第6話 「シャワー」
連続投稿3話目です!
「上がっていいよ」
「お、おじゃまします……」
とある高層マンションの一室に犬飼さんの家はあった。物凄く綺麗で大きい、もしかしてこれはいわゆる高級マンションというものなのでは……。
ずぶ濡れの僕にタオルを差し出し床に引いたタオルの上に濡れたバッグを置く。
「学ランとズボンはあれだけどYシャツなら乾燥にかけられるか。その間にシャワー浴びてて」
「す、すいません……」
女子の家に上がるなんていつ以来だろう……。
多分小さい頃に蓮ちゃんの家に行った時以来かな。あの頃は子供だったからまだあれだけど、高校生になってからだと物凄いドキドキするなあ。
「それじゃあお借りします」
「うん。シャンプーとかボディーソープは適当に使っていいから」
脱衣所の扉を閉め服を全て脱ぐ。裸になるといっそう肌寒く感じた。けどその寒さはすぐに感じなくなる。その理由はお風呂の内装にあった。
「す、凄い……」
浴室は窓から景色がよく見え、テレビまで付いている。玄関も凄く綺麗だったけどお風呂も負けず劣らずなくらいの豪華さだ。こんなに豪華なお風呂には入ったことがない。
あまりにも世界が違いすぎるせいか、それらには目を向けずすぐにシャワーを浴びる。お湯の温かさが全身に沁みていった。
「ふうぅ~」
まさかこんなことになるなんて……。
僕としてはありがたいことこの上ないんだけど、いきなりずぶ濡れの僕を家に入れてくれた上にシャワーまで使わせてもらって迷惑じゃないかな? とはいえここはご厚意を有難く受け取るしかない。そうしないと本当に風邪をひいてしまう。
「……なんでだろう……」
何であの人はここまでしてくれるんだろうか。良い人なのは分かるんだけど、それにしたって面倒見が良すぎる気がする。
こんな容姿でも男子の僕をいとも簡単に家に招き入れシャワーまで貸してくれた。考えれば考えるほど分からなくなってくる。
「……」
シャワーを止める。浴室には静けさが訪れ滴が落ちる音だけが響き渡っていた。考えている間、浴室が静寂に包まれている。
……やめよう、こんな状況ではいくら考えたって意味がないもの。
「シャンプー借りようかな」
さすがに雨水をモロに浴びたのだからシャンプーくらいはした方がいいよね。好きに使っていいと言ってくれた以上、ここは甘えさせてもらおう。
「じゃあ、ありがたく使わせて――」
シャンプーを出そうとしたその時だった。コンコンと音がし勢いよく扉が開く。
……え? そんなまさか……!?
「湯加減はどう?」
「ひいっ! ちょ、犬飼さん!!」
「はははは! なに慌ててんのわんこ、チョーウケるんだけど!!」
なんと犬飼さんが平然と入ってきた。脱いだ靴下以外は制服のままではあったがこっちは何も着ていない。当然慌てちゃうよ……!
そんな僕をよそに一人大笑いしている。一方の僕は羞恥心から顔を合わすことすらできないでいた。
「そ、そんなことより! 早く――」
「まーまー、落ち着きなって」
そのままもう一つのバスチェアーに腰掛ける。しかも僕の真後ろで。何をするんだろう?
「あ、あの……」
「わんこ、シャンプー取って」
「え? え、え……」
何が何だか分からなくなってきた。
恐る恐るシャンプーのボトルを手渡す。後ろを向いたまま。
「あの……」
「じっとしてて。洗ってあげる」
犬飼さんはボトルから数量シャンプーを出すと僕の頭を両手で洗い出した。
女子だからなのか力はあまりなく、けどそれが心地よい。緊張でガチガチだった僕の体から徐々に固さが抜けていった。
「わんこ肌スベスベじゃん、いいな~」
「そ、そうですかね……」
口に出されると物凄く恥ずかしい。僕自身はそんなこと思ったことないんだけど。
「だってほら、こんなに」
「きゃっ!」
突然指で僕の背中をなぞる。くすぐったさといきなりの驚きで声が出てしまった。
「ハハハ! わんこ女の子みたいな声出てたよ!」
「うう……」
昔から背中は弱いんだ……。
「~~~♪」
楽しそうに鼻歌を鳴らす様子を見てさっきと同じ疑問が浮かんだ。口に出すのはちょっと怖いけど、どうしても僕は知りたい。
こんな状況で――いや、こんな状況じゃなきゃ聞けないのかもしれない。
「あの……」
「ん?」
「なんでここまでしてくれるんですか?」
僕が気になっていた疑問だ。いくらなんでもここまでする必要はない。体操着に着替えてタオルをコンビニで買えば済むくらいのことなのに。なんでここまで良くしてくれるのかが僕には分からなかったんだ。
そんな僕の疑問に対し犬飼さんは即答はしなかった。返答したのはそこから数十秒ほどの間が空いた後。
「わんこさあ、さっきあたしが濡れないようにしてくれたでしょ?」
「え……」
確かに僕はあの時自分から間に入って濡れないようにした。後のことを考えてなかったのは軽率だったけど、結果的に
けどそのことは言っていないのに?
「最初はいきなりあたしのよこに来てびっくりしたけど、すぐに分かったよ。私のこと考えてくれてた上でこうなったならこんくらいはさせてよ」
「犬飼さん……」
「それにさ……」
話し続けている間も手は止まらなかった。
けどほんのちょっとだけ力が強くなったような気がする。僕の気のせいなのかは分からないけど。
「ペットのお風呂も飼い主の仕事でしょ!」
未だに振り替えることはできないでいた。けどこれだけは分かる。きっと満面の笑みを浮かべているんだろう。
出会ってほんの少ししか経っていなくても、そんなことくらいまでは理解できる関係になったっていうことなのかな。そしてきっとそれは良いことなんだと思う。
もしそうなのだとしたら、僕は少し嬉しい。
「私からも訊いていい?」
「何ですか?」
この時初めて犬飼さんの手が止まる。その瞬間、僕は何かを感じ取った。うまく言葉にはできないけど、あまりいい気分ではない何かを。
唾を飲み込み何を言ってくるのかを待った。
「……わんこは嫌じゃない?」
「……何がですか?」
嫌って、全く思い当たる節がない。僕は何かされたっけ? 一体何を気にしているんだろう?
「その……あたしに色々付き合わされて」
「……え?」
そう言う犬飼さんの口調はどこか重く、いつもとはまるで違っている。落ち込んでいるともちょっと違うような、重いものを背中越しに感じた。
それは少なくとも僕が見てきた犬飼さんには似合わないように思う。
「あたしね、昔からちょっと熱くなりがちっていうか……周りを振り回したりしたことあってね。だから本当は無理やり付きあわせてるんじゃないかって、ちょっと怖かったんだ」
その声のトーンに押され僕は何も答えらずにいる。そこにいたのは僕が見たことない犬飼さんだった。
けど今すぐにでも否定したい。嫌なんて思ったことはないと。
はっきりと思うんだ、こんな犬飼さんを僕は見たくないって。
「だから、もしわんこが嫌々であたしに付き合ってくれてるなら……正直に――」
「そんなことないです!!」
自分でもびっくりするくらい大きな声だった。それくらい気持ちが籠っていたんだと思う。
だって、僕はそんなことこれっぽっちも思ってないから。そんなことはない、嫌なんかじゃないとしっかり伝えたい!
確かに知り合ったのは最近だけど、困惑することもあったけど、でも……楽しかったんだって! 僕が高校に入ってこれほど楽しくて愉快な日々はなかったんだって、それをくれたのは犬飼さんなんだって!!
「確かに無茶振りもあるけど……僕は一度も嫌だなんて思ったことないです!!」
「わんこ……」
これが僕の嘘偽りのない本心。はっきりと口にしたことはないけど間違いなく僕の中にはあった。楽しいという感情が。
この人と一緒にいる時間は凄く楽しかったんだ。今まで味わったことのない日々で、けど嫌じゃない。そんな日々だった。
だから僕は!
「だからそんなこと言わないでください……僕は、犬飼さんのペットです!! 今までも、これからもです!!」
思い切り立ち上がり振り替える。頭で考えるよりも先に体が動いていたんだ。しっかりと目を見て言いたいと。
そして気が付いた、僕は何も身に着けていないことに。
「……ちっちゃ……」
直後、浴室に犬飼さんの大きな笑い声が響き渡った。
その目の前で僕は力なく座り込む。顔から火が出るほどの思いをしながら。
「はははは!! ヤバい、チョー腹痛い!!」
ようやく収まってきたのは数分後だった。大笑いした影響で目に涙を浮かべている。
反対に僕は泣きそうなほどの思いだ……。
「はー笑ったわー」
「うう……」
間違いなく言える、人生で一番恥ずかしい……!!プールの着替えなんかでよくからかわれてきた思い出があるから尚更……。
しかも女子に見られたなんて……!!
「まあでも、元気出てきたかも」
そこに先程までの様子は感じられなかった。僕の目の前にいるのはいつもの彼女だ。その時の犬飼さんは憑き物が落ちたような清々しさを持っていた。
その姿こそ、僕が望んでいた犬飼さんなんだ。
「ありがとね、わんこ!」
「は……はい……」
色々あったけど……犬飼さんが元気になってくれたのなら僕はそれでいいや。
きっとそれもペットの役目なのだから。
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