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第60話 「好きな気持ち」

「……」

 

 ベッドに寝ころびながらそっと唇に手を当てる。もう昨日のことなのに未だに感触が残っている。感触だけじゃない。あの時の景色、匂い、胸の熱さ……。

 僕は……僕はどうしたいんだろう……。

 

「蓮ちゃんと……」

 

 この胸の高鳴り。これはきっと恋……なのかな? もしそうならこれまで蓮ちゃんへ向けていた気持ちはいったい何だったのだろう。

 悩んでも悩んでも結局振り出しに戻ってしまう。

 

「どうすればいいんだろう……」

 

 蓮ちゃんのことばかり考えて何も手につかない。今朝は朝食すら喉を通らなかったんだ。夏の暑さも全く感じないほど今の僕は頭が回っていない。

 思えば同じようなことが前にもあったっけ。そう、あれは僕が先輩の試合を観に行った時。その帰りに……。

 思い出しただけでぽっと赤くなる。

 

「……」

 

 今回はあの時とは全く状況が違うんだ。相手が相手だし……。

 蓮ちゃんとはもう覚えてないくらいから一緒だった。初めて会った時のことなんてどうやっても思い出せない。物心ついた時から仲良しでよく一緒に遊んでたんだ。お互いの家族が仲良しだったから必然的に僕達も仲良くなったんだと思う。

 小さい頃、いつも僕の近くには彼女の笑顔があった。優しくて頼りになるお姉ちゃんと元気のいい幼馴染を持った僕は本当に幸せだと思う。

 

「はあ……」

 

 何をしていいのか分からずただ寝転がっている。もうかれこれ三十分はこうしてるかな。やらないといけないことは色々あるのに全て手につかないんだ。

 

「……ん?」

 

 ふと携帯電話をチェックするとLIMEにメッセージが入っていた。その相手は……。

 

 

「いらっしゃいませー。お一人様ですか?」

「いえ、待ち合わせです……」

 

 店内に入り席をざっと見渡す。夏休みとはいえ平日のお昼、そこまで人は多くなくすぐに目的の人物は見つかった。既に席でオレンジジュースを飲んでいる。

 

「ごめん、おまたせ」

「う、ううん」

 

 その相手は言うまでもなく蓮ちゃんだった。昨日の今日だからお互いにどこか気まずさを感じている。むしろそれは当たり前なのかな。

 僕も反対側の席に座る。

 

「えっと、何か用が……?」

「う、うん……」

 

 互いに目を合わせるのも戸惑う。今にも心臓が飛び出てきそうなくらいの緊張が拍車をかけていた。

 そんな中、蓮ちゃんが静寂を破る。

 

「ごめん!」

「え!?」

「昨日のこと……謝りたくて……」

「な、なんで?」

 

 この間とどことなく似たような状況になっている。確かに急だったから驚いたけど、何も謝ることしなくても……。

 

「その、いきなりあんなことして。ボク、悔しく思っちゃったんだ。あのストラップを見てから……」

「あ……」

 

 それに関しては僕が悪いんだ。蓮ちゃんの前で気付かずにあのストラップを付けたままにしてたんだし。だから蓮ちゃんが謝る必要は本来ない。

 

「ううん。あれは僕が悪いんだ。蓮ちゃんのせいじゃないよ」

「いっくん……」

「だから謝らないといけないのは僕の方だよ」

「いや、ボクも急にあんなことして、本当にごめん!」

 

 こんな調子で二人の意見は平行線のままだった。僕としては蓮ちゃんには悪い気持ちでいっぱいだし、何も怒っていない。

 そんな状態が続いていた中、蓮ちゃんがこほんと咳払いをする。

 

「その……いっくん」

「なに?」

「昨日あんなことしてごめんっていうのはもちろんだけど、それよりも分かって欲しいことがあるんだ」

「それは……?」

 

 いつもの蓮ちゃんとは全く違う雰囲気がいかに大事な話かということを表していた。汗が一粒頬を流れ落ちる。

 

「ボクは……やっぱりいっくんが好き。あの二人に負けないくらい好き。だから凄く悔しかったんだ。別にストラップをつけるなとかそんなことは言わない。けど、そのくらいボクはいっくんが好きって分かって欲しかっただけ。……だけど、昨日のことはやっぱりボクが悪かったよ、ごめん」

 

 蓮ちゃんの言葉は一言一句僕に染み渡った。そこまで僕を……!

 思わず涙が出そうになってしまう。

 

「蓮ちゃん。僕は蓮ちゃんの気持ち、すごく嬉しい。そこに嘘はない。だから昨日のは僕が迂闊だった。それに……未だにはっきりできないのも、ごめん……」

 

 僕は駄目な人間だ……。人の好意にはっきりと答えられず迷い続けている。あまつさえ蓮ちゃんと一緒に出掛ける時にストラップを付けていくだなんて。

 蓮ちゃんには申し訳ない気持ちしかない。

 

「でも……必ず答えは出すから。だから……!」

「……分かった。だから、ボクと今までと同じように――いや、それ以上に仲良くしてくれるかな!?」

「うん!」

 

 喧嘩なんてしたことない僕達だけど、きっと仲直りとはこういうものなのかな。そんな風に思った。気まずさは完全にはなくなっていないけど、そこにいたのはいつもの僕達。

 

「じゃあ、このままお昼食べない?」

「そうだね、一緒に食べよっか」

 

 メニュー表を受け取り目を通す。

 

「あ、そうだいっくん」

「ん?」

「ああいう風に言ったけどさ……いっくんとのキス、凄く良かったよ……」

「な……!」

 

 艶めかしい表情で僕を見つめる。直視できない僕はこそこそとメニュー表に顔を隠した。

 気のせいかな、再会した時よりずっとかわいくなってきてない……!?

 

「な、なに頼む!?」

「ふふ、照れてるいっくん可愛いなあ」

 

 そう、もう僕は蓮ちゃんを幼馴染としては見られなくなっていた。もう見られないんだ――女の子としてしか。

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