表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
110/111

第108話 「奮い立つ勇気」

 頭の中がパニックに近い状況になっている。油断や慢心があった訳ではもちろんない。

 けれど……!

 「はあ、はあ……」

「マズいな……」

「氷! 目を冷やせ!」

「は、はい!」

 

 みんなも同じような状態になっているようで、慌ただしく動いている。

 

「くっそー! 3、4ラウンドは取られたな……」

 

 序盤はよかったんだ。何とか主導権を握ることができたし、実際我ながらうまく試合をコントロールできていたと思う。

 そのままのペースでいければよかったのだが、チャンピオンはそんなに甘くはなかった。というより自分が思っていた以上の強さを持っていた。中盤の3ラウンドから段々と押され気味になっていきついにはダウンもしてしまったんだ。

 この勢いをひっくり返すチャンスはもう最終ラウンドだけ。だが試合の流れが完全に傾いていしまっている。スポーツではこういったものは本当に重要で、どういう意味では今の私は完全に不利なのだ。

 

「セコンドアウト!」

「いいか、もうラスト5分だ! 俺達の指示をよく聞いて、出せる力は全部出していけ!」

 

 私は返事もできずただ頷く。焦りが疲労をより一層強くしてくる。

 こんな試合を見せたくはない。この会場には家族も、同級生もいるのに。

 それに、彼にも……。

 

「……」

 

 本音を言えば怖いんだ。私の今の姿を見て彼はどう思っているのだろう。見ていなくてもいいとは確かに言ったけど、本当は見ていて欲しい。私がベルトを巻く姿を、見ていて欲しいのに……!!

 

「ファイナルラウンド!」

 

 心の整理をさせてくれないまま非情にゴングが鳴らされる。

 どうすればいい? 私はどうしたら?

 こんな気持ちは初めてだ……。

 

 煮え切らないままでは到底適うわけがない。

 私はすぐに上を取られてしまう。

  

 会長達が必死に指示を送ってくれている。けど、それを聞き取れる余裕は私にはなかった。今になって初めて気が付いたんだ。私の心はもう折れかけているのだと。

 こんな気持ちで……勝てるわけ――――。

 

「――――!!」

 

 この声は……!?

 


 ◇

 

 何度目を背けようとしただろう。体は意図しなくても震えを抑えきれなくなっている。

 それでも僕は……!

 

「ああっ!」

 

 ドタンと大きな音を立て先輩が倒される。僕にも分かる。これはピンチだと。

 少し前までなら僕は見ていることすらできない――――いや、もしかしたら逃げ出していたかもしれない。今も心の奥底では同じなのかもしれない。

 でも……でも……!!

 決めたんだ、絶対に逃げないと。

 

 

 

 きっと、その決心が僕を奮い立たせたんだと思う。

 

 

 無意識のうちに僕はすっと立ち上がっていた。震えも収まらないまま、今にも泣きそうな気持をぐっと堪えて。

 そして、大きく息を吸い込んだ。

 

「一和?」

 

 

「がんばれええ!! せんぱあああい!!」

 

 

 喉が張り裂けそうなくらい痛い……けど、それでも構わない!

 多分数日は声が出なくなっちゃうと思う。でもそんなことを考えてる余裕なんて今の僕にはない。

 

「がんばれ、がんばってええ!!」

「そうだ……頑張れ姉ちゃん!!」

 

 僕に続くようにして瑞人君も声を上げる。別の席では先輩の同級生の人達もみんなで応援している。

 この声が届いているかは分からない。もしかしたら僕達の声が聞こえていないかもしれない。でもそれでもいい!

 

 その時、すっと先輩は立ち上がった。何とか相手と距離をとる。ピンチは抜け出せたみたい。

 

「おお、抜け出したぞ」

「やるなあ」

 

 周りからそんな声が聞こえる。そこで僕は力が抜けたように座り込んだ。

 息は上がって頭がクラクラしてきている。喉がヒリヒリして目もチカチカして……。まるで全力でダッシュしたような疲労感に見舞われていた。

 こんなに疲れたのは初めてな気がする。

 

「大丈夫?」

「あ……」

 

 喉がまだ痛くてまともに話せないから、瑞人君の問いにそっと頷く。

 

 

 正直に言うとそこから先のことは細かく覚えていない。

 一進一退の攻防でゴツンという鈍い音が繰り返される。そんな中でも必死にみんな応援した。

 そして試合終了の合図が鳴らされる。と、同時に会場中から万感の拍手が送られた。

 

「こういう場合ってどうなるの?」

「確か審判三人がどっちが勝ってたかを投票して多いほうの勝ち、だったかな」

 

 ということは二人以上が投票してくれれば……!

 会場はさっきまでとは打って変わって緊張感で静まり返っていた。きっとみんなドキドキしていたんだと思う。勿論それは僕も同じ。

 

 時間にしてみれば一分もあったかなかったか、会場にアナウンスが響き渡った。

 

「判定の結果をお知らせいたします!」

 

 決して大きくはない会場が息を呑むのが伝わってくる。気が付けば神様に祈るように両手を組んでいた。

 お願い……!

 

「ジャッジ豊川……赤、今野!」

 

 相手の選手に一票が入ってしまう。相手側は歓喜の声を上げた。

 もし次の一票も相手の方に入ってしまったら……! ぐっと両手に力が入る。

 

「ジャッジ飯田……青、颯!」

「や、やった!」

 

 今度は先輩に入った!

 あと一票、次で全部決まる……。

 

「ジャッジ大和田……」

 

 緊張に耐え切れずごくりと唾を飲み込んだ。

 いつの間にか息をすることすら止めている。

 

 そして結果が告げられた。

 

 

「青、颯! よって勝者、颯えるうかああ!!」

「やった……」

 

 先輩の……勝ち……!

 会場中から歓声が上がる。ジムの人達が抱き合いに行っている。僕も嬉しさのあまり瑞人君と抱き合っていた。

 そして金色に光り輝くベルトが腰に巻かれている。ふと横を見ると先輩のお母さんは目から大粒の涙を流していて、お父さんが肩をさすっていた。自分の子供の晴れ姿を見たらきっとこみ上げるものがあったんだと思う。

 そうこうしているうちに先輩の手にマイクが渡された。

 

「みなさん……応援ありがとうございました」

 

 会場から拍手が雨あられのように送られた。もちろん僕も。

 

「正直、格闘技をやっていて……辛いことも……」

 

 気のせいじゃない。遠くからでも分かる。先輩の目にははっきりと大粒の涙が流れていた。

 それは、僕が初めて見る先輩の涙。いつも強くて、いつもかっこよくて、いつも逞しくて、そしていつも優しくかった先輩が初めて見せた涙。

 それでも、それでもこの人の強さは僕の中では一切変わることはない。

 

「辛いことも……たくさんあったんですけど……それでも……信じ続けてきて……! 本当に……! 本当に良かったと思います!」

 

 出会ってから一年以上も経つけど、こんな姿は見たことがない。きっとどれだけ真剣に打ち込んできたのかは僕はまだまだ分かってはいなかったのだと思う。

 

「今日の勝利に、色んな人に感謝したいです。ジムのみんな、家族。クラスメイトに……」

 

 そこで先輩は言葉に詰まった。

 きっと気のせいじゃない。先輩は……僕の方を見たんだ。

 そして、先輩ははっきりと口にした。

 

「大事な、友達に」

 

 

 ――――友達。当然その覚悟はあった。

 それをさせたのは僕自身なんだ。だから後悔はない――いや、そもそも後悔なんてしちゃいけない。する資格すらないのだから。

 たった一粒、僕の頬をそっと涙がつたう。

 

 

 

 

 

 そして二日後、まだ喉は枯れたままで話すのも大変な頃。

 僕達は駅で待ち合わせていた。

閲覧ありがとうございます。

そして大変お待たせしました。


仕事が忙しいのもありましたが(投稿しなかった間に神奈川から東京へ引越しました)、それ以上に大スランプに陥ってしまい執筆すらできない状態が続いていました。

まあウダウダ言い訳しても意味がないので楽しみにしていただいた方々には本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。


さて、次回で一応一区切りがつきます。

個人的には書きたかったようで書きたくない話が続いているので、結構辛かったです……。

なるべく早いうちに投稿します!


感想、評価、レビュー、ブクマ大歓迎です。

次回もよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ