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第37話 「頑張ってるんだから」

 ピピピとアラームの音が鳴る。私はそれを止め、ベッドから起き上がった。

 すぐに顔を洗い歯を磨く。そしてトレーニングウェアに着替えた。

 

「ふう、久しぶりだな」

 

 試合から二ヶ月、検査でも異常なしだったため今日から練習を再開するのだ。

 時刻は朝四時。まだ周囲は日が昇り始めたばかりで暗さに包まれていた。準備運動を終えると音楽プレーヤーを操作し私の入場曲にもしているお気に入りの洋楽を再生し、曲を聴きながらランニングをし始めた。

 土手を走りながら昇りゆく太陽を眺める。雲一つない空、今日はいい天気になりそうだ。

 久しく運動していなかったものの、体は軽い。軽快な走りができていた。しかしそのままシャドーをしてみると、今までよりも疲労が大きく感じた。

 

「はあ、はあ……さすがに久しぶりだからな……」

 

 間違いない、若干スピードが落ちている。二ヶ月のブランクは思っていたより大きいものだった。

 まあ休養明けだし今日は軽めにしておこうかな。

 

「もう少しだけやったら帰るか」

「あれ、先輩!?」

 

 呼吸を整えていると私の前に彼の姿が見えている。

 ま、まさか……!?

 

「い、一ノ瀬君?」

「お、おはようございます!」

 

 なんという偶然。こんな時間に会えるだなんて!

 しかしどうしてここに――と思っていたら、彼の手にはリードが握られておりその先には小さな犬がいた。

 

「その犬は?」

「ああ、きなこっていうんですけど、親戚が三日ほど出張に行くんでうちで預かってるんです。土曜日なんでちょっと遠くまでお散歩しようかなって」

「大変だね、こんな時間に」

「まあ眠いですけど、僕が係ですから。お姉ちゃん犬苦手なんで」

 

 あまり犬の種類には詳しくはないが、恐らく柴犬だろう。小さく可愛らしいその犬を不意に撫でていた。毛がふわふわとして心地いい、私を見るつぶらな瞳が何とも愛らしく思える。こうして見ると犬も可愛いものだな……。

 

「先輩は練習ですか?」

「ああ。今日から練習再開……だからね……」

 

 思わず二人とも言葉が出なくなる。そうか、もうあの日から二ヶ月経っているんだ。

 あっという間やら、長かったやら。その間も色々なことがあった。あの二人とも出会ったしね。

 

「そ、その……先輩……」

「な、なんだい?」

「あの……こ、答えについて……ですけど……」

 

 そうか、今の今まで気が付いていなかったが私はもう三か月返事を待たされている状態なんだ。まあそれでも私は構わないんだが。

 

「あ、ああ」

「その……もう少しだけ待っていてもらえませんか!?」

「……」

 

 静けさに包まれる。周囲には雀の鳴き声だけがこだましていた。

 

 

 

「……ぷっ……ははははは!!」

「せ、先輩……?」

 

 何だろう、なんだかおかしくて……。

 笑いが止まらない。朝早くに近所迷惑だとは思うが、それでもおかしくて笑ってしまうんだ。

 

「あー……」

「あ、あの……」

「あ、ああすまない。いや、君ならそう言うだろうなと思ってね」

 

 まさかここまで予想通りだとはね。

 きっとあの日の犬飼君もこんな気分だったんだな。

 

「その……」

「そうだな、大方みんなのことを考え過ぎて一人に絞れない、そんなところかな?」

「……」

 

 私の指摘に彼は何も言えずに顔を赤く染めた。そんなところもまた可愛げがある。

 本当、優しくてかわいくて……。だから好きなんだ、彼のことが。

 

「す、すいません……僕優柔不断で……」

「優柔不断なんかじゃない。ちゃんと全員のことを考えて、しっかり向き合っているんだから。多分みんなだって同じ気持ちだと思うよ?」

「先輩……」

 

 

「――っと」

 

 気が付けばもう時間が来ていた。

 

「すまない、そろそろ帰らないと。アルバイトがあるんだ」

「アルバイト?」

「ああ」

 

 今日は朝からのシフトだ。そろそろ帰って準備をしないと。

 本来なら彼との時間をもっと過ごしたいところなんだが、こればかりはそうもいかない。

 

「アルバイトしてるんですか?」

「ああ。格闘家だけでは食べていけないのが実情だからね。私なんて実家暮らしで両親に面倒を見てもらってるだけマシな方だよ」

「そうなんですね……」

 

 会えてよかった。久しぶりに二人きりで話せる時間ができたから。

 だが楽しかった時間はすぐに終わってしまう。もう帰らないといけない。

 ……でも、朝からいいことあったな。彼の顔を見れただけで一日が幸せになれる気がするんだ。

 

「じゃあそろそろ行くよ。また学校で」

「はい、また!」

 

 私は元の道を走っていく。

 それにしても……彼の真っ赤な顔はいつ見てもかわいいなあ……。

 

「な、撫でてあげたいくらい――って、何を言ってるんだ私はあああ!!」

 

 全速力でダッシュをする。

 恥ずかしい気持ちを誤魔化すため……。

 

 

◇

 

 まさか先輩と会えるなんて、ちょっと遠くまで来た甲斐があったなあ。

 けど先輩アルバイトしてるんだ。ついてっきりプロの選手って格闘技だけでも結構なお金をもらってるんだとばかり。

 先輩は本当に努力家なんだ。そんな先輩のことを僕は心から尊敬している。

 

「なのに僕は……」

 

 いつまで僕はこんな状態でいるんだろう。

 何度も考えて、でも答えは出なくて。

 

「……帰ろうか、きなこ」

「ワン!!」

 

 二年生のうちに答えを出すと決めた。けれど現状では全く絞れていない。だってあんなに素敵な三人なんだもの。そう簡単に選べるわけないよ。

 とはいえ、僕は選ばなければならないんだ。それもできるだけ早く。みんな僕に色々してくれているんだから……。

 

 

 

「待てよ?」

 

 いやいや、そんな勇気僕には……。けど三人の想いに応えるためには、しっかり答えを出すためには必要なことなんじゃないかな?

 だとすれば迷う理由はない。

 

「……よし……」

 

 そうだ、怖がってる場合じゃない。先輩はあんなに頑張ってるんだ。僕だって先輩の想いに少しでも応えたい。先輩が頑張ってるんだから、僕も勇気を出さないと!

 先輩だけじゃない。二人だって……!

 いつもいつも何かをしてもらうだけじゃダメなんだ、僕の方から動かないと!!

 

 

 その日の夜。僕は意を決した。

 一歩前へ進むため。

 

「お、お姉ちゃん!」

「ん?」

「ぼ、僕に! その、で……」

「で?」

 

 

 

「デートの誘い方を教えて!!」

閲覧ありがとうございます!


規約の関係上本編には出せませんでしたが、るかの入場曲はSpice GirlsのSay You'll Be There という曲です。いい曲ですので是非お聴きになってみてください。


感想、評価、レビュー、ブクマ大歓迎です!

次回もよろしくお願いします!

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