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第109話 「最後の我儘を」

「お待たせ」

 

 喉の痛みがまだ収まりきっていないので、何も言わずうなずく。

 

 今日は久しぶりに出かける約束をしているんだ。どこへ行くのかは聞いていない。これはあの日言っていた先輩の我儘。そのうちの一つ。

 

 この前の試合の日から喉が枯れてしまい喋るのが難しいため、基本的には会話は携帯に文字を打ち込んで行っている。

 実際にこういう風になってから、あの時喉が使えなくなるくらいの声で応援していた自分にちょっと驚いているんだ。そのくらいの声を出したことなんてなかったから。

 今は駅前から少し離れた商店街を歩いていた。決して大きくはないけれど色々なお店があって面白い所だなあ。

 

「着いたよ」

 

 そうして足を止める。僕達の前にはあるお店があった。看板に書かれていたのは猫カフェ。

 猫カフェというと僕は行ったことはないけど、猫に触れてゆったりとできるカフェだったっけ。聞いたことはあってもまさかこんな近くにあったなんて。

 そんなことを考えていた時、ふと頭の中に浮かんだ言葉があった。

 

 いつか教えてもらった。昔飼っていた猫が亡くなってから触れなくなっていたと聞いた覚えがある。でもそれならなんでここに……?

 そして僕は一緒にいていいんだろうか。受け止めきれるのかな……?

 

 いざお店に入ろうとした瞬間に先輩は足を止める。気になってふと視線を上げてみるとその表情には簡単には言葉に言い表せられないものがにじみ出ていた。

 そうだ、きっと過去の出来事をまだ克服できてないんだ。でもそれを乗り越えようとして……!

 

「……よし!」

 

 決意を固め扉を開ける。僕は何も言わずそっと後ろに付いた。

 

「いらっしゃいませー」

 

 中は綺麗な造りになっていて僕達以外にお客さんはまばらだった。

 すぐに席に案内してもらい、適当に注文をする。

 

『改めて、おめでとうございます』

 

 携帯のメモアプリで文章を打ち込む。こんな風に会話をするのはなんだか面白く感じてしまう。

 

「ありがとう。この間も、今日も……」

 

 何も感謝されることなんかしていないと僕は思っている。

 すると一匹の猫が僕に擦り寄ってきた。小さくて何だか可愛い。そっと頭を撫でてあげると、嬉しそうな反応を見せる。

 抱きかかえて膝に乗せてみた。猫ってこんなに重いんだ。

 

「懐かれてるみたいだね」

 

 すると別の猫が先輩に近寄る。さすがにいきなりなのでビクッとした反応をしてしまう。こんな反応もまた初めて見る。

 僕の見たことない姿をどんどん知っていく。それが今なのが悔しく感じる。

 

「……」

 

 お店に入る時と同じように緊張した様子になる。今まで触れることもできなかったんだ。簡単に乗り切れることではないのは僕にだって分かる。

 声には出すことはできない。でも心の中でははっきりと思っている。

 

 先輩なら乗り越えられる、それだけの強さを持ってる。

 

 息を落ち着かせそっと猫に触れた。それを見た僕の緊張も段々解けていく。さっきまでと打って変わった微笑みを見せる。

 

「やっぱり可愛いな……」

 

 いつものような優しさで猫を撫でている先輩から一粒の涙が零れ落ちた。僕はそれをただ見ているだけしかできなくて……。

 でもはっきりと言える。それは決して弱いからじゃない。

 乗り越えられたからなんだ、自分の過去を。

 

 やっぱりこの人は強い人だから。

 

 

 

 ひとしきり過ごした後、日も暮れかかっている頃。楽しかった日々も終わりを告げようとしていた。道中、駅に着くまで僕達はお互い何も言えずにいる。

 分かっていたんだ。これで今までと同じではなくなるって。勿論後悔はしていないし、する気もない。でも……。

 

「今日はありがとう、付き合ってくれて」

「あ、いえ……」

「無理に話さなくていいよ。まだ喉が治ってないんだろう?」

 

 そう言われて何も言えなくなる。

 

 言葉がなくなると……色んな思いが巡ってくるんだ。出会ってから今日までのことが。

 

 初めて出会った時、僕を助けてくれた。あの時どれだけ僕は救われただろう。

 

 初めて試合を観に行った。本当はこの前みたいに応援したかったけど、僕にそれだけの強さはなかった。だから目を向けることができなくて……。

 

 帰り道、僕は初めて人に好きだと言われた。困惑だらけで殆ど眠れなかったっけ。けれど、心の奥底では嬉しかったんだ。

 

 自分の過去を教えてくれた。きっと誰かに話すのも辛いはずだったのに……。その思いに応えてあげられなかった自分の無力さが悔しい。

 

 夏の日、偶然会った僕に泳ぎを教えてくれた。あの時のおかげでゆっくりだけど泳げるようになったんだ。

 

 学園祭のステージで踊る姿は今でも目に焼き付いてる。一緒に色んなところを見れて凄く楽しかった。

 

 

 ……駄目だ、絶対に泣いちゃ駄目だ……!

 僕はこの人の思いに応えなかった。だから涙を流す資格なんて僕にはない。それは分かってるんだ。

 だけど……!

 

「……なさい」

 

 喉の痛みも忘れるくらい涙が溢れてくる。どれだけ我慢しても止まらない。

 

「ごめんなさい先輩……!! 泣く資格がないのは分かってるんです……!」

 

 顔を合わせることすらできない。自分自身が情けなくて許せないんだ。

 けどいくらそう思っても、涙は止まらない。止められない。

 

「僕は……弱いから……先輩みたいに強くなれないから……!」

 

 僕は強くなれない。だから涙を堪えることができないんだ。

 

 

 

 

 

 本心では抱きしめてあげたかった。でも私は負けた身だから、それはできない。

 資格がないと言うのならば私の方がよっぽどないはずだ。

 

 だからそっと頭に手を置いた。

 

「……強くなんて、ならなくていいんじゃないかな」

 

 私にそう言われて彼ははっとしたように顔を上げる。

 

「君にとっては弱さなのかもしれないけれど、それが君らしさなんだから。だから、そのままでもいいんじゃないかな」

 

 強くなんてなる必要はない。

 強さなんかより、君らしい方が私は好きだから。そしてそれはみんなも同じだろうから。

 

 

 それから少ししてようやく落ち着いた頃。私は彼に最後の我儘をきいてもらった。

 それはあの日会場で言ったことと同じ。

 

 私の友人になって欲しい。

 

 

 虫がいいのかもしれないけど、私はやっぱり嫌なんだ。彼との関係が切れるのは。

 私にとって君はそれだけ大切な人なんだ。

 それを彼は受け入れてくれた。

 

 

 こうして今日、私に友人ができた。

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