ、次だ」
いよいよるか先輩の試合。
入場曲が流れるか先輩が姿を現す。遠くからではあったけど、はっきり見える。その目はいつもの優しい先輩ではなかった。まさに闘う人の目をしていたんだ。いつもの先輩とはまるで別人のようにすら思える。ここからでも思わず圧倒されてしまうほど。
「赤コーナー百六十センチ、五十二キロ。颯ええるうううかああ!!」
名前が呼ばれると同時に精一杯拍手を送る。
「いよいよかあ!」
「ファイッ!」
審判が合図するとゴングが鳴らされ試合が始まる。まずは距離を取りながらジャブを出していった。
相手のキックが先輩の腿へ当たる。するとバチン! という音が響いた。その音を耳にするだけで痛そうな気持ちになる。でも先輩は顔一つ歪まず、一切動じていなかった。
凄いな先輩……!
「頑張れ先輩!!」
周りの人に多少見られたけど、そんな視線なんてボクには気にならない。声を張り先輩を応援している。
ボクの応援が先輩に聞こえているのかは分からない。もしかしたら試合に集中しているうちは客席からの声援なんて聞こえないのかもしれない。それはボクには一生理解できない世界なんだと思う。
でもボクにはそれしかできない。力になれるのはただ応援することだけ。なら声が聞こえていようといまいと必死に声を出して応援するんだ。そうすればきっとほんの少しだけでも力になれるから。
「いけええ! せんぱああい!」
数分ほど経って金網の中では相手が先輩にタックルを仕掛けていた。けど先輩は金網を背にしているおかげで倒されずにいる。するとその状態で首に手を回している。そのまま後ろにのけ反るようにしていると審判がいきなりストップをかけゴングが鳴らされる。ここからだとよく見えなかったけど相手選手がギブアップしたのかな。けどということは……!
「先輩の勝ち!」
「勝者、颯ええるううかああ!!」
会場から無数の拍手がこだまする。ボクも手が痛くなるくらい拍手を続けた。でもそんな痛みは気にならない。先輩が勝てたことが嬉しくてそれどころじゃなかったんだ。
◇
「あ、先輩!」
「ありがとう、応援に来てくれて。ちゃんと聞こえてたよ」
「本当!?」
「ああ。一生懸命声出してたもの」
試合の後、先輩と待ち合わせしていた。応援に来たことをLIMEで伝えたら待ち合わせて一緒に帰ることになったんだ。
「おめでとう先輩!」
「ありがとう。けど言ってくれればチケットを用意したのに」
「う~ん、じゃあ次試合がある時は用意してもらおっかな」
「なら最前列を用意するよ」
そんな他愛もない会話をしながら帰路へつく。よくよく考えると先輩と二人きりって今までなかったような気がするなあ。とはいえ気まずさはそこにはなかった。もう出会って数カ月経つけど色んなことがあったからかな。
「先輩、怪我とかはなかったの?」
「ああ。今回は一ラウンドで終わったしね」
「先輩凄くかっこよかったよ。最後のなんて昔見た映画のブルー〇・リーみたいで!」
「最後? ああ、フロントネックチョークのことか」
「うん! あ、そうだ。試合前に言えなかったけどいっくんが応援してますだってさ」
チケットを買う際ボクはいっくんにも声をかけたけど、あいにく今日はバイトがあったとのことで一緒には来れなかった。ギャル先輩とはああ言ったけどこれはあくまでもるか先輩を応援しに行くだけだから問題ないよね。
「彼が?」
「うん。せっかくだけどバイト始めたってことで来れなかったんだ」
「そうか……」
納得しながらもどこか寂しそうな顔を見せる。ボクなにかマズいこと言っちゃったのかな?
「先輩?」
「あ、いや。……実は前に試合を観に来てもらったことがあってね」
「そうだったんだ」
「うん。……大分怖がらせてしまったけど……」
……! そうだったんだ……。確かに電話越しの声はどこか違和感を感じたけど、まさかそんなことがあったなんて思わなかった。
「ご、ごめん。知らなくて」
「いや、別にいいよ。でも君が知らなかったとはちょっと意外だったかも」
「いやあ、子供の頃はそういうのは見ないし、何より八年も離れてたしね」
さすがに八年も離れていれば知らないこともたくさんあった。変わらないものもあれば大きく変わったものもある。
「だからそればかりはボクも分からなかったよ……」
「だからいいって」
「けど先輩、いっくんはこうも言ってたよ」
「ん?」
電話した時、ある相談を持ち掛けられた。それは激励の言葉をかけたいけど何て言えばいいのか分からないというもの。
ボクは『頑張ってください』でいいと思ってたし、実際いっくんにもそう言った。そしたらいっくんはこう返してきたんだ。
『でも先輩は僕よりずっと頑張ってる人だから……軽々しく頑張ってくださいなんて言えないよ』
「――ってさ」
「そんなことを……」
「うん。結局何も思いつかなくて『応援してます』ってさ」
「そうか……そんなに気をつかわなくていいのに……」
先輩は言葉では多くは言わなかった。けど真横にいるボクにはその表情はハッキリと見てとれる。
「先輩、ニヤついてる~」
「なっ!」
大慌てしてる先輩は目新しく、ちょっとカワイかった。こんな表情もするんだ先輩。ついさっきまでの先輩を見れば想像もつかないくらいのかわいさで、同時にこんな一面があったことにちょっと驚いたんだ。
「ふふふ、先輩も結構乙女だねえ」
「そ、そんなことは……」
「でも嬉しいでしょ?」
ボクの問いに対して先輩は言葉では返事をしなかった。ではどう回答したかというと無言で頷くだけ。けれどそんな先輩が凄く可愛く思えたんだ。試合の時はあれだけかっこいいのに。
「私はどんな言葉でもいいんだ……ただ声をかけてくれるだけで」
「そっか」
「ああ」
ふと夜空を眺める。まだまだ夜は暑くて歩いてるだけで汗がでてくる。
そんな暑さを感じながら上空を飛ぶ飛行機が目に入り思い耽ていた。
「そういえば、もうすぐだっけ。ギャル先輩が帰ってくるの」
「だったかな?」
「よく考えればホント、我が儘な先輩だねえ」
「まあ、ね。けどある意味彼女らしいよ」
なんだろう、やっぱり嫌いになりきれないや。先輩も同じ思いなのは言わなくても伝わってくる。なんでかはボクらには分からないけどね。
「お土産の一つでも買ってきてもらたいよ」
「はは」
もう認めるしかないのかな。ボク達はギャル先輩を――――ボク達の友達の帰りを楽しみにしてるんだ。
そしてそれと同時にボクは先輩にある頼みがあった。
「ねえ先輩。実はお願いしたいことがあるんだけど」
「お願い?」
「うん。実は格闘技を教えて欲しいんだ」
「格闘技を? そうか、君の身体能力なら――」
「いや、そういうわけじゃなくて」
キラキラと目を輝かせていた先輩は一気に落ち込んだような反応をする。
先輩には悪いけどボクは格闘家になりたいわけではない。ではなぜ格闘技を教えて欲しいのか。それには理由がある。
そしてそれはもしかしたらボクの人生を左右するくらいのものなのかもしれない。
「実はね――――」
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次回は少し遡って再びアメリカが舞台になります。
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