第106話 「3つの我儘」
「そう……か……」
「ご、ごめんな――」
「い、いいんだ。謝らなくて」
そうは言っていてもその言葉には言葉にできない感情が幾つも含まれているのはすぐに分かった。それを受けた僕も言葉に詰まってしまう。傷つけないようにとかそんな感情はない。でも何て言えばいいのか、それも分からない。
そんな中、静寂は破られた。
「――なら」
先輩が口を開く。
「せめて三つだけ、三つだけでいいから私のわがままを聞いて欲しい」
「わがまま?」
僕が問うとコクリと頷く。そして先輩は僕を後ろから抱きしめた態勢のまま何かを取り出した。この光景、僕は前にも覚えがある。
そう、あれは確か初めてここに来た時だった。一寸の違いもなく記憶が蘇ってくる。
先輩の手にはあの時と同様、チケットが握られていた。
「これは……」
「今度私の試合があるから見に来て欲しい……タイトルマッチが決まったんだ」
「タイトル? って……」
その意味は僕にも分かった。タイトルマッチって言ったら一番強い人を決める試合という意味合いのはず。そんな凄い試合が決まったんだ……!
今先輩の手に握られているのはその試合のチケット。それと共に蘇るのは一年近く前の記憶。
「君の気持ちは理解してる。だけど、この試合だけは……! 観ていなくてもいい、声も出さなくていい、けど会場にだけはいて欲しい。それが私の、最初の我儘」
緊張なのかはたまた別の何かの気持ちなのだろうか、体の震えが止まらない。何も考えることもできないほど真っ白な状態になってしまっている。
無意識ではないけど、僕は差し出されたチケットをそっと受け取った。
「……分かりました」
◇
ぼーっとした状態でソファに座る。頭の中ではしっかりと諦めはついている。だけれども心の中はもやもやしたままだ。もう何度自分に言い聞かせただろうか。
今まで試合でもスパーリングでも負けたことは山ほどある。けどこの敗戦は今までのどれよりも……。
「ただいまー」
「おかえり」
「は~疲れた~」
手も洗わずに私の前の床に座り込みテレビを点ける。
「手ぐらい洗ってこい」
「後でな」
「ったく……」
本当に……でかくなったな……。
気が付けば私は後ろから瑞人の背中に頭をのせるようにしていた。
「な、なんだよいきなり――」
「ごめん……」
「……姉ちゃん?」
気が付けば私の目から涙がこぼれ落ちていた。どうやっても止めることができない、きっとこんな顔を見られたくないからこうしているのかもしれない。
こんな姿は家族にも見せたことはなかったのにな。
「もう少しだけ……こうさせて……」
「……」
きっとこれだけ泣けば吹っ切れるだろう。そう思うくらい涙が止まらなかった。それと同時にはっきりと実感したんだ。
私の初恋は終わりを告げたのだと。
閲覧ありがとうございます。
…はい、こうなりました。
個人的にはこの展開は描いていてかなり辛かったです。
まあ個人的お気に入りなので無理もないのですが。今回は敢えて一番最初に脱落させました。
とはいえまだまだストーリーは続くのでどうか今後もよろしくお願い致します。
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次回もよろしくお願いします!