竜王様、牢屋に立つ!
「さて、ここが次の異世界……ええと名前はなんだったか……まぁなんでもいいか」
赤い髪をなびかせ少女が降り立ったのは、石で出来た部屋の中であった。
入り口は鉄格子が下ろされている。
彼女が知る限りでは、ここは牢屋と呼ぶ。
「んーどこかにしまって……あったあった。救済依頼資料っと」
タブレット型端末を取り出し画面をなぞる。
不動産屋からもらった資料を開くと、大きく書かれた文字を声に出す。
「災厄指定ダイザスタ……崩壊危機は魔王の変性……やっぱりありきたりだけども」
ぱちんと指を鳴らす。
世界の魔力を引き出して、場所を繋げる空間操作。
しかし、空中を火花が走っただけですぐにそれは止む。
「遠見が使えない……てことはここの魔王はそこそこ強いらしいな」
別の場所を見るのは彼女にとって難しいことではない。
それを防がれている、ということは相手の力量を察するに十分な情報である。
不動産屋、あるいは世界の管理者、観察者、彼らはこうして世界を救う。
彼らは異なる世界を見る技術を持ち、世界が"死"に瀕するような危機を察知した時には、助けるべく行動する。
例えば、警備隊員を向かわせ危機を排除したり、死の未来を変えるような存在を送ったりする。
その手段の一つがいわゆる、異世界転生である。
警備隊員である光の巨人や機械の戦士を現地に潜り込ませるには協力者が不可欠であった。
それを、もっと直接的に行うのが、現地の生命体そのものとして生まれさせる異世界転生。
今回、少女が受け取ったのはその最終手段、世界の救済依頼である。
十分な対抗手段を取り尽くした末、尋常の手段では世界の滅びを避けられないとなった時、一部の例外へと出されるものである。
「ふむ、壊して普通に出られるが……」
少女は辺りを見回す。
石の壁も軽く叩けば破壊出来そうだし、扉の鉄格子も難なく引き裂けるだろう。
「いや、やめとくか」
彼女にはそれをしない理由があった。
転移、あるいは転生の際の場所、時間はある程度は固定されている。
世界の死に関する因果が集まるところ。
これ以前の時間軸へ遡れば異世界として分岐する、その世界が存続していく上での基点。
セーブポイント、あるいは始まりの場所。
つまるところ、世界を救うために必要なイベントが起きる、はずであるからだ。
「まぁ原因が分かってるってことは倒せなかったってことだよな。
単純に力不足か、クリアのためのアイテムやイベントが足りなかったか」
突然、扉の開く音がした。
話し声も聞こえる。
誰かがここに連れてこられて来たらしい。
「離して! わたくしは、行かなくちゃいけないの!」
「 わかったわかった、いいから大人しくしてろ 」
牢屋の前にやって来ると、音をあげて鉄格子が上がっていき、誰かが放り込まれた。
金色の美しい髪、宝石のように青い瞳、白い肌、高そうな服、人質か何かだろうか。
放り込んだ鎧姿の人物がこちらを確認すると、再び鉄格子が下りる。
「 いいか、大人しくしてろ 」
鎧の何者かはそう言い残して、すぐに去っていった。
少女の目の前には、溢れそうな涙をこぼすまいとする金髪の少女がいた。
「おい」
「ひゃいっ!?」
少女が声をかけると、金髪の少女が驚いて振り向く。
先客がいるとは思っていなかったらしい。
「ああ、あなたも捕まえられて……?」
「まぁそんなとこだ」
「なんと……これも勇者様のおかげなのでしょうか」
金髪を揺らして少女は天を拝む。
そして、首にさげたネックレスを外して、赤い髪の少女へ手渡した。
「これはどういう……」
「はい。わたくしを殺してください」