第54話 「幼い頃の記憶――それは」
「もうすぐ中間テストだねえ~」
「うん。どう、一年生のテストの方は?」
中間テストを控えたある日、僕と蓮ちゃんの二人で下校している。
「全然分かんない、ノー勉だからね!」
「そんな自信満々に言うことじゃ……」
相変わらずだなあ蓮ちゃんは。
そんなことを考えていた時、僕の携帯電話に着信があった。相手はお姉ちゃん。
「お姉ちゃん? なんだろう。もしもし?」
『あ~一和。今帰り?』
「そうだけど。何か買ってきて欲しいものでもあるの?」
『いや、そうじゃないんだけどさ』
何だかお姉ちゃんの様子がどこかよそよそしい。まるでなにか後ろめたいことでもあるような……。
「どうしたの?」
『いや、実は今彼氏が家来ててさ』
「うん」
『だから夜まで帰ってこないでくれる? 晩御飯はあたしが作るから』
「……え?」
『じゃあ、よろ』
そう言い残してお姉ちゃんは電話を切ってしまった。
そこに残ったのは静寂だけ。僕は唖然としどうすればいいか分からなくなっていた。
「どうしたのいっくん」
「う、う~ん……」
夜までかあ……。どうしたものかな。
と、図書館に行って勉強でもしよう……。
「れ、蓮ちゃん。悪いけど家にしばらく入れないみたいだから、僕は図書館にでも行って――」
「な、ならさ!」
いきなり蓮ちゃんは僕の両手を握ってくる。
「うちにおいでよ!」
「え?」
◇
「ここだよ」
引っ越してきた蓮ちゃんのお家に来たのは初めて。前から誘われてはいたけど機会がなかったもんね。
二階建てで黄色のカラフルな外見が目を引き、アルファベットの表札がかわいらしさを醸し出している。
蓮ちゃんのお家かあ。昔はしょっちゅう遊びに行ってたけど、今はあの頃とは色々と変わったもんね……。お互い高校生だし、もう幼馴染というだけじゃないんだ。
「ただいま~!!」
「お、お邪魔します」
お家の鍵は開いていた。ということはおばさんがいるのかな。その考えを肯定するように中から返事をする声が聞こえてきた。
「おかえり~」
この声……八年ぶりでもすぐに分かった。おばさんだ。僕も昔はよくお世話になった。
今の僕を見て気付いてもらえるかな。これでもさすがに八年前よりは成長してるし。性格はそんなに変わってないと思うけど。
「お母さ~ん! ちょっと!」
「ん~?」
奥から足音が近づいてくる。扉が開きおばさんが姿を見せた。八年ぶりかあ。久しぶりすぎて何だか感極まりそうになってしまう。
「お、お久しぶりです……」
「……一和君!? 久しぶりじゃない!! 大きくなっ……てる?」
「な、なってますよ!」
「はは、ごめんごめん!」
ああ、この感じはおばさんだ。久しぶりだけど一瞬で昨日のことのように思い出してきちゃう。
「じゃあいっくんとボクの部屋行くから。邪魔しないでよ!」
「はいはい。一線は守りなさいよ!」
「うるさいなも~!」
「はは……」
そのまま階段を上り二階の蓮ちゃんの部屋へ。
なんだかんだ言って女子のお部屋に入るのはこれが三回目。先輩のお部屋には二回入っているし、犬飼さんのお部屋には入っていない。まあ犬飼さんは独り暮らしだから同じようなものなのかもしれないけど。
そして蓮ちゃんのお部屋はどんな感じなんだろう。
「どうぞ~」
「お邪魔しま……うわあ!」
中に入った僕は一気に圧倒されてしまった。蓮ちゃんのお部屋の中にあるのはなんと大量の特撮グッズだった。僕にとっては目を奪われるものばかり。
まるでお宝の山を前にしたような気分になっている。
「うわあ……」
「どうかな? ボクの部屋は」
「す、凄いよ!」
部屋を見渡していると棚の上に飾ってあるとあるグッズが目に留まる。
「こ、これ! 去年の夏映画の前売り特典だ!」
「そう! 朝早くから並んだんだ!」
「いいな~!」
僕はもう玩具を買ってはいないけど、それでもこれだけのグッズを前にすれば高揚を隠せない。蓮ちゃんすごいな~。こんなに好きだったなんて!
蓮ちゃんが引っ越した後もずっと特撮好きでい続けて本当によかった。
「今年も観に行くの?」
「当然! ていうか、一緒に行こうよ!」
「そうだね、久しぶりに一緒に行こっか!」
蓮ちゃんと話すのはやっぱり楽しいや。この間のことがあってから中々機会がなかったけど、こうして一緒にいるとやっぱり感じるんだ。蓮ちゃんの存在の大きさを。
「……そういえば、僕蓮ちゃんに聞きたかったことがあるんだ」
「なあに?」
「その、い、いつから僕のこと……好き……でいてくれたの?」
蓮ちゃんは昔から大きく変わってないように思ってた。だから聞く機会はなかったけど、いつから僕のことを好きでいてくれたんだろう。僕にはそれが分からないんだ。
「う~ん、いっくんは覚えてるかな?」
「何を?」
「ボク達が引っ越す少し前のこと」
◇
あれは夏休みのこと。ボクといっくんは近くの公園へ遊びに行っていた。当時からいっくんをボクは色んなとこへ連れまわしていたんだ。
『暑いなあ……』
『あ、いっくん!あそこ!』
『どうしたの?』
ボクが見つけたのは木の上にいる猫だった。何かで降りれなくなっちゃったみたい。こんな時、ボクはすぐに動いてしまう。
『よおし!』
『ちょ、何をするの!?』
『助けてあげるんだよ!』
『あ、危ないよ!!』
そのまま木を登り始める。子供の頃から運動は得意だったし木登りくらい朝飯前だった。実際いとも簡単に猫のところまでたどり着いたし。
いっくんは危ないと言い続けてたけど、子供だったこともあって真剣に聞き入れなかったんだ。
『もう大丈夫だよ』
猫をそっと抱きかかえる。これで全てオッケー――のはずだった。
だけどボクは一つだけミスをしてしまったんだ。降りようとした瞬間、足を滑らせてしまった。
『あっ!』
『危ない!』
地面に着地したボクは不思議とそこまでダメージはなかった。恐る恐る下を見ると……。
『……いっくん……? いっくん!!』
『う……』
ボクを守るためにいっくんは下敷きになってしまっていた。凄く苦しそうで明らかに無事ではない。
すぐにお母さんを呼びいっくんを病院へ運んだ。お医者さんに聞かされたところでは肋骨を折っていていて、小さい子供ということもあって入院させるとのことだった。
すぐにいっくんの家族も病院へ駆けつけてきてくれた。ボクは何回も謝った。怒られて当然くらいの気持ちだったし、許されなくても仕方ないと思ってたんだ。
なのに――。
『怪我はなかったか?』
『蓮ちゃんが無事でよかった!』
『大丈夫? 泣かないで』
誰一人としてボクのことを責めなかったんだ。それがいっそう涙を流させてきた。
そしてベッドの上のいっくんと対面した時のこと。
『蓮ちゃん!』
『いっくん……ボク……』
涙を浮かべるボクにいっくんはそっと頭をなでてくれた。それはボクにとっては温かくて優しいものだった。
いっくんはただ微笑んでボクに言う。
『怪我はない? よかった!!』
『いっくん……! うわあああ!!』
どれだけの時間泣いていたか、はっきりとは覚えていない。けど人生であれだけ涙を流したのは未だにないと思う。もしかしたらこれから先も。
それから数か月後、ボクは京都へ引っ越していった。
その後八年間いっくんとは会えなかったけど、常に心の中にあの時のいっくんの笑顔があったんだ。目に焼き付いて離れないんだ。
それと同時に感じていたもの、それはいっくんに会いたい、いっくんの隣にいたいという気持ち。
数年間かけてようやく気が付いた。ボクは、いっくんが好きなんだと。この気持ちが、恋というものなんだと。
◇
「そっか、あの時のこと……」
「うん。再会した時、涙を堪えるのに必死だったよ」
「ありがとう、そう思っててくれて」
蓮ちゃんは首を横に振る。
「感謝したいのはボクの方だよ」
「そんな……」
「だから……やっぱりいっくんにはボクを選んで欲しい。あの二人より女の子として魅力はないかもだけど、ボクならいっくんを支えられるし幸せにできる。その自信がある。それは、それだけは分かって欲しいな……」
お部屋は静寂に包まれる。けど僕には心臓の鼓動がうるさいくらい聞こえていた。きっと蓮ちゃんも同じだと思う。
すると隣に座っていた蓮ちゃんは僕に寄り添ってきた。僕の肩にそっと頭を乗せてきたんだ。
「蓮ちゃん?」
蓮ちゃんは返事をしなかった。けど耳まで熱くなっているのは感じる。
「いっくん……」
「れ、蓮ちゃん……」
思わず目が合ってしまう。こ、こんな状況になっちゃったら……! 段々息が荒くなってきている。こんなの……!
一瞬目を背ける――その視線の先にはドアから覗いているおばさんの姿があって……。
「お、おばさん!」
「ちょ、お母さん!! 何覗いてるの!!」
「いや~二人とも大人になったな~ってね~」
いつから覗いていたんだろう。まったく気が付かなかった……。
「もし一和君が蓮と結婚してくれたら万々歳ね!」
「もう、出てってよ!!」
「今夜は赤飯か~?」
「もう~! さっさと出てけええ!!」
「はは……変わらないなあ」
おばさんの乱入によってこういった結末になった。……じゃあもしあのままだったら? 考えるのは意味のないことだけど……。
その先を思い浮かべてしまったからか、僕は胸のドキドキを抑えることができなかった。
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