第61話 「お願い」
「ありがとうございましたー!」
ジムの扉を開け先輩が姿を見せる。それを見計らったように先輩の前に姿を見せた。
「うっすパイセン」
「え? な、なぜここに?」
「いやあ、ちょっと調べてさ」
それは嘘で本当は前に尾行したことがあった……なんて言えるわけないよね。
珍しい組み合わせで並んで歩く。この光景をクラスのみんなが見たらどう思うだろう?
「それで、どうしたんだい?」
「……先輩にお願いがあるんだ」
「お願い?」
「うん」
このお願いがいかに身勝手なものか、それは十分分かってる。だけどあたしは……!
「実はさ、あたし八月にアメリカに行くんだ」
「アメリカ……!?」
「うん。パパとママがアメリカで仕事してるから、会いにね」
これは今まで先輩や蓮には話していなかった。別に隠していたわけではなく、単純に言う機会がなかっただけ。
でも今回に関してはちゃんと話しておくのが筋ってものだよね。
「それで……私にお願いというのは?」
「その……アメリカにいる間……」
「うん?」
「その、私がアメリカに行ってる間、待って欲しい!」
「……!? それはつまり……」
二人して足を止める。周囲の音だけが虚しさと共に耳に入ってきた。どれだけの時間黙っていたかは分からないけど、何も話すことができずにいる。暑さがあたしらを包み汗がだらだら流れていた。
そんな状況を打ち破ったのは先輩の方だった。
「どこか座ろうか」
近くの公園に移動しベンチに座る。もう夜だし子供は当たり前だけど誰もいない。そんな中で二人して自販機で買った飲み物を口にする。
一息ついたところで話は本題に戻った。
「で、要するに君がアメリカへ行っている間は一ノ瀬君のことを待って欲しい、と。そういうことでいいのかな?」
その問いに先輩の方を見ることなくこくりと頷く。顔なんて見られるわけない、なんせあたしが言っているのは物凄いワガママなのだから。
そんな複雑な気持ちを抱いているあたしに優しい言葉がかけられるわけがなく、先輩から発せられた言葉はあたしにとっては痛いほど突き刺さるものだった。
「それは随分と勝手な話だね」
「それは……! 分かってる! 分かってるけど、お願い! 後でどんなことを言われてもいい! 嫌われてもいい! どんなお願いでも聞く! だからお願いします、待ってください!」
必死な思いで頭を下げる。自分のワガママさは分かってる、けど……そのくらい負けたくないんだもん! そのくらい好きなんだもん!
後でどうなろうと構わない、だからこれだけは聞いてほしい!
しんとした公園で出される先輩の答えは――。
「顔を上げてくれ」
「……」
「心配しないでいい」
「え?」
どういうこと? あたしはそっと顔を上げる。
先輩の表情には怒りは感じられなかった。なんでだろう?
「夏休みの後半まで私は彼とは会わないつもりだから」
「そ、それって?」
「……八月に試合が決まっているんだ」
「そ。そうなの!?」
柔らかな笑みで頷く。それで心配するなっていうことか……。
「ご、ごめん! あたし知らなくて……」
「いや、いいんだ。結局お互い様だしね」
あたし超失礼なことしてたんだ……! 先輩からすればこんなお願いされるのはよく思わないよね……。逆の立場ならあたしだって……!
「ごめんね先輩……」
「やめてくれ、君らしくもない」
この人はどこまで器が大きいんだろ……。
「そんなわけで私のことは心配しないでいい。けど蓮君は……」
「う、うん。ちゃんとあいつにも話はする」
先輩はなんとか納得してくれたけど、問題はやはり蓮。あいつを納得させるのは相当苦労するのは間違いない。
……でもちゃんと真正面から向き合わないと。それはあたしのケジメなんだから。
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