第59話 「映画デート、その先に待つもの」
「ごめんごめん。お待たせ」
待ち合わせの場所に行くともう既に蓮ちゃんは付いていた。まだ約束の時間まで十五分もあるのに。
蓮ちゃんの私服を見たのは久しぶりだけど、何だか前よりもおしゃれになったような気がする。ファッションなんてろくに知らない僕が言うのもあれだけど。
「おはよう!」
「もう来てたんだ、まだ時間あるのに」
「いや~、どうせ家にいても暇だし。早く行きたくて!」
今日を凄く楽しみにしていたというのがよく伝わってくる。それはきっと僕以上なんだと思う。
「……」
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない!」
一瞬僕達の間に沈黙が訪れた。けどそれがなぜだったのかは僕には分からないし、気に留めるほどのことでもないよね。
「じゃあ少し早いけど行こっか」
「うん!」
元気のいい返事と同時に僕の腕に抱き着いてくる。ああ……久しぶりなこの感じ、そしてこの視線……。学校の中と違って微笑ましい目で見てくる人もいるけど、男性からはやっぱり冷たく鋭い視線が突き刺さってくる。
「どうしたのいっくん?」
「う~ん……今日の蓮ちゃん、何だかいつもよりその、あれ……だなって……」
「だってしばらくこんなに近づけなかったし! 今日はせっかくの二人きりだからとことんくっついてもいいよね!」
「う、うん……」
本当は周囲の視線的にも僕の緊張的にも困るんだけど、ここで嫌だと言ったらきっと蓮ちゃんは悲しむ。そんな蓮ちゃんを僕は見たくない。
予定より早めに出発し電車に揺られて映画館へ。夏休みに入ったということもあってかやっぱり子供達が多く、館内は非常に混雑していた。
「うわ~やっぱり混んでるね」
「前売り券があって助かったよ」
「じゃあチケットに変えてくるね!」
蓮ちゃんが前売り券をチケットに引き換えてもらう。前売り券なんて買ったことがないからその辺りは全て蓮ちゃんにお任せしている。
「変えてきたよー」
「ありがとう!」
早めに出発したから時間も思っていた以上に空いている。どうしようかな。
「まだ結構時間あるね」
「じゃあお昼済ましちゃう?」
「そうだね、そうしようか」
この映画館は大きなショッピングモールの中にあるため近くにはフードコートがある。そのため食事には困らない。お昼時ということでこちらも混雑しているけど、運よく二人分の席をゲットできた。
「ここに来てたの覚えてる?」
「もちろん! 引っ越す前は毎年のように来てたよね」
「そうそう。あの頃とはかなり変わっちゃったけどね」
二人で食事しながら昔話に花を咲かせる。
昔は一緒に映画を観に行く時はこのショッピングモールに来ていた。蓮ちゃんが引っ越した八年前に比べればさすがに改装やリニューアルで大きく変わったものになっているけど、僕と蓮ちゃんがお姉ちゃんに連れられていたあの頃を昨日のように思い出す。
「そろそろ行こうか」
「そうだね!」
お昼を終えるとちょうどいい時間になり映画館へ向かう。ちなみにこの間も蓮ちゃんは僕の腕に抱き着いてきている。当然周囲は視線を向けてくるんだけど、僕達を仲のいい兄妹だと思ってる人の声が聞こえるのは気のせいかな? まあ確かに昔からそういう風に誤解されたことはあったけど。ちなみに男女逆に誤解されるのもセットだったっけ……。
そんな状態のまま映画館へ。
「蓮ちゃん、何か買う? 前売り券買ってくれたし僕払ってあげるよ」
「え、いいよそんな!」
「いや、そのくらいはするよ」
前売り券を二人分買ってくれた(ちなみに映画代はもう蓮ちゃんに支払っている)んだもの、そのくらいはお礼としてさせて欲しかった。
「い、いいの?」
「うん。遠慮しないでいいよ!」
僕がそう言うと蓮ちゃんは凄く嬉しそうな表情でいっそう強く僕の腕を抱きしめてくる。なんだかご機嫌な様子だった。
「ど、どうしたの?」
「いや、なんかこうしてみると凄くデートっぽいなって思って」
「で、デート!?」
「うん! 男の子が全て払うのがマナーだって何かで見たんだ!」
まあ二人きりだし確かにそう言えなくもないけれど……。でもそんな風に思っていなかった――いや、違う。本当は分かっていた。ただ昔からよく遊んでいた相手だからそういう風に思う気持ちが抑えられていただけなんだ。あとは僕自身が照れ臭く思っているだけ……。
そう、本当は気づいている。僕と蓮ちゃんはもう昔のままじゃない。幼馴染でも友達でもあるけど、それ以前に一人の男と女の子なんだ……。
「な、なにがいい!?」
話をすり替えるように売店へ向かう。そんなこんながあり上映時間に。
肝心の映画は非常に面白いものだった。上映中は当然静かに観ていたものの、上映が終了し映画館を出た瞬間さっそく僕達のテンションは最高潮になっていた。
「面白かった~!!」
「そうだね!」
「まさか次のゼロイチをあんな形で出してくるなんて!」
「僕はオーマタイプが格好良かったなあ」
話は止まらなかった。こんなに誰かと熱く語り合ったのはいつ以来だろう。蓮ちゃんがこっちに戻ってきてからも中々二人で熱く語り合える機会はなかったし。
話し続けているといつの間にか蓮ちゃんの家の近くまで来ていた。楽しい時間はあっという間とよく言うけれど本当にあっという間だったなあ。
「送ってくれてありがとう。ここでいいよ」
「うん。今日は本当にありがとう」
「いいや、ボクの方こそ」
そんな話をしている時、蓮ちゃんは視線を僕のリュックへ向ける。
「……いっくん。そのストラップって……」
「ストラップ? あ……!」
それはこの前ディスニイに行った際に犬飼さんにプレゼントされたものだった。しまった、外しておけばよかった! いくら僕でも他の女性からもらったものを付けておくのは失礼なくらいは分かってる。なのに外し忘れてただなんて……!
どれだけ後悔しても時すでに遅し。
「ご、ごめ――」
「ねえ、いっくん」
怒られるかとも思ったけど、僕を見る蓮ちゃんはそれとは正反対の穏やかな表情をしていた。それが逆に僕を不安にさせる。
「この前家に来た時、お母さんが覗いてたの覚えてる?」
「え? う、うん……」
覚えてはいる。けどそれと何の関係があるんだろう? いきなりそんな話を出され困惑している。
「あの時、もしお母さんがいなかったらどうしてた?」
「どうって……」
確かに考えたことはある。あんな雰囲気にされたら僕はどうしていただろう? 自分から仕掛ける勇気は僕にはないけど、もしかしたら……いやそんな――――。
「ボクはきっとこうしてたよ」
「え?」
気が付いたら唇に触れている柔らかな感触、目の前の景色は全く見えなくなっている。まるで世界が止まったように僕の耳は何も聞こえなくなっていた。唯一耳に入ってくるのは高まっていく心臓の鼓動だけ。
こ、これって……!?
「……はあ、はあ……え!? え!? え!?」
「ふ~ん……イチゴとかレモンとかミントとか聞いてたけど……全部違った」
頭の中はもう完全にショートしている。
なんで、何があったの? 今のはその……あの……。
「ただ、いっくんを感じるだけ」
そう言い残し蓮ちゃんは自宅の方へ去っていった。それをただ見ていることしか今の僕にはできなくて……。
◇
「ただいま……」
「おかえりなさい」
リビングで晩御飯を調理中のお母さんが僕を出迎える。けど返事もまともにできないほど僕は困惑していた。だって……だって……!!
きっとこれが……!
「一和?」
間違いない。今まで頬や鼻にされたことはあったけど、今日のはそれとは全く違う。正真正銘、これが僕の人生の……ファーストキスなんだ……。
「一和? ちょっと! どうしたの!?」
「うん……」
目の前が真っ白になりいつの間にかソファに倒れていた。眩しいほどの光だけが目に入り、お母さんの呼びかけがうっすらと聞こえる。頭の中はもう他の何かを考えられる余裕もない。
そうか、僕本当に……蓮ちゃんとキスしたんだ……。
閲覧ありがとうございます!
はい、ついにきました。まさかの初キス笑
映画の元ネタは当然ジオウです。ぶっちゃけ個人的にはあまり好きな作品ではないですが。
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次回もよろしくお願いします!




