死んだような青年
少女の住んでいる村の傍には広大な森がある。
この森にはある噂があり、村人も騎士すらも踏みいろうとは思わない暗い森だった。
その噂とは森の中に1つの聖堂があり、そこの神父は狂っている。人も獣も構わずに喰らう、という噂だった。その証拠に嘗て森に入っていった村人が帰ってくる事は無かったのだ。
少女はその広大な森を前に立ちすくんでいた。
森の中には魔獣や神父が居るはずであった。
しかし森へ入らなければ今日の食料が無い。
少女が住んでいるような村に商人などは来ない。
全てが自給自足、今日の食料は自分でどうにかしなければならないのだが、都合のいい少女がそこに居るとどうなるか?
答えは簡単である。
その少女に食料を集めさせればいい。
そのため少女に振るわれる暴力は死ぬ事は無い。
少女が自害をする事はないと村人も理解していた。
少女の生きる活力はもう居ない母親の死ぬ間際の言葉だった。
「私の分まで生きなさい。どの様な事があっても生きることを諦めないで。」
そう言い残して亡くなった。
その言葉が皮肉にも少女を縛る鎖となっているのは幸運か不幸か。
それは少女のみが判断するべきだろう。
だが少女が今日まで自害しないと言うことはそういう事なのだろう。
「よしっ!」
少女は気合いを入れ直すと森へ踏み入った。
森は予想通り暗く、ジメジメとしていた。
そこに神聖さなど存在しない。
そこかしこから獣の唸り声が聞こえてくる。
「つっっ!」
唸り声が聞こえる度に体が竦む。
それでも食料を求めて木の実を拾っていく。
数時間ほどたっただろうか。
少女が進んでいた道とは離れてしまい、何処かよく分からなくなってしまっていた。
コンパスも存在しないこの世界では村のある方向も分からない。
あたりは木が生い茂り、どちらに進んでいたのかすら分からない。
「怖いよぉ……。」
そうは言っても進まなければどうにもならない。
村からの救援など考えるだけ無駄。
自分でどうにかするしか無かった。
「あっ!」
ちょうど光が見えるような気がした。
そちらへ歩いていくと光に目がくらむ。
「………!」
そこは開けた場所であり、中心には聖堂があった。
ある種の神聖さは持ち合わせているもののツルなどの植物が建物の壁を覆っていた。
その聖堂の扉の前にはどうやらボロボロの外套を纏った人のようなモノがある事に気がつくと少女はそのモノに近づいていく。
「ねぇねぇ、貴方は神父さん?」
纏っている外套のせいで目さえも見えない。
辛うじて口だけが見えるので人間であろうと推測出来る。
「………なんだお前。」
カラカラに枯れ果てた泉のような、そう形容するしかないような声で人間は言う。
「私、この森に来て迷ったの。帰り方を知らない?」
「………この森へは入る人は…もう居ないと…思ってたんだが……?」
少女は少し驚いて数歩下がる。
「もしかして、人食い神父さん?」
恐る恐る聞くと人間は首を振る。
「……生憎と人を食べる趣味は……ないな…。」
「良かったぁ!人食い神父さんならどうしようかなぁって思っちゃった!」
ニコニコしながら外套を被った人に近づく。
突然突風が吹き外套のフードがめくれる。
「あっ!珍しい髪色!私と一緒だね……。私も眼が珍しいって言われてるの!」
外套を纏った人物の髪色は真っ白だった。
瞳は黒い眼をしている。が、その眼は酷く濁っていた。
そう、それは死んだ魚の目のように生気を微塵も感じない眼だった。
年頃は青年と呼ぶにふさわしいだろう。
死んだような青年は目の前にいる活発な少女を見る。
「赤い眼か……不幸なことだな。」
少女は少し体を震わせると少し反抗的な目で青年を見る。
「この眼はおかぁさんから貰った大事な、大事な眼なの!不幸じゃない!」
「………そうか、それならいい。」
青年は少女を見返す。
「帰り道はあっちだ。……あの道なりに村があるだろうよ……。」
「え、あ、うん。ありがとぅ!じゃあまた来るね!」
突風の如く来て突風の如く帰ってしまった少女を青年は見返す。
「あぁ、俺が……ここに居る理由を聞かなかったのは……初めてだな。」
少し口角が上がる。が、相変わらず眼は死んでいる。
青年は聖堂へ入っていくと中心にある大きな墓を見る。
「俺の日常に……少し、ほんの少し……だけだが変化が…あったよ、ーーー。……俺が守るからな。」