第11話 「ドキドキの初……」
連続投稿2話目です!
「さ、散歩……ですか?」
まさか犬飼さんに会うなんて……。こんな偶然があるなんていうのが信じられなかった。困惑する気持ちがあるのは確かだけど、嬉しくも思っている僕がいたり。
そういえば私服姿は初めて見た。女性の服には全く知識がないからよく分からないけど、凄く可愛らしい恰好だということは自信をもって言える。まるでモデルさんを見ているようだった。
「あ、もしかして用事あった感じ……?」
「な、ないです! 暇してたとこです!!」
「そうなの? よかった!」
僕の返事を受けて犬飼さんの表情がぱあっと明るくなったように見えたのは気のせいではないよね? もし気のせいではないなら僕を必要としてくれているってことなんだ……。例えこの一瞬だけだとしても人に必要とされるのっていい気分だなあ。こういう風に思えるから僕は犬飼さんのペットを辞められないのかも。
「じゃあ行こうっ!」
「えっと、どこへ行くんですか?」
「楽しいとこ!」
僕の手を取り街を行く。この状況は周りの人達から見ればどう思われているんだろう。も、もしかして……カップルとか……なのかな。僕もそういう風に見えてたりするのかな……。
そんなことを考えていると周囲の人達のひそひそ声が耳に入ってきてしまう。
「かわいい~」
「姉弟かな?」
「手繋いぐなんて仲いいんだな」
うう、分かってはいたけど。僕なんかじゃ釣り合わないのは理解してるけど……。まさか弟と思われてるなんて……。
まあ、確かに僕は小さいしそう見えるのも無理はないかもしれない。学校の整列では万年最前列だったし。もっと背が高ければ……!
「着いたよ」
数分ほど歩いただろうか。僕達は目的地に到着したみたい。そこは僕にとって今まで一切縁のない場所だった。
大きな建物、中にはカウンターと大きなテレビがある。ここがなんのお店なのかはすぐに分かった。なぜならお店の看板に大きく書いてあったから。
「ここって……カラオケですか?」
「来たことない?」
「初めてです……」
カラオケボックス。高校生にもなれば遊び場として馴染みのある人も多いかもしれない。だけど僕は今まで来たことがなかった。一緒に行くような友達もいなかったし、あんまり歌うのは得意じゃないんだ。
上手い下手というより普段あんまり音楽とか聞かないから……。
「どうしてここに?」
「実は今日中学の頃の友達と遊ぼうと思って予約してたんだけど風邪引いちゃったらしくてね。キャンセルの連絡入れようと思ってた時にちょうどわんこと会ったってわけ!」
「そうだったんですね」
なるほど、僕は代理ということなんだ。まあ幸いにも一日ゆっくりだし夕ご飯の買い物もしようとお金も持ってきている。
だけど初めてのカラオケ、しかも犬飼さんと二人っきりだなんて。正直に言ってしまうと耐えられる気がしない。今だって変にドキドキしてきているのに!
だけど――。
「で、良かったら付き合ってくんない?」
「は、はい」
結局断れない。断るのも悪いし何よりせっかく誘ってくれているのに無下にはできない。
「じゃあ入ろうか!」
◇
これがカラオケボックスなんだ……。二人だからかな、室内はそこまで広さはなくソファーが一つだけ。そのうえこの暗さ。なんだか密室みたいで緊張が物凄い。
「さあて、せっかく来れたんだからじゃんじゃん歌おうっと」
楽しそうに機械を操作している。一方の僕は当然何をすればいいのか分からないでいた。
「あ、飲み物取ってきますね。何がいいですか?」
「お、持ってきてくれんの? じゃあコーラで!」
僕は入り口の近くにあったドリンクコーナーへ行きコーラと烏龍茶を注いでくる。来る時には気が付かなかったけど部屋がこんなにたくさんあったんだ。部屋の番号を覚えておかないと迷っちゃいそう。
他の部屋の前を通ると中の人の歌声が密かに聞こえてくる。そっか、カラオケって音が部屋の外に漏れるんだ。ということは僕の声も聞こえちゃうってこと?
「お待たせしました」
「あざまる!」
僕が部屋へ戻ると同時にイントロが流れていた。どうやら一曲目を入れていたらしい。この曲は僕でも知ってる。十年くらい前にヒットした有名な曲だ。
女性歌手の恋愛をテーマにした曲で当時よくテレビで流れていた。そういえばお姉ちゃんがよく聞いてたっけ。
「――――♪」
「上手いなあ」
透き通るような歌声が耳を駆け抜けていく。お世辞抜きでまるでプロの歌を聴いているような気分になっている。曲が流れている約四分間、僕はずっと圧倒されっぱなしだった。
「ふう、久しぶりに歌うとうまくいかないな」
「そ、そんなことなかったです! 凄く上手だったです!」
驚いたことに、あれで犬飼さんの中ではうまくいかなかった方らしい。僕なんかからすれば十分すぎるくらい上手だというのに。
「ねえ、わんこは歌わないの?」
「え、いや、僕は……」
急に話を振られて焦ってしまう。いや、本当は覚悟していたけどいざとなると……。
「いや、僕は……」
「せっかくなんだから歌おうよ! それにあたしわんこがどういうの歌うか知りたいな~」
「うう……」
一応歌える曲はあるけど。でも何て言われるか……。かといってこの状況で拒否なんかできるわけないしな。いや、疑うのはよくない! これまでの日々を経て犬飼さんがそんな人じゃないことは分かったはずだ。ここで疑心暗鬼になるのは犬飼さんに失礼になる。
「……分かりました!」
意を決し機械を手に取る。使うのは初めてだけど見る限り操作は簡単そうだ。画面の曲名をタッチし文字を入力していく。
反応に怯えているのか、段々手が震えてきた。だけどもう後戻りはできない、覚悟を決めるしかないんだ。こうなったら犬飼さんを信じよう!
「えっと、送信すればいいのかな」
送信ボタンをタッチする。お願いします、どうか笑われませんように……!
「お、送りました……」
すぐに画面が切り替わり歌が始まる。僕が選んだ曲、それは――――。
「山賊戦隊ゼンカイジャー?」
そう、僕の趣味はヒーローものだった。高校生になった今でもこういうものから離れられずにいる。先輩の趣味を悪く言わなかったのも僕が過去に笑われた経験があったから。
不安がどんどん大きくなっていく。イントロが終わり歌い始めると変な汗が出てきた。
「――――♪」
僕が歌っている間、犬飼さんは無言で視線を僕と画面で行ったり来たりさせている。一言も話さないのが逆に怖い。お願い、早く終わって……!!
「ふうう……」
永遠のように思えた時間が何とか終わりを告げ、曲が終了した。そっとマイクをテーブルに置き、力なく座り込む。
何も話さないこの時間が怖い……。
「今のってヒーローもの?」
「は、はい……」
ストローでコーラを吸いながら僕に問う。一体何を思っているんだろう。もしかして引いちゃったのかな……。
って、何を疑ってるんだ僕は! 信じると決めたじゃないか……!
「ふ~ん、初めて聞いたけどカッコいい曲だね」
「そ、そうですか……?」
「うん! しかもわんこ、結構歌上手いじゃん!」
一切嫌な素振りも見せずにそう答えた。信じると決めたのに怖がっていた、ほんの少しでも疑ってしまった自分が恥ずかしくなった。過去の人達とは違うんだ、そんなことする人じゃないと分かってたじゃないか!
「どうしたの?」
「いや、その……笑われるんじゃないかって疑っちゃって……」
申し訳ない気持ちでいっぱいの僕は落ち込んだような声を出す。そんな僕の頭に手を置き犬飼さんは答えた。
「まあ中にはそういう人もいるかもだけどさ、少なくともあたしは嫌いじゃないよ。好きなんでしょ? だったら堂々としてなよ」
何て優しいんだろう……。この優しさに応えるように僕も笑って返事をした。
「……はい!」
ひとりぼっちで過ごすはずが予想外の展開になったクリスマスイブ。何から何まで初めてで色々困惑することもあった。だけどこれだけは言える、僕にとっては人生で最高のクリスマスイブになったんだ。
「よおし、じゃあもっと歌わなきゃ! そうだ、デュエットしよ!」
「ぼ、僕あんまり歌えないんですけど……」
「何か知ってるのないの?」
「えっと……MAPSとかなら……」
「いいじゃん! どれなら歌える?」
「SHAPEとかがんばろうとかなら何とか」
「よし、ジャンジャン入れよ! あ、その前にさ!」
「な、なんですか?」
犬飼さんは携帯を取り出す。すると僕を思い切り抱き寄せた。いきなりのことに状況が分からなくなる。それに何より……体が密着しているのが……! 柔らかな感触と甘い仄かな香りが僕を刺激する。
そして携帯を高く上げると――。
「ツーショット、撮ろ!!」
「え、え?」
「はい、チーズ!」
◇
「どうするかな……」
私の手にはチケットが握られている。二月に行われる私の試合のある大会のものである。会長に手配して一枚頼んでもらったのだ。
これを彼に渡すべきか、かれこれ数時間は悩んでいる。
「渡したとしても果たして来てくれるだろうか……?」
彼は格闘技があまり好きではないらしい。きっと暴力的なものは好まないのだろう。優しいからな。けど、嘘をつき続けることもできない。何よりも、本当の私を知って欲しい。
「よし! 明日だ!」
閲覧ありがとうございます!
個人的に2人が一緒に歌うならルパパトのOPを歌って欲しいです笑
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